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日記Ynas0503

2005年1月から3月の日記です。

2005.1.1(土) 晴れ

      −−◎新年 あけましておめでとうございます。

              ことしもよろしくおねがいします。

        −−◎朝は失禁なし。交換はしてやった。

      −−◎昼近く、年賀状が配達された。

          母さん宛のも十数枚あった。かつては200枚近く来ていた。一枚一枚読み上げて

          見せてあげた。

          モデル美容室(20歳代につとめていたところ)には→「モデルやがね」と言った。

          あだち のは→ 「あだち あだちやわ」と言った。

          北川さん のは→ 「まさえさんは このごろおらへん」(母さんが店をやめているので

            見かけなくなっただけのこと)

          宗ちゃん →「宗ちゃんや おっちゃんありがとう」(なぜおっちゃんありがとうか不明だが)

          コープ(生協)→「コープや」食品を運んでくるコープと直結していたようだ。

          その他母さんの親戚の人(私宛の名で来ているが)などほとんど 反応していた。

          昔の問屋筋の人など無反応の名前もあった

      −−◎初散歩で苧ヶ瀬の池へ行った。二つのちいさな神社も初詣で混みあっていた。

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       T・H 様 お便りありがとうございました。↓(2005.1.1)
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          去年は世の中は本当にいろいろと荒れた一年でしたが、田口さんや奥様は穏やかに過

          ごされてたご様子で何よりです。

          とはいえ時折怪我などもされるようなので、それは介護疲れが原因ではと思ったりも

          します。


          母は今寝たきりですので元気に徘徊していた頃より介護は楽です。去年から自宅で看

          られる事になり、それでも最初は不安でしたが、日を追うにつれやって良かったとし

          みじみ感じています。

          今年も穏やかに在宅で過ごしていきたいと願っています。

          今年もよろしくお願いします。

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2005.1.2(日) 晴れ

      −−◎いつものように 駅方面へ朝の散歩に行った。

          諸事を済ませて、

      −−◎午後から 本巣の ばっちゃの家に行った。母さんはこたつにはいればいいのに

          家の中をあちこち 歩き回っていて「寒い 寒い」と言っていた。歩き回りはするものの

          いつも笑顔だったのでばっちやも安心していたようだった。

          ばあさんを連れて うどん屋さんへ行ってきた。

          なんとか つつがなく 新年を迎えたようだった。

          つづきに としこさんの家に行ってきた。

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       ○○県 S・Y 様(卒業以来直接顔を合わせたことの無い大学時代の友人)
                   お便りありがとうございました。↓(2005.1.1)
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          卒業後40年にまもなくなりますが....(中略)...

          昨年 新聞に載っていた(日本経済新聞 2004.2.24 夕刊「家族の記憶」)田口さんを

          見ました。大変だと思いますが、奥さんにつくしてあげてください。

          (略)
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2005.1.3(月) 晴れ

      −−◎朝の散歩。岩戸公園への散歩。

      −−◎布団を干してやった。別にどうと言うことはなかったがここ少し忙しくて干してやっていなかった。

      −−◎買い物に付いていったがとくに支障はなかった。

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎朝夕のパンツ交換は定例になった。「大」の方はトイレでやっている。

      −−◎ ------------------------------------------------------------------------
           多くの皆様からの年賀の「お便り」ありがとうございました。(2005.1.1〜2005.1.3)

           このホームページの「お便り」アドレスは2個あります。

           @私どもへのお便りで普通文書はこのアドレスで→ yume3t@bunsoft.net

           Aお便り欄へ載せてよいお便りはこのアドレスで→ keiji3@bunsoft.net

           このホームページの「メール」の欄に@とAがあり

           「お便り紹介」の欄にAがありますのでご利用ください。

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2005.1.4(火) 小雨 のち 晴れ

      −−◎朝雨もようだったせいか 母さんは9時まで寝ていた。

      −−◎9時30分、本巣のばっちゃのところへ出かけた。10時15分着く。

          年末29日に滑って転び右足が痛いと言っていたので、近くの医院へ連れて行った。

          血液検査があり、注射、飲み薬、貼り薬、などもらってきて、「あまり冷やさないように」

          と言うことで 大事ではなかったようだった。12時30分帰宅した。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          一寸小寒い日だったが、母さんは来訪されるとすぐに、“散歩”に出かけた。

          (C)さんは2週間ぶりだったがヘルパーさんが「私?(わかる?)」と言われると

          母さんニコニコ顔で「知っとる、知っとる」と言っていた。

          散歩中は「寒い 寒い」と言いながらも元気に歩いていた。

          途中 私の所用があって車に同乗して3ヶ所廻ってきた。いっしょに待っていてもらう時も

          落ち着いていた。

      −−◎いろいろ忙しかったので散歩は行かなかった。

       

2005.1.5(水) 晴れ

      −−◎今朝は7時45分に起こしてあげた。パンツは濡れていなかったのでトイレに行くよう

          促して行かせた。

          散歩も朝食もなしで病院へ行った。

      −−◎県立病院の診察日で8時45分に診察券を出した。院内の緊急診察があったらしく

          呼ばれたのは9時45分だった。一時間待っていたが母さんは落ち着いて座って待っていた。

          もちろん私が母さんの気をひきつけ歩き廻らないようにしていたためだが、気がうきうき

          している時は どんなに気を引き付けていても歩いていってしまう。

      −−◎10時5分に帰宅し、すぐ朝食。よく食べた。

          いつもはなかなか食べ始めず、時間をかけて食べている。

          食べている間に私は家事の処理。

      −−◎午前中娘は友達と映画「ハウルの動く城」を見に行った。映画が終わった後 

          昼少し過ぎから我が家で遊んでいった。母さんはニコニコ顔で迎えた。

      −−◎2時30分ころから苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。芝生の上を小走りに駆けるように通り抜け

          「ハハハッ」と笑い ハーハー言っていた。

      −−◎日記とは関係ないこと。

          初詣の お賽銭に1万円札のニセ札を入れたというニュースがあった。

          入れた人の心境が興味深い。想像されることは、

          @神をだましてご利益を得る

          A格好よい見せ掛けのために入れる

          B人から受け取った札で まったく知らなかった。

           @とAは目的を達しない。

            @そのごとき軽薄な動きにだまされないからこそ“神”なのだ。御利益はない

            A“格好良い”とは総人格の表れを直感的に評価するものでありニセ札行使の

              心の咎は「総人格の表れ」の一部に含まれ見た目にも結果的に“格好良い”状態

              とは見えない。

            Bは受け取っていたことも、行使したこともまったく意識になく、多くの札に混じって

             神に届けられる。神のお咎めはないが、御利益もない。

             「1万円も出したのにおかしい?」とのちのち疑問がわいてくることだろう。

                    

2005.1.6(木) 曇り のち 雨

      −−◎母さん8時起き。朝の散歩。

          思い出したこと。年末のことだったが夜床についた後「お母さんは?お母さんは?」と

          数十回繰り返し言っていた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、

          ずーっと近所を散歩してもらった。

          −−足どりもいつものように軽く よく歩いた。寒かったが外の様子をよく見て歩き

          小さい花や動物に目をとめていた。小さい子が通りかかるとニッコリしていた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          午後からも“散歩”を繰り返していた。前半寒さのせいもあってか口数が少なかった。

          その間私は外用があって、ヘルパーさん来訪2時間のうち1時間半ほどヘルパーさんに

          お任せして外出していた。とくに母さんが私を 探す行動をすることもなく混線はなか

          ったようだった。その間に生協の商品配達(正月で日付変更)があり、集まったとしこさんに

          笑顔を振り向けていたがすぐに“散歩”に行ってしまった。


2005.1.7(金) 晴れ

      −−◎9時30分デイサービスに行った。

          入浴させてもらい、その後は マイペースで動いていた。午後は“水餃子”づくりをし

          みなさんと座って楽しく過ごしていた。

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。


2005.1.8(土) 

2005.1.9(日) (予定=)

2005.1.10(月) 晴れ

      −−◎祝日でデイサービスは休み

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          来訪後すぐパンツ交換をしてもらい、その後、遊んでもらった。(介護をしてもらった。)

          停車中の車の中で「母さんお肩をたたきましょう.....」の歌を歌いながらの

          肩たたき遊び。

          外は少し風が冷たかったがおしゃべりしながら家の周辺を何回も散歩した。

          また車(停車中の)に乗ったり外を歩いたり、した。室内ではボール投げ遊びをした。

      −−◎その他のことはいつもあるようにあった。

          

2005.1.11(火) 晴れ 曇り 小雪

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          パンツ、ズボンを交換してもらった。

          1時間散歩を繰り返し、後30分はドアを閉めて室内で...。ボール投げ遊び、手の爪切りを

          をやってもらい、おしゃべりのお相手をしてもらった。

          残った時間 小雪が降る中“散歩”に行ってもらった。「寒い 寒い」と言いながら足どりは

          元気に歩いていた。とのことだった。


2005.1.12水) 晴れ

      −−◎私の病院の定時診察のためヘルパーさんに来てもらった。

          いつもは病院まで一緒に行ってもらっていたが、今回はいろいろ考慮して母さんは家で

          過ごしそれをヘルパーさんに見ていてもらうことにした。

          病院の駐車場でカーエアコンをいれエンジンかけっぱなしというわけにもいかないし..。

          私がいなかったがとくに探すことはなかったようだった。

          小雪が降っていたが外への散歩にも行ってもらい、室内ではボール投げ遊びをしてもらった。

          駐車中のトラックのサイドミラーに左額あたりが軽く当たったが別に頭に(ミラーにも)

          傷はなかった。

      −−◎私の病院の診察はコレステロール値は改善され、血液検査の段階では肝臓病、糖尿病など

          その他の病気の気配はないとのことだった。しかし 食品のバランスや適度な睡眠時間

          など注意していた方がいいらしい。


2005.1.13(木) 晴れ

      −−◎先週金曜日(2005.1.7(金))に私が風邪気味になり、8日夜 熱発し 9日も熱があり

          その後快方に向かった。だいぶん気分は良くなっていたが病院診察日(1.12水)だったので

          状況を報告し診察を受けた。国立病院で呼吸器、老人病、その他権威あるところ。

          心配はたとえば“肺炎”、“肝臓病”、私が名も知らぬその他の病気ではないかと言う

          ことだった。ちなみに下痢はしていない。診てもらったところ「世間で風邪といわれる普通の風邪

          ですね。大事をとって治せば心配要りません」と言うことだった。

          でこの日記が間引きされ、母さんの家の中の世話には支障はなかったが外出の散歩は

          ヘルパーさんに連れて行ってもらう分だけで、池方面などは行かなかった。

      −−◎ここ3日ほどは朝の散歩は300mくらい。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、

          はじめ1時間ほどは散歩コースへ散歩。戻っては出て4回か5回出た。

          母さんは「寒い 寒い」と言いながらポケットに手を入れて歩いていた。

          こどもの姿を見かけるとニコニコ笑って見ている。

          一時間ほどしてからパンツ、スボンを交換してもらった。

          室内ではボール投げ遊びをしてもらった。

          終って メモを書いてもらって、2分ほどあったが私がドアを開けると母さんが

          付いて出てきて“散歩”に行こうとした。ヘルパーさんに「いいですよ」と言われて

          連れて行ってもらい、ヘルパーさんのサービス残業時間が結局数分延びてしまった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          何回も散歩に行ってもらっていて一時間たった後 スボンが濡れているようだった。

          パンツとズボンを交換してもらった。

          そのあと ボール投げをやってもらい、久しぶりにバトミントンを掛け声や、笑い声を出して

          楽しく行ないました。

          帰り際に言われた。

          「室内で遊んでいる途中 トイレにはいられ、いつもより長いなー と思っていたら

          出てこられたので 間をおいて見てみたら 排便をされていました。」 状態は普通で

          軟便でもカチカチコロコロの堅便でもなかった。

          前日もやっていなかったらしくたくさんあった。「気分がスッキリされたのかその後の

          散歩の時には歌も出ていました。」との事だった。

          ※この時の排便の時は私は事務所におらずまかせっきりだった。

      −−◎このことでいくつかのことを客観的に確認できた。

          @大きい方はトイレでやることが出来ている。

          A朝は食欲がないとか、たまに朝食を食べた時は昼に食欲がないことがあるが、

           2日おいて3日目の用便が かなりたくさんあったということは、やはり「1日を

           通算すると普通に食べている」との認識は間違いではなかった。

          B書き忘れていたが洗面所(トイレとは別)に出していた新しい石鹸が4日ほど前

           パックリと食べられていたが その直接的食害はなかったらしいことがわかった。

          C普通話題とならない事柄が、状況によっては生きるうえで重要な指標を表している

           ことがわかる。

          

2005.1.14(金) 晴れ 曇り のち 雨

      −−◎朝の散歩は10分程度

      −−◎デイサービスに行った。以前は着いた時に中で20分ほど一緒にいて雰囲気がなじんできたら

          私が帰宅するようにしていたが、このごろでは1分か2分いて、私は帰宅するようにしているが

          母さんの気分の動揺は起こっていないようだ。

          今日は比較的落ち着いて席に座っていて、職員さんにも笑顔で接していた。とのこと。

          入浴も有りだった。試みに 被りのシャツを着せてもらったがとくにどうもなかったとの

          報告だった。母さんが手を上げ下げしないので、私には被りのシャツの脱着させることは

          不可に近い。被りのシャツは回数を重ねれば母さんが慣れてくるか または問題が

          あればそれが目に見える形ででてくるか どちらかだろう。

          迎えは 娘が学校が休みだったので、一緒に迎えに行った。

          母さんが娘の姿を見て「こっち こっち」と言っていた。

          迎えに行った時 職員さんのどなたかが 出てきて車が動き出す時「バイバイ!」と手を

          振ってくださる。母さんも笑顔でそれに応えて手を振っている。

          ちょっとしたことだが またとくに意識しない日常生活の一部分である挨拶現象かもしれないが

          母さんの生活感覚の保全には大きく作用している。

      −−◎夕方は小雨もようだったので、散歩には行かず、車で近隣を回り、本屋さんを見てきた。


2005.1.15(土) 曇り のち 雨

      −−◎朝の散歩に行った。

      −−◎生協配送日、このごろ生協の来た日の母さんの行動に私が慣れてきたのでとくに混線無し。

      −−◎娘が今日は休日で、店で自分のことをしながら、母さんといっしょにいた。

          母さんは落ち着いている日は座ってテレビを見ていたり、家の中であちらこちらへ

          二階へ下へと動いていたりするが娘の学習のジャマをするわけでもないので

          そのままいた。

      −−◎午後からは、としこさんのところへ ばっちゃが来ていたので行ってきた。

          娘とばあさんが話しているのを母さんはニコニコ笑ってみていた。

          みかんと個袋入りの菓子があった。

          このごろみかんの皮や 個包装の菓子の袋がとりにくくなってきているようだ。

          我が家以外のところで 菓子等をもらうと私の方へ差し出す。“食べてよいか?”という

          意味と“皮をとってくれ”という意味である。皮をとってあげるともこもこ食べはじめた。

      −−◎夕方は 今日も散歩には行かず本屋さんを見てきた。

              

2005.1.16(日) 晴れ

      −−◎厚生労働省の使用する用語において“痴呆”を“認知症”とすることにした。

          私も私が今後表記する場合、認知症がよいかな と思う。

          しかし過去に書いた文章についてはその表記が歴史的所産であり、改変はしない。

      −−◎10時、駅方面へ散歩へ。

      −−◎午後、雑貨品、食品、など買い物に行った。

      −−◎夕方ボール投げ遊びを10分ほどやった。「ホイッ ホイッ」と声をかけながら、

          時どき、「ふふふっ」と笑いながら 受け投げ返しをしていた。落とすこともなく、

          私の方へ投げ返す時も方向違いではなく、ボール投げ遊びの機能は低下することなく

          維持されているように見えた。

          

2005.1.17(月) 晴れ

      −−◎8時、朝の散歩。

      −−◎9時30分、デイサービスに連れて行った。

          だいたい落ち着いて、椅子についていた。職員さんの声かけに笑顔で応じていた。

          入浴もやってもらった。

          「大」の方の失禁もあったようだった。我が家以外のよそのトイレに行かない傾向があって

          我慢できなくなって、病状の進行とともに現れ始めたようだ。

          きっかけはいろいろあるが能力の衰弱が現れ(病気の進行は偶然性を通じて現れ)

          今後、衰弱が強まっていく(その後 病気の基本症状の恒常化)事が予測される。

          12時30分迎えに行った。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          風が冷たかったが、何回も散歩に行った。風のせいか口数が少なかったようですが

          下校途中の小学生を喜んでみていた。

          70mほど先にあるHさんとこの小学1年生の子が「おばさん こんにちわ」とか声をかけてきて

          母さんはニコニコしてたぶん「お帰り」とかなんとかいって その子と手をつないで歩き

          玄関先まで送り届けていた。(ヘルパーさんも同行していた。)

          ※Hさんは母さんが健康時からよく知っている人で、“散歩”中にも顔を合わせれば挨拶を

          交わしている人。

          青空によく見ないとわからないほど細い月があって、母さんがそれを見つけて

          「月が出とる」とヘルパーさんに教えてあげたとのこと。

      −−◎夕方は、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。


2005.1.18(火) 晴れ

      −−◎朝の散歩に行った。

      −−◎11時岩戸公園へ行ったが、車から降りようとしなかったので、そのまま車の中で風景を

          見ていて、帰ってきた。公園からの帰りに、コンビニでいなりずし、野菜サラダ、など買ってきて

          昼食とした。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          来訪すぐパンツ交換をしてもらった。

          室外に出ると車に乗り(停車中の)車を出て散歩に行き、戻ってきては車に乗ることを

          繰り返していた。ボール投げは今日はあまり長続きしなかった。

      −−◎夕方苧ヶ瀬の池へ散歩。


2005.1.19(水) 晴れ

      −−◎母さん朝7時に目を覚まし、やおら布団の上でスボンを脱ぎ始めた。トイレに行くかと

          思ったが、そのまま床に入ったので「トイレに行ってこようか?」と促したが手を引いても

          出てこなかった。私はそのまま階下へ行き朝の用意を始めた。30分後に「起きようか?」

          と言うとすぐ起きてきた。下半身スッポンポンだった。紙パンツは濡れていなかったが

          布団はオシッコで濡れていた。7時から7時30分までの間にやったらしい。

          自分でスボンを脱いだ時に無理にでもトイレに連れて行くべきだった。

          シーツを洗濯し薄曇だったが布団を干した。

      −−◎8時、朝の散歩。

      −−◎今朝は朝食をよく食べた。

      −−◎11時、岩戸公園へ散歩。

      −−◎3時苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎夜は 久しぶりに3人でラーメン屋さんへ行った。最近では店に行っても 料理が

          出来るまでの間待っている事が出来ず、すぐそわそわして「行こう 行こう」と言い出す

          ことが多いが今日はおとなしく待っていて、窓の外を見てしゃべったりしながら食べてきた。

      −−◎昨晩のこと 寝る前床についたとき、「くしゃくしゃになってわからんようになっしまった。

          もうだめやわ」と言っていた。日常生活全般のことかもしれないし、何かひとつの

          「仕事」のことかも知れないし、「ひとまとまりの動き」のことかもしれないが、

          自己観察の表現であることは確かだ。


2005.1.20(木) 晴れ

      −−◎母さん 7時起き。「大」は二階のトイレで済ませて降りてきた。(あとから見てわかった。)

      −−◎7時35分、駅方面へ散歩、通学路を子どもたちとは反対方向に向かって歩いていくと

          何組もの集団登校中の子どもたちとすれ違った。子どもたちは思い思いに歩き

          時には大声でしゃべりあって進んでいた。子どもたちの大声を聞いて、母さんは

          「おーっ なにか言っとる」と言い笑いながら通過した。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、

          近所を散歩してもらった。「寒い 寒い」と言いながらも足取りはしっかりしていた。

          1時間ほどしてドアを閉め休憩。紙パンツを交換してもらった。

          また外へ行きたいそぶりだったので 再度そのまま近所への散歩に行った。

      −−◎その間にケアマネージャー氏が来られて来月の計画について相談した。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          今日は2人来訪日だった。散歩に何回も行ってもらった。

          冷えたのかまたズボンが濡れてきたので、紙パンツ等を交換してもらった。

          室内の掃除機かけをしもらった。3人でボール投げをしてもらった。

          きのうは乗り気でなかったようだが 今日は笑い声を出して楽しそうにやっていた。

      −−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。犬、こども、飛行機、枯れた木、鳥、落ちている空き缶、

          ごみなど 母さんが見るものには事欠かない。

          「だんだん小さくなっていく」と言っていた。ちかごろ別の場所 別の状況のところでも

          そう言っているのを何回か聞いた。


2005.1.21(金) 晴れ

      −−◎8時55分、朝の散歩。

      −−◎9時25分、デイサービスへ連れて行った。車を降りる時戸惑いがあったが、見て見ぬ

          ふりをして「おもしろいこと あるよ」と言い、促していると降りてきた。

          玄関をはいり、係りの人に ひとこと ふたこと話し、

          母さんには「じゃー あとから迎えに来るから」と言うと「ふんふん」と言いながら

          入り口とは反対方向の窓の方へ歩いていった。で私はもどってきた。

          入浴も気持ちよくはいっていた。髪をドライヤーで乾かす時もおちついて椅子にかけ

          ていた。

          あとは いつものようにホールの中で行ったり来たりしていた。終始笑顔でいたとのこと。

      −−◎帰宅したあと、苧ヶ瀬の池へ散歩に行ってきた。


2005.1.22(土) 晴れ

      −−◎8時、駅方面へ朝の散歩。

      −−◎11時、車で金華山ドライブコースへ。途中日陰の道路脇に先日2cmか3cm降った雪が

          あった。母さんそれを見て「雪が残っとる」と言っていた。「残っとる」の動詞がたまたま偶然

          正しかった。このごろなんでも「ある」「いる」「=存在する」の意味で「残っとる」と言っている。

          その前は「=存在する」の意味で「出ておる」と言っていた。

          岩戸公園で散歩して帰ってきた。

      −−◎残り雪に触発されて午後から蛭ヶ野高原へ雪を見に行ってきた。車で2時間20分。

          母さん「まっしろい、いっぱい残っとる」と言いながらやわらかい雪をつかんだり、

          硬くなった雪をたたいたりしていた。


2005.1.23(日) 曇り

      −−◎朝の散歩。

      −−◎岩戸公園の散歩。

      −−◎県知事の選挙があった。母さんに「選挙に行くか?」と聞いたところ「うふふふふっ」と

          笑っていた。言った意味がわからない時にこのように返事をする。別の時には「わからへん」

          とか「なんにもわからん」と言うこともある。

          もし中へはいっていって場内で「これどうするの?」などと聞かれても私としても対応の

          仕様がないので連れて行かないことにした。

          3人で投票所へ行き、私が車の中で母さんと一緒に待っていて 娘が先に投票に行き

          つぎに娘が母さんの伴をして私が投票に行って来た。

      −−◎夕方 苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎このごろ(ここ1ヶ月)歌っている歌

          「さくら」

          「蛍の光」

          「雪の降る街を」

          「落ち葉たき」


2005.1.24(月) 晴れ

      −−◎朝の散歩

      −−◎デイサービスに行った。車を玄関に着けるとちょうど職員さんが出てこられ

          「いらっしゃい」「おはようございます靖子さん」とか言われて職員さんの笑顔に釣られて

          母さんも「うふふっ」と笑ってスムースについて行った。

          いつものようにフロア内を往復。いつも笑顔でいて職員さんの手を引いて「こっち こっち」

          とか言いながら歩いたりもしていた。入浴もスムースにできたとのこと。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          今日は2人来訪日だった。散歩に何回も行ってもらった。

          風もなく“お散歩日和り”だった。今日はよくしゃべっていたとのことだった。

      −−◎夕方苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎朝食を食べて行ってので、昼食は少食のようだった。3時半にラーメンを作ってあげたら

          全部食べた。夕食はおかずとご飯一杯半を食べた(普段はお茶碗一杯)

          一日を通じては食べているようだ。傾向としては朝は食欲が少なく夕方にかけて

          食欲が出てくるようだ。

          娘が行事があって9時ころ帰宅した。娘に夕食を出してやり、母さんにも(幼児のような感性

          だから自分だけないと変に思う)少量ずつ出してやった。娘が遅く帰り夕食を家で食べる時は

          いつも母さんにも出している。

          今日は「私 もう食べた」と母さんが言った。さっき食べたことを覚えていたのか、

          お腹の満腹感がそのように言わせたのか どちらかわからない。

          でも出された食事は娘と座って食べていた。

          

2005.1.25(火) 晴れ

      −−◎8時、朝の散歩は駅方面へ。

      −−◎今日は私が歯医者の予約になっていたのでヘルパーさんの来訪予定時間を午後から

          午前に変更してもらって10:00から11:59まで、来てもらった。

          私が医者などに行く時、母さんとヘルパーさんといっしょに行き駐車場などで待っていたが

          1時間車の中で足を動かさず待っているのもいかがかと 今年に入ってから、家で見ていて

          もらうことを試みた。

          3年ほど前にそうした時 私の姿が見えないので外に出てあらぬ方向へどんどん行ってしまい

          気分が不安状況に陥ってしまったことがあった。

          家でヘルパーさんと、いつものように何回も散歩に行っては帰りしていた。

          母さんがいつものところに車がないことに気づいたようだったが「おっちゃん どこへ行った」

          と言う風に探すことはなかったようだった。

          時間中ほどでいったん戸をしめ散歩を休憩し、ボール投げ遊びをしてもらった。

          元気で機嫌よくすごした。

          ※私の歯は痛いことはなかったが、歯のレントゲンによると虫歯がかなり深く喰い込んでいる

          ことがわかった。あと2回または3回行くことになった。

      −−◎午後は、家事の未処理部分を処理し、40分ほど昼寝したりした。その間母さんは

          テレビを見ていたり、二階へ行ったり階下へいったりしていた。

      −−◎夕方は苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

      −−◎言葉の意味は少しはわかる。

          私が「はら減った」と口走った時 母さんが「お腹空いたのか?」と聞き返した。

          別の時であるが「寿司にしようか」と言った時「ご飯か?」と言っていた。

          別の言葉に変更して聞き返すということは、意味を理解しているということである。

      −−◎目に見える状況での危機回避行動。

          車の運転には注意を払っている。きわめて軽微な事故でも「事故処理」しなければならなくなるが

          放っておくとどこかへ行ってしまう母さんを引き連れていて「事故処理」をするには難儀が

          予想されるからだ。

          そういう状況の運転ではあるが、母さんが助手席に乗っていて、前方の道路脇に人が

          立っていたり横丁から出てくる車の先頭部分が見えたりしてスピードを減速すると、

          母さんは前の壁の部分に手をついて体を支えようとする行動をとる。(停まるにしても

          通過するにしても適度の速度で進行しているので、「急停車」したことはほとんどない。)

         

2005.1.26(水) 晴れ

      −−◎7時40分、駅方面へ朝の散歩。(23分)

          登校の小学生がやってくる方向に向かって歩いた。しゃべり声や動きを見ていて、

          「うふふっ」と笑ったり「おーっ」と言ったりしていた。

      −−◎12時30分、岩戸公園へ散歩。(10分)

      −−◎4時00分、苧ヶ瀬の池へ散歩。(25分)

      −−◎紙パンツ交換。朝一回と寝る前一回の2回交換。昼間で家にいる時はトイレに行くこともある。

      −−◎朝食は少なかったが、昼夜はよく食べた。

          

2005.1.27(木) 晴れ

      −−◎7時40分、朝の散歩。駅方面へ。

      −−◎8時30分 母さんの朝食。ちなみに今日のなかみは、食パンに蜂蜜塗り、小田原プチ蒲、

          かにもどきの練製品、トマト、キウイ、白花豆(ささぎ豆)、白菜漬少し、

          牛乳屋さんのコーヒー牛乳(生牛乳にコーヒーを加えたと書いてある)1時間くらいかけて

          ゆっくりゆっくり食べている。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、

          風はほとんどなく、晴れた日。日差しは明るくなったがまだまだ寒い。一度散歩に出かけて

          30分ほどしてから紙パンツを交換してもらった。

          再度散歩に出た。小さな花や 西隣のうどん屋さんの紅梅に目を止めヘルパーさんと

          立ち止ってながめていた。終わりがけボール投げあそびをしてもらった。

      −−◎昼の「公園の散歩」は行かなかった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          母さんが戻っては出て行き何回も散歩に連れて行ってもらった。飛行機やヘリコプター

          の音がするたびに「飛んでいる 飛んでいる」と言っていた。室内ではボール投げ遊びを

          してもらい、今日は手の爪切りをしてもらった。

      −−◎夕方苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

      −−◎「今日も素敵な時間をありがとうございました。」と連絡帳に書いてあった。

          去年のことデイサービスの職員さんが「目が合うと ニコッと笑顔を見せて下さり

          とてもうれしく思います」と言っておられた。

          外交辞令も含まれているとは思うが、そのように言ってもらえる心境・感性を維持し続けて

          生きている、そういう環境に存在していて母さんは大変しあわせだと思う・


2005.1.28(金) 晴れ

      −−◎駅方面へ朝の散歩。

      −−◎デイサービスへ連れて行った。ちょっと車に留まっていたが少しして降りてきた。

          あらぬ方向へ行こうとしたので前に廻って方向回転をさせ玄関へはいって行った。

          デイで大量の大きい方の失禁があった。清潔にしてもらい入浴もさせてもらいさっぱりした。

          よごれた下着も水洗いをしてもらった。(※ありがとうございました。)

          入浴後は落ち着いて椅子にかけていて「眠い」と言ってうとうとすることがあった。

          目覚めたあとは、フロア内を往復し、係りの人に「おいおい」と声をかけ笑顔を

          ふりまいていた。

      −−◎たいてい朝起きたときトイレに行くが、今朝もトイレに行ったが「大」の方はしていなかった。

          水を流さないのですぐわかる。外ではトイレに行かないらしい。

      −−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ散歩。

       

2005.1.29(土) 曇り

      −−◎7時40分、田圃方面へ朝の散歩。久しぶりに田圃方面へ行った。白鷺がきていた。

      −−◎朝食待ちのあいだに トイレに行き「大」の方もやっていた。(日中途中で出すことはないので

          一安心)

      −−◎夕方は、苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎夕食後、ボール投げを11分やった。

      −−◎歩くこと。散歩。徘徊。

          いろいろ呼称されるが、母さんにとって戸外へ出て歩くことは、人間生活そのものである。

          内在的行動意欲からそれがなされている。

          自然に接する。(晴れ、雨、雪、風、冷たい、寒い、暑い、熱い)(鳥、虫、犬、猫、樹木、

                    花、稲、畑の作物)

          人に接する。(近所の人、稀に赤ちゃんを抱っこさせてもらったり、小学生、知っている子に

                   話しかけたり)(知らない人)

          社会に接する。()

          諸施設に接する。(道路、踏切、街灯、車、落ちているゴミ)

          感性の表現をする。(「かわいい」「でかい=大きい」「きれい」「(犬の糞などが)きたない」

          「(空き缶などが)あんなとこにある」)

          歩行療法には 訪問介護のヘルパーさんに大変お世話になっている。

          散歩で歩行と運動神経の機能維持に役だち、夜間の睡眠を促し(夜起きを

          しない)ていると思う。

      −−◎アメリカのジョハンズ農務長官が加藤駐米大使と会談し米国産牛肉の輸入再開を

          迫った。米国でBSE感染牛が発見されて以来日本での輸入は停止されている。

          安全対策の不確かなまま安直な輸入再開をすることは、将来病気が蔓延した時に

          大きな禍根を残すことになる。999頭が安全であってもその中に1頭病気牛があっては

          ならないのである。安直な輸入再開をするべきではない。安全対策のレベルによっては

          もちろん私は買わない。

       

2005.1.30(日) 晴れ

      −−◎8時30分、駅方面へ朝の散歩。

      −−◎今日は娘が一日中家にいた。テスト前勉強やら、テスト代わりのレポートで気が張って

          いるようだった。(いま娘のいる部屋と店(=母さんの生活空間)は窓を通してオープンに

          なっている。)娘が机に向かっていても母さんの姿を見ることが出来る。

          娘が幼児のころはちがっていた。、夕方になって娘が家にいる時、母さんが店の後片付け

          などしながら、遊んでいる姿を見ていることが出来た。

          母さんは おやつを食べたり、テレビを見たりして、行ったり来たり、ぬいぐるみをめでたり

          していた。(←これがこのごろの生活そのものなのだが)

          私はひととおり、家事を済ませてから10時から午前中昼寝した。

      −−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。娘も学習の休憩でついていった。

          散歩は私が車の中で待っていて娘について行った。(今日で2回目)別にトラブルはなかった。

          途中で 「レイコンがはいっておる」と言っていたと娘が言った。何のことかわからない

          状況にかかわりなくふと口走ったのなら 霊魂のことならヒントが無ければ 

          「たましい」と言うはずだ。

          一周25分の道のりに小さな神社が三社ある。それぞれの敷地の中には小さいとはいえ

          仏教系の施設もある(鎌倉時代以来の経過である)。その中に「○十○ヵ所御霊場」の

          看板があり、“霊”の文字を読みそれをヒントに知っている言葉の「霊魂が

          はいっておる」と言ったようだ。別に深い意味は無い。その他の看板「トヨタ」を見て

          「トヨタがはいっとる」と言い、「NEC」の看板を見て「NECがはいっとる」と言っている

          ように言ったようだ。

      −−◎「学習行動」

          店(=母さんの生活空間)は夜はシャッターを閉め鍵がかけてある。内側にはガラスの

          ドアがあり手廻しの鍵がかけてある。母さんが時々この内側のドアを手廻し鍵をはずし

          ドアを引き開けたままにしていることがある。外には出れないが風が通って室内は寒い。

          それで 何度も何度も私がドアを閉めに行くことになる。

          12月はじめのころ ドアの手前に椅子を置き、椅子に「リラッくま」=1mほどの

          熊のぬいぐるみ、を座らせて置いた。するとドアを開けなくなった。

          これで寒くならないと思っていた。程なく 熊さんを「よいしょっ」と持ち上げて別の椅子に

          置き換えるようになった。椅子はそのままの位置だった。そこまでの動きが正月過ぎ

          まで続いていた。

          次第に一回目に熊を移動し、一旦自分のかけている椅子に戻り、ややあって

          2回目に熊の椅子をよけてきて、再度自分の席に戻り座っていた。

          一週間ほど前から 熊を移動させたあとドアの手廻し鍵を開けドアを内側へ開き、

          そのまま停止させるようになった。

          せっかくの工夫も1ヶ月半でくつがえされてしまった。

      −−◎鮎の姿煮

          みやげ物に 鮎を醤油で煮て、そのままパックしたものがあった。鮎の頭は

          私は食べないが頭もそのまま食べるのが「通」だと言う人もいる。

          そのことは意識に無かったがおかずに形のまま出した。

          30分ほどして母さんの皿を見ると頭だけ無く本体は残っていた。 魚類は好きなはずなのに。

          娘「頭から食べたのやわ、そりゃ 食べれないわ」と言い母さんの意中語を翻訳した。

          母さん(思い)「なんや こりゃ まずいな 固くてこんなもん食えるか。この間の白い塊(石鹸)

          もまずかったが」。

          娘「と言っているよ」

      −−◎「ら」抜き言葉。

          可能表現「出られる」「食べられる」を「出れる」「食べれる」と言うこと。そのほかにも多数。

          いつのころからかマスコミの話題で「ちまたで「ら」抜き表現がされているが、言葉が

          乱れている」と言われたことがあった。

          私は何が乱れているのかわからなかった。

          それもそのはずである岐阜弁は大江戸の昔から「ら」抜き表現だった。

          (受動態「食べられてしまった。」などは別)

          乱れていると言われる理由がわかって、人々の全国的な移動交流の中で岐阜弁も

          ほんの一部が国内で使用されるようになった。のかと?“岐阜弁全国普及会”?としては

          意を強くしたものである。


2005.1.31(月) 雪 のち 曇り

      −−◎7時、起きるとすぐにトイレへ行った。トイレを後から見ると「大」をしていた。

          布団も点検したところ無事だった。

      −−◎雪降りのため朝の散歩は無し。

      −−◎デイサービスへ連れて行った。普通に降りて行った。

          室内を行き来し、楽しそうに走ったりもしていた。入浴をさせてもらった。

          体操の時間(今日は手指訓練)椅子に座って参加。その中で歌がはいると

          嬉しそうに笑いながら手拍子をしていた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          雪は積もらず午後からは止んでいた。

          風が冷たい1日だったが 2人で「寒いねー」「寒いねー」と言いながら歩いた。

          今朝の雪が溶けて水たまりになっているところを通過した時母さんがヘルパーさんの

          袖を引いて「びしゃびしゃになるよ」とヘルパーさんが水たまりにはいらないよう

          気を使っていたとのこと。

      −−◎夕方は、雪がぶっていなかったので、苧ヶ瀬の池へ散歩。娘がはやく帰宅していたため

          同行し散歩にも付いていき、私は車の中で待っていた。

      −−◎新聞等で、アメリカのBSE牛事件後アメリカ牛の輸入を停止したため その他の肉や

          卵の価格が上昇している。と報道されている。アメリカが全頭検査をしない牛肉の輸入を

          早期に再開せよと迫っている時と機を一にする報道である。輸入を再開すれば肉類は

          安くなる。とも読める。輸入再開を早めるよう世論を盛り上げようとする世論工作の一部である。

          安くなるからと言って汚染牛の疑いのある物を輸入してはならない。

          過去に薬害等で ご当人はもちろん、周囲の者、苦しめられ、個々人の支出も過大になり

          保険制度からの医療支出もその分増加し社会的損失を生じさせた事例はいくつもある。

          肉が安くなった分より、高い支出を汚染牛肉によって強いられれば、損失の増大であり、

          そのようなことは避けるべきである。


2005.2.1(火) 曇り 晴れ

      −−◎8時30分、朝の散歩。駅方面へ。

      −−◎10時30分、喫茶チボリへ行ってきた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          風のある日で「寒い 寒い」と言いながら何回も散歩について行ってもらった。

          途中停車中の車の中でぬいぐるみ遊びやら、指ずもうをしてやってもらった。

      −−◎トイレにははいったが拭かなかったせいか紙パンツに便が付着していたので

          夜風呂に入れた。

          脱衣はいつものように抵抗したので苦労した。ジャンパーや前ボタンのカーディガン

          ブラウスはボタンをはずし後ろの方から上にあげ片手ずつ脱がせた。

          スボンの方はパンツ換え要領で手早く脱がせた。

          被りの下着は「さあシャツを脱ごうか?」と誘ったが手を前に組み脱がせようとしなかった。

          民主的手続きを継続すると中止をしない限り 結局民主的でない威嚇などを

          することになるので、はさみを持ってきて背部からするすると切断した。

          切断されていることなど意識にないようすだった。

          風呂に誘導すると、さっさと浴槽にはいり、「おっちゃん おっちゃん」とかその他のことを

          しゃべり 機嫌よくタオルを使って体を洗っていた。

          今回も20分経過後「さあもう出ようか」と言ったが出てこなかった。「出る」ことも

          本人に実害がなければ、意のままにするようにと私は ほかごとをしていた。

          着衣は私が慣れっこになってきたのか、本人のリズムに合わせて進めればいいわ

          と思うようになり、そう考えれば「時間に合わせるためにあせる」こともなく

          かつてと比べるとたやす出来た。


2005.2.2(水) 今冬 初の積るほどの雪(約15cm) 

      −−◎朝起きると15cmの雪があった。我が家の周辺では大雪の部類。今までも雪のちらつく日は

          あったが積らなかった。私は6時20分に起き、母さんは7時に起きてきた。

          「トイレに行こうか」と連れて行くとトイレにはいった。失禁はしていなかった。

      −−◎ 戸を開け入り口の前に立って「雪や。つめたい、つめたい」と言い、すぐ中へ戻った。

      −−◎雪は止んでいたが 朝の散歩も夕方の散歩も無し。

      −−◎県立病院の診察日。予約時刻は9時だった。前の道路を見ると慎重運転の車で

          長蛇の列になりゆっくりゆっくり動いていた。いつもより20分早く家を出て病院へ行き

          8時35分 いつもより早い時間に診察券を出した。雪のため先客が2人しか来ておられず

          すぐに呼ばれ、診察を受け家での状況を私が@母さんが元気でいること。Aデイサービス

          でも笑顔ですごしていることB散歩に行く時 ヘルパーさんに付き添ってもらっていること

          などを報告し、注射をしてもらって、お金を払ったのが

          8時50分だった。予約時間より早く終ったことは 初めてのことだった。

      −−◎今日は戸を開けておいたが、我が家の駐車場も歩道も雪に埋まっていて、母さんは

          外を眺めたり、戸の外へ一歩だけ出て、景色を見ていたが踏み出して歩いていこうとする

          気配は無かった。


2005.2.3(木) 晴れ

      −−◎節分の豆。

          豆を10粒ほど手に取って食べていた。少し食べてから手に残っている方を数えて

          いた。 「1,2,3,4,5,6。 .6個ある」と言った。私が見ると手の中の豆は6個あった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          来訪すぐに紙パンツの交換をしてもらった。オシッコのみだった。

          雪の残る中 手をつないで楽しくおしゃべりしながら何回も散歩に行ってもらった。

          散歩途中「さくら〜 さくら〜」などの歌をうたっていた。気分が晴れ機嫌がよいときは

          俗に言う「鼻歌」のような感じて歌が出てくる。

          室内ではボール投げをした。


2005.2.4(金) 晴れ

      −−◎朝の散歩に行った。

      −−◎デイサービスに行った。車からなかなか降りようとしなかったがスタッフの人が

          「やすこさ〜ん」と声をかけてくれたら笑顔で降りてきた。

          朝母さんが いつもより遅く起きてトイレに行っていなかったので「失禁するかもしれないので

          適宜 誘導してください」と頼んできた。

          結果は誘ったが「大」はしなかった。とのことだった。「大」の失禁もなかった。

          いつものようにフロアを往復し 声をかけると笑顔でそれに応じていた。

          入浴もさせてもらった。

          迎えに行くと、歌の時間の最中で、母さんは立っていて、歌に合わせて手をたたき、

          体で調子をとってみんなと一緒に歌っていた。

      −−◎「こんぶた」

          “昆布出し”が食卓上においてあった。ひら仮名で こんぶだしと書いてあった。

          デザイン文字で“し”の字が、横に長く“一”かまたは”括弧閉じる”のようにも見えた。

          母さん「こんぶた やて おもしろい。あははっ」と言った。「豚」を連想したらしい。

      −−◎厚生労働省はBSE感染牛肉が原因である 変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)の

          感染患者が12月に亡くなった。と発表した。


2005.2.5(土) 晴れ

      −−◎母さん7時に起きた。紙パンツは濡れていなかった。トイレに行くように言うと行った。

          「大」と「小」をしていた。

          このごろの私の気苦労・関心事は“失禁”である。寝る前のパンツ交換のときも「大」も「小」も

          失禁していなかった。今日はほとんど一日中家にいて安心してトイレに行ったらしい。

      −−◎夕方苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。散歩には娘がついていった。

      −−◎hi-lite(タバコのハイライト)

          私の作業場の机の上にタバコのハイライトが置いてあった。母さんそれを見て

          「ハイライト ハイライト」と言っていた。

          カタカナ文字は箱の側面に小さく書いてあるが、母さんの立っている位置からは見えない。

          ローマ字のhi-liteを読んでいたようだ。

          

2005.2.6(日) 晴れ

      −−◎母さんは7時30分に起きて降りてきた。すぐに店のトイレの方に誘導した。

          その時はすぐ出てきたがうろうろしていて再度はいり用を足していた。

          軟便でない限り、1日1回しかしないから今日は安心だ。

          見てきたところ夜間の“オネショ”もしていなかった。

      −−◎9時、田圃方面へ散歩(35分)。田圃には残り雪があった。寒かったため口数が少なかった。

      −−◎私は事務整理などしていて、母さんはテレビを見たり 室内を行ったり来たりしていた。

      −−◎夕方は、駅方面へ散歩に行った。買い物に一緒に行った。


2005.2.7(月) 晴れ

      −−◎朝の散歩。

      −−◎オネショ無し。

      −−◎デイサービスに行った。

          お風呂に入れてもらった。落ち着いて風呂にはいり、食事もゆっくりとして食べた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          曇り空で風もなく、ちょうど散歩にはよい日で 繰り返し家の周りを散歩した。

          下校途中の近所の小学一年生の女の子が「おばちゃん」と言って近寄ってきて

          母さんは笑顔で「ふんふん」と言い、手をつないでその子の家まで行った。

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩。


2005.2.8(火) 小雨

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          最初ボール投げをしてもらったが 今日は気乗りがしないようだった。

          で 小雨だったが傘を差して散歩に連れて行ってもらった。

          外に出て気分がよくなって「さくら〜さくら〜」の歌が出たりした。

          水たまりがあると母さんがヘルパーさんの手を引っ張って「こっちこっち」

          と言ったりしていた。


2005.2.9(水) 晴れ

      −−◎私の病院診察日。(私の方は異常なし)

      −−◎母さんは9時30分からヘルパーさんに来てもらって家で見てもらっていた。

          母さんは珍しく遅くまで寝ていて私が出かける時はまだ寝ていた。娘も家にいて

          見に行ったがなかなか降りてこなかったとのこと。

          ヘルパーさんには店(=母さんの居室)の掃除をしてもらった。そのうち降りてきて

          紙パンツの交換をしてもらい、散歩に行った。寝起きだったが機嫌はよかった。

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩。


2005.2.10(木) 晴れ

      −−◎朝の散歩。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、

          雨上がりで、晴れ間がのぞくと 春が近いことを感じさせる暖かい日だった。

          散歩に出て 時々笑いながら 小走りに走ったり、梅の花の前で立ち止まったりして、

          歩いた。15分ほどボール投げ遊びをしてもらった。

          紙パンツの交換をしてもらった。(このごろは「小」のみで「大」の失禁はない)

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          今日もいっぱい散歩に行ってもらった。口数も多く、歌を口ずさんだり、ヘルパーさんの

          手を引いて小走りになったり、機嫌はとても良かった。ボール投げは午前中にも

          やったせいか、長くは続かなかった。

          散歩中「目が痛い」と何度も言っていたとのことだった。

          (たまに「目が痛い」と言うが赤くなってもいないし、視力が落ちてもいないので原因不明)

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

      −−◎夜は本屋さんへ行った。

      −−◎世間でのさまざまな事件発生を憂いて思う。

          現在の若者たちの中には、心のあり方が「人間は意識する意識しないにかかわらず

          社会の中に居る」ことを認知しないものがいる。

          いま まがりなりにもある社会規範を内在化することができず 種々の自分勝手な

          行動に出ることがある。

          社会規範を収める枠組み(=封建色の強い)が崩壊してきているが 新たな確固たる

          規範の枠組みが形成されていない。

          自分たちが常識だと思ってきたものが、他地域・他階層の人と接する過程で、必ずしも

          それが当然で当たり前のあり方だとはいえなくなった。

          どこまで相手に踏み込んでいいのかがわからなくなった。

          その過程で、以前は「人の目」を気にしていたことも気にしなくなった。

          それは、個人というものが見直されたという点でよい面も生まれたが、

          個人の自由の名の下に最低限のルールまでも崩壊させた。

          封建的な規範が排除されたために、その中に含まれていたがその前史まで積み

          重ねてきた人類としての規範も手放してしまった。

          人を殺してはいけない、人に迷惑になる(嫌がる)ことをしてはいけない、

          人間は社会的な存在である、などの共存していくときに必要な規範まで崩れて

          きている。

          そして最近では ネオリベラリズムの影響がそれに拍車をかけている。

          ブッシュ氏は年頭教書で「自由=フリー」が数十回繰り返したが、強者だけの自由

          である。

          個性を大切にすることと、ともに生きるためにルールを守ること、

            これらを両立させる必要があるのにできていないのである。

          人々は新しい文化・規範を築く力をもっている。今、西洋近代の真摯な人たちが

          発展させてきた「個々人を大切にする民主主義」をさらに発展させた内容の

          民主主義を作ろうとしている。

          それが新たな確固たる規範の枠組みであり、前史まで積み重ねてきた人類

          としての規範もその中に含まれる。


2005.2.11(金) 晴れ

      −−◎田圃方面へ朝の散歩に行った。寒くなく快適な気分だった。

          何年か前から水路に直径50cmほどの川石が落ちている。

          2年ほど前に母さんは何を思ったか「あんなものがある。大きすぎるで持てんわ」

          と言っていた。今日は私が「大きすぎるで持てんわ」と言ったら「ウフフッウフフッ」と

          笑っていた。

      −−◎テレビを見ていたり、上へ下へ行ったり来たりして、機嫌は良かった。

      −−◎夕方苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

      −−◎そのあと買い物に出かけ一緒に店内へ行った。「トイレ」と言うので男性用トイレに

          連れて行き、私も一緒に中にはいった。オシッコをしたあとのスボン上げなどを

          みてやった。


      *****************************

      −−◎アメリカの圧力に押されて BSE検査の不十分な感染可能性のある牛肉を輸入する

          だんどりを日本は進めている。私は買わない。

      −−◎牛丼の**店は 「1日牛丼の日」をおこない、1日のみ牛丼を提供した。アメリカ産

          の牛肉の輸入再開の機運の盛り上げを図るか?。

          アメリカの主張は 若い牛は発症していない。それを輸入せよ。若いか老牛か肉の色を

          見ればわかる と言う。

          問題点@若齢で発症していない牛も、異常タンパクが体内に感染していて、将来まで

          生かされていれば 加齢とともに発病の可能性はある。同様に人間が 将来発病するかも

          しれない牛を若いうちに処理して 食べて発病する可能性を 否定できない。

          問題点A若齢か老牛か「肉の色を見て判断する」とはあいまいな基準であり、

          検査者の主観に左右されることが多い。

          意見−−今からでも遅くはない、アメリカ農場でも一頭一頭の記録をつくるべきである。

          意見−−BSE牛が原因で人間の発症者が出たとすればその人の苦しみは大変であり

               社会的にも損失は多い。


2005.2.12(土) 晴れ

      −−◎朝の散歩。

      −−◎生協配送日。とくに“事件”なし。

      −−◎母さんの“ドライブ”を兼ねて、娘を大学まで送って行った。

          今日は「雪の降る街を〜」の歌をうたっていた。はじめの部分は歌詞を覚えていたようだが

          歌の中ほどから歌詞が出てこなくなりメロディーだけ口ずさんでいた。

      −−◎温度感覚は健在。

          現在のところ手に感じる温度を感知し表現できている。

          熱いスープなどがある時、小型どんぶり(=皿)に触って「熱い熱い」と言っている。

          今日私が給湯からお湯を出し食器を洗っていた。流れ出る口のところへ母さんが

          手を差し出し、手にお湯をかけ「あたたかい、あたたかい」と言っていた。

          先日雪が降ったとき、雪を手でつまんで「冷たい、冷たい」と言っていた。

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。


      ***************

          興味深いこと

          世間でのBSE病に対する関心は高い。ある出版社で同時期の月に発行された

          各種の本の中でBSE病を扱った本が版元でも売り切れになっている。

          NHKブックスの No.939「プリオン病の謎に迫る」山内一也 著1019円

          がそれである。


2005.2.13(日) 曇り 晴れ

      −−◎母さん7時30分起き。トイレに誘導。OKだった。

          9時駅方面へ散歩。

      −−◎北隣のラーメン屋さんの前を通ったら、母さんが「みつ編みが置いてある」と言った。

           「えーっ? ミツアミがあるって?」と振り返ると 入り口に パキラの植木が置いて

           あった。 この植木私の背丈ほど。

           茎の中ほどは細い数本が編むような重ねあわされてひと束にしてある。

           髪の毛をみつ編みしたように見えた。

           私「ほんとだ 三つ編みが置いてあるね」

           ※西隣に うどん屋さんがあり 北隣には以前は焼肉屋さんだったが去年別の人が

           ラーメン屋さんを始めた。

      −−◎岩戸公園へ散歩。(車中の歌は「さくら〜 さくら〜」)

          サッカーボールで遊んでいる4・5人の少年たちを見て、母さんはニコニコして 

          しばらく立ち止まる。

          脇に二十数本の梅あり。洞にあるためそれぞれの木に日照時間の差あり。

          ほぼ咲いている木と白いつぼみだけを見せている木あり。いい香りが漂っていた。

          母さん 梅の花には見入っていたが 香りには反応を示さなかった。

      −−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎このごろは「小」の方は 家でもトイレに行かなくなった。尿意を感じてから

          出るまでの時間が短いのかもしれない。

          紙パンツは朝夕二回交換している。

          

2005.2.14(月) 晴れ

      −−◎8時30分起き。夜起きはほとんどないが、朝9時過ぎまで寝ていることが

          4回(1月初め以来)あった。先週火曜日は10時45分まで寝ていた。

          今日も寝ていたがデイサービスに行くので起こしてきた。たいていは好きなように

          起きて来るまで寝させている。

      −−◎8時55分から10分間ほど散歩。軽く朝食を済ませた。

      −−◎デイサービスに連れて行った。近づいて行くとデイサービスの屋号の看板を読んで

          「○○○○と書いてある」と2・3回言った。今日は珍しく車を玄関前に停めると私が

          降りると同時にドアを開けさっさと入り口からはいって入った。

          −−時々入り口と奥の間を行ったり来たり。入浴もスムースにはいったとのこと。

          だいたいはおちついていて椅子に座っていることが多かった。

          「体操の時間」にはニコニコして見ていた。

          昼ご飯は ゆっくり ゆっくり食べていた。チキンライスはほとんど食べた。

          「大」の失禁なし。(1月28日以来、家でも施設でも「大」の失禁なし)

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          天気もよく暖かい日。「さくら〜さくら〜」の歌をうたいながら散歩。時々「ひな祭り」の

          メロディーも出てきた。

          小学生のの女の子が「おばさん」と走りよってきて 母さんにこにこ「おいでおいで」と

          会釈し通り過ぎた。

          母さんの方からヘルパーさんの手をとって歩るき 今日はいろいろたくさん

          おしゃべりしていた。

          室内ではボール投げ遊びをした。

      −−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩。冬季で池の水が少なくなり北側部分で湖底が露出し青鷺が

          来て歩いていた。その他小型の水鳥もいた。

          

2005.2.15(火) 晴れ

      −−◎朝の散歩。

          11時30分岩戸公園へ散歩に行った。公園近くの寺に、節分の大きな鬼(4mくらい)が

          飾られてあった。日は過ぎているが まだ何かの行事があるのかもしれない。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          パンツ交換をしてもらった。

          ヘルパーに母さんを見てもらっていて、1時間ほど配達で出抜けた。

          母さんの心境にとくに混線はなかった。

          風もなく散歩には良い日で、「さくら〜さくら〜」や「おひなさま」の歌を口ずさみながら

          散歩した。室内での 散歩の中休みをと気を遣ってもらったが 本人は気遣いをよそに

          散歩に出て行った。

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩。

          「ペタペタ付いておる」と言った。前を走る車の後部に予備のタイヤがつけてあり、

          そのカバーに、犬か他の動物かの足跡模様が描いてあるのを見ていった。


2005.2.16(水) 雨

      −−◎母さん診察日。今日は始めニコニコ顔で待合室を一巡したがあとは座って待っていた。

          あまり待つことなく呼ばれたので、スムースに終った。

      −−◎雨だったので外に出て歩かなかったが、苧ヶ瀬の池までドライブに行き、池を車で一周して

          戻ってきた。(約1時間)車に乗って動き出すと歌が出てくる。「さくら〜さくら〜」と

          「おひなさま」以外の歌も時々出てくる。車につけてあるテープには無い歌なので

          デイサービスでうたった歌だと思う。健康時に歌った記憶を呼び覚まし、再体験し

          再体験時の歌で重ね記憶し表出されたと言える。


2005.2.17(木) 晴れ

      −−◎7時30分起き。自分でトイレに行った。

      −−◎9時近くを散歩。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、

          もうひとり事務所のヘルパーさんも来られ、月に一回の状況確認と 希望事項を聞く

          と言うことで母さんが散歩に言っている間に、私と話してから帰って行かれた。

          はじめに「パンツ交換」してもらった。

          春めいた、明るい日差しの中「ひなまつり」の歌をうたいながら歩いた。

          暖かくときおり向かい風を受けてもほとんど気にならないくらいだった。

          歩いていく先の あちらこちらで目に付くことをヘルパーさんに ひとつひとつ

          説明していた。(他人にわかる説明かどうかは??)

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          安全面などの関係で2人来てもらった。

          母さんを中にして3人で散歩をしてもらった。家に戻った時緊張の表情があるようだったが

          すぐ台所から店に出てきたのでたいしたことはなかった。

          後半は新しい人と並んで歩き、母さんが“道案内”をしたり、歌をうたったり、いろいろ

          おしゃべりしたりして楽しそうにしていた。前後にの安全や、踏切での安全、

          状況の一歩はなれた観察、(今後に生かすため)をしてもらった。

      −−◎4時から苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎条件反射的ことば

          @苧ヶ瀬の池に行った時、駐車場脇にトイレがあるので、昨年11月以来最初にトイレに行き

          女性用トイレの前で私が「ここで待っているから行っておいで」と言い待っている。

          母さんは用を足してくる時も、ドアを開けてみて戻ってくる時もある。

          ここ2・3日のぞいて出てくるだけだったので今日はトイレの脇を通り通過した。

          1mほど通りすぎたら母さんが「ここで待っているから...」と言った。

          足はスピードを変えず歩いていた。「えっ どうしたの?」と聞いたが「うふふっ」と

          笑っているだけだった。

          この場所でトイレに行き上記のような状況設定になるのは4ヶ月前からのことで

          発病後6年を経過した現状でも新たな記憶の蓄積もなされていると言うことである。

          しかし言葉として出てきただけで実際行動に作用を及ぼさないが....。

          A母さん一日に何回も「おいおい おいおい」とか「おっちゃん おっちゃん」とか私に

          呼びかける。時々、応えないときもあるがそれでも何百回も「うんうん」とか同じように

          「おいおい」と応え、「ここにいるよ」とか言っている。

          用件のあるときは お腹が空いた お茶が飲みたい 机のものが(本、紙、ぬいぐるみなど)

          下に落ちた などだが表情によって察知し処理している。

          90%以上はとくに用件があるわけではない。

          先日のこと、はじめ何回か返事をして 机に向かって黙っていたら「おいおい」と言い

          「ここにおる」と言い私のあたまをつついた。

          ※ ****

2005.2.18(金) 曇り

      −−◎朝の散歩。

      −−◎9時30分デイサービスへ行った。車を降りようとしなかったが、スタッフの人が

          出てきて、笑顔で「靖子さん〜」と言われて降りてきてついていった。

           ようすはいつものとおりだった。

          ほかの人が歌をうたっているのを聞き「ひな祭り」の歌をうたっていた。歩きながら

          口ずさみ、何度も何度も歌っていた。

          入浴をさせてもらった。

          午後からは他の人全員が喫茶店へ行く行事で出かけられた。

          (喫茶店行事につき 前もって相談された時に 私が「トコトコとどこかへ行って

          しまうおそれがあるので 午前中に帰るように迎えに来ます」と言ったら

          「所内で一緒にすごせればかまいませんが ただ行事に参加できないので...」

           私「喫茶店でじっとして座っておられないので、参加できないのはかまわないのですが

             一人だけのために、所内で見ていてもらうのも.....」というと

             「それはかまいません」と言われた。)

           みんな行ってしまった後も、いつもと変わらない状態で過ごし、喫茶店気分で

           残ってもらったスタッフの人と2人で カフェ・オレをいただいた。

      −−◎その間私は午前中、客先のシステム点検に出かけた。

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎このごろは 個包装の菓子、みかん、バナナなどは皮をとってやらないと食べられ

          なくなった。バナナを3切れに切ってあげたら皮ごと食べ、後から皮を出していた。

          セロファン紙で包み隙間のある菓子は歯をたて隙間からはみ出してきた部分を

          食べていた。


2005.2.19(土) 雨

      −−◎朝方は雨が降っていなかったので駅方面へ散歩に行った。

      −−◎生協配送日。とくに混線はなかった。

      −−◎昼には雨が上がっていたので岩戸公園へ行った。

          家で車に乗るとき、母さんを車に乗せてから、キー、免許証などポケットをさぐり、

          道路の交通事情などを見て、車のドアを閉めてあげようとしたところ 母さんの頭と

          ドアのガラスとゴツンとぶつかった。私が早くドアを閉めないので 歩いて行くかと思い

          車を降りようとしていたらしい。

          ドアを閉めて私も車に乗り込むと「ぶつかってしまった。痛い」「ぶつかってしまった。痛い」

          と言っていた。そのあとは何も言わず車が動き出すと「ひな祭り」の歌などうたっていた。

          ほかごともしゃべっていた。15分後公園で車を降りようとした時

          「ぶつかってしまった。痛かった。」「ぶつかってしまった。痛かった。」と言っていた。

          病気のこのレベルであっても衝撃的なことは15分程度は覚えていて表出することが

          できるようだ。

      −−◎娘の友達が遊びに来た。午前は映画と喫茶店など行き、昼過ぎは部屋で遊んで行った。

          母さんは笑顔であいそをふりまいていた。中窓ははじめ閉まっていたが、母さんが

          大きく開けて「おいおい」とか言って呼びかけていた。娘の友達も笑顔で応じていた。

      −−◎16日(水)に雨で、散歩に一回も行かなかったせいか、夜なかなか床につかず

          3回階下へ降りていった。


2005.2.20(日)  晴れ

      −−◎朝 私より先に起きていた。見るとオネショだった。布団の上に防水のシートを敷き

          その上に化繊の毛布をして布団本体が濡れないようにしてあるが はみ出して

          少し布団も濡れていた。陽が強くなってから布団を干し敷布の洗濯をした。

      −−◎朝の散歩に行った。

      −−◎夕方、苧ヶ瀬の池散歩。

      −−◎今日も元気で気分快活だった。何もしていない時は「ひなまつり」の歌を一日中うたっていた。


2005.2.21(月) 晴れ

      −−◎8時、駅方面へ朝の散歩。

      −−◎9時30分。デイサービスにいった。

          1月に施設で「大」の失禁が2回あり、今朝トイレでやっていなかったので、係りの人に

          「適宜 トイレに行くよう言ってやってください」と頼んでおいた。(トイレには行かなかった

          ようだが、失禁もなかったとのことだった。)

          「ひなまつり」の歌や春の歌を連続的にずーっと口ずさんでいた。他の人と一緒に歌う

          こともあった。

          お風呂に入れたもらった。浴槽にゆっくりつかっていた。

      −−◎その間に私は銀行へ電話代等公共料金の支払いに行ってきた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          陽は少しあたたかくなってきたが風は冷たかった。ずーっと散歩を繰り返していた。

          「ひなまつり」歌を切れ目なく歌っていた。猫や犬や小学生の下校の様子を見ていた。

          見えなくなるとまた歌を歌っていた。

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。花や青鷺に関心を示したり 黙々と歩いたり、

          小さい子や犬を見て喜んだりしていた。

      −−◎夕食後、トイレに行き「大」を済ませていた。(水を流さないのであとで私が流して

          いるのでわかる)いつもの2回分ほどあった。出始め固い便で切れ痔になったのか

          血液が見えた。(健康時にもたまに切れ痔になり薬局へ薬を買いに行ったことがあった。)

          終わりがけの方は軟便になっていた。

          紙パンツを交換してやり、使い捨てガーゼで拭いてあげたが充分ではなかった。

          本人が意味を理解せず抵抗するので説得したり気をそらせたり、“難作業”だったが

          時間はそれほどかからなかった。

          5分くらい「むっ!」としていたが後は機嫌が直っていつものニコニコ顔でいた。


2005.2.22(火) 晴れ

      −−◎8時駅方面へ散歩、息が白く田に霜が降りていた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、10:00から11:59まで、

          今日午前は私が歯科へ行ったために、臨時にヘルパーさんに来てもらった。以前は

          ヘルパーさんも一緒に行き先へついて行ってもらったが、最近ではヘルパーさんと

          2人で家にいてもらっても不安状況になることなく大丈夫のようだ。

          日陰は少し空気が冷たかったが、歌を口ずさみながら 犬や鳥などに目をやりながら

          散歩した。

          室内ではボール投げを10分間くらいやった。

      −−◎ケアマネジャー氏来訪、3月分の予定について、相談し計画を作った。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          散歩に出て、戻ってはすぐ出て元気に散歩を繰り返した。ジェット機が通過すると

          足を止めて空を見上げ、「すごい」「速い」と言っていた。

          戻った時、停車中の車の中でおしゃべりなどしての休憩が数回あった。

      −−◎夕方、今日はヘルパーさんに散歩の付き添いをしてもらい、歩いたので

          池への散歩は行かなかった。かわりに30分くらい車に乗って行ってきた。

      −−◎紙パンツの交換

          朝起きるとトイレに行き「大」をしていた。その後交換したが濡れていなかった。

          昨晩はオネショをしなかったようだ。

          昼食後またトイレで「大」をしていた。軟便だったがトイレは2回行ったのみで夜の交換のとき

          汚れておらず下痢状態ではなく、食欲もあるのでおなかをこわしていることはないようだ。

      −−◎「ひなまつり」の歌。

          去年は「あかりをつけましょ 〜〜」と歌詞を言えていたのに今年は「♪たたたた♪たたたた♪」

          と節をつけて歌うが歌詞がまったくない。

      −−◎人混みの中の娘を識別

          娘が夜遅くなったので駅まで迎えに行った。車の待ち場所を決めて車の通行の少ない

          横通りで車を停めて待っていた。40mほど先はおおぜい人が通っている。

          角を曲がってこちらへ歩いてくる人も何人かはいる。街中で明るいとはいえ夜だから暗い。

          母さんが「あっ 来た来た あにゃまんや」と言った。私もすぐわかったが一瞬は

          角を曲がってきた人物が娘であるかどうか識別できなかった。

          母さんの直感に類する神経を集中しての判断は、正しかった。身近な人を識別する

          能力はまだあるようだ。

        

2005.2.23(水) 晴れ

      −−◎田圃方面へ散歩。

      −−◎午前中は、何箇所か用件(営業の用ではない用件)があって連れて外出。車から

          降りて手を離していると好きな方向へ行ってしまうので、しっかりと手をつないで、

          引き連れて歩き、相手方と話しもし、小物を買ったり、支払いをしたり、してきた。

      −−◎特段の変化なし。

          

2005.2.24(木) 曇り

      −−◎7時30分起き。トイレに行き用を足す。濡れてはいなかったがパンツの交換をした。

      −−◎駅方面へ朝の散歩。曇り空で寒し。笑顔で元気。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、

          曇りがちで冷たい天気だったが何回も散歩に出かけた。紅白の梅の花に目を止めたり

          親子連れの子どもに微笑みかけたりして楽しく歩いた。

          「ひなまつり」と「子守り歌」のメロディーを何回も口ずさんでいた。のこり30分ほどは休憩し

          室内でボール投げ遊び、「ひなまつり」の歌に合わせて体を揺らして踊ったりした。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          午後も曇りがち、いつもはポケットに入れている両手をジャンパーの袖口の中に入れ

          散歩した。梅の花の前に立ち止まり、普通の白にはあまり興味を示さないが、紅やピンクの

          梅には「すごくきれいにはまっとる」と何度も言って見ていた。

          ボール投げを10分間ほどやった。手の指の爪を切ってもらった。片方を切ったところで

          席を立ってしまい後はのこった。

      −−◎今日は寒かったのとヘルパーさんとたくさん歩いたので池への散歩は行かなかった。

      −−◎人類の歴史は数百万年前にさかのぼる。

          300万年前、15万年前、数万年前、5000年前にそれぞれ節目がある。

          それぞれの時代に地球上の幅広い地域のそれぞれの場所で生き人類の知恵を

          蓄積してきた。

              

2005.2.25(金) 晴れ

      −−◎駅方面へ朝の散歩。

      −−◎9時30分デイサービスに行った。はじめ少し車を降りようとしなかったが、

          出てきた係りの人から「靖子さ〜ん」と呼ばれて、ニコニコしながら車を降りた。

          私が係りの人と今朝の母さんの様子など話しているうちに ひとりで“喜び勇み”

          玄関の中へはいって行った。ここの場所を感性的にも“ええとこや”(=良い所)として

          感じている様子だ。

          今日も自分のペースで過ごし ホール内を行き来し時々笑顔を見せて動いていた。

          入浴をさせてもらった。

      −−◎母さんがデイサービスに行っている間に、午前中は得意先のシステム点検に行き

          午後は諸雑用を処理した。

      −−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ散歩。娘が学校が休みになっているので一緒に行き、一周散歩は

          娘がついて行った。

      −−◎危険認識機能。

          昨日のこと、ヘルパーさんと散歩に行っていたとき、踏み切りの数m手前で

          警報が鳴り出した。母さんが自分から「あっ あかんわ」と言って来た道を少し戻り、

          角を曲がって別の道を進んで行った。

          このごろはないが踏み切りで警報が鳴っているのに通り抜けようとしたこともあった。

          危険認識機能は あるとき パタッと無くなってしまうのではなくて、認識しなかったり、

          認識したり、を繰り返して、しだいに認識できない方向に進んでいくようである。


2005.2.26(土) 晴れ

      −−◎朝の散歩。道々ある梅の花が春の香りを漂わせている。

      −−◎生協配送日。特段の“事件”なし。

      −−◎夕方 苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎ここ1ヶ月に言っていた言葉。

          台所仕事をしている時に「お母さんはどこ行った。?」と言うことが何度かあった。

          なにかを私が聞いた時「わからんも」「わからへん」と言った。

          パンツを交換してやって5分くらい不機嫌でいて ふとわれに返って(のように見えて)

          「おっちゃん ありがとう おっちゃん ありがとう」と言っていた。

          苧ヶ瀬の池を散歩していた時「クシャクシャになっわからんようになっちまった」

          「もうダメになった」と言っていた。(以前には「もうダメになる」と進行形で言っていた。)

          何を主語に言っているのかはわからない。

          自分のことについて言っていることは前後の状況から推察できる。頭の働きの機能低下

          から起こる行動全体のことかもしれないし、日常生活の部分的な身の回りのことが出来ない

          ことかもしれない。トイレのことなどかもしれない。

          しかし自分を観察している自分が頭脳の中で生きているということである。


2005.2.27(日) 晴れ

      −−◎深夜、1時45分ころ 寝言か 目覚めていたのかわからないが、

          小声で「ひなまつり」のメロディーを歌い始めた。一番の終りに相当するところまで歌って

          2回目を歌い始め、5回歌った。5回目にかけてだんだん声が大きくなっていた。

          「むにゃむにゃむにゃ」(←意味不明)「うふふっ」(←笑い声)と言い、後はスー スーと

          寝ていた。起きだす事もなかった。

      −−◎8時、駅方面へ朝の散歩。

      −−◎昼、岩戸公園へ散歩。ブランコにのっていた小学生の姉妹の小さい方が私たちの向かって

          「こんにちわ」と言った。母さんはニコニコしていて私が「こんにちわ」と返し通り過ぎた。

          その親たちは少し離れた芝生にいた。

      −−◎電話局に近いところで大型車の事故で電話回線が切断されたとのことで午前11時から

          夜9時まで電話が不通だった。インターネット用光回線と電話3回線が全部通じなかった。

          幹線が壊れて約600回線が不通になったという。

          電話局への連絡に手間取った。近所も皆不通で隣へ借りに行くわけにも行かなかった。

          携帯電話では回線電話の113係りにはには通じなかった。(「日曜や休日は取り扱いできない」

          とのテープ録音の声)(回線電話の113は休日でも話が出来る)

          携帯からインターネット回線の故障係り(113番ではない地域による個別番号)に通ずる

          ことがわかり普通電話の分も合わせて連絡した。

          現代社会ではこれらのものが故障しないと言うことが前提で回転進行しているが、

          平常進行している時は便利なものだが、ちょっと故障があると人間社会全体が一時停止

          するほど ひ弱な前提の中になりたっていることを強く認識した。

          ※電話局の客扱いは親切で、故障原因について私の携帯へ電話があり、その後の状況、

          修復見込み時刻についての連絡、お詫び、「修復しました」など都合4回連絡があった。

          広報宣伝車が2回「不通になっています」と言ってまわってきた。

      −−◎事実とは少しだけちがう表現

           ご飯を食べていて 箸にとったご飯が食卓にこぼれた。

           「とんでいってまった。」「とんでいってまった。」と言った。

           「どっかへ行ってまった」「どっかへ行ってまった」と言い机に落ちたご飯を箸で

           拾って食べていた。

           私は「うん いいよいいよ」と言い、捨てて机を拭いてあげようとおもったが

           一所懸命箸でつまんで食べていたのでやめた。(生活行動を阻害してはいけないと思い)

           ちがいは「こぼれた」かまたは「落ちた」であるが「とんでいってまった。」と言った。

                 現に目の前にあるのに「どっかへ行ってまった」と言った。

           

2005.2.28(月) 晴れ

      −−◎8時起き。トイレに行ったが「大」はせず。

      −−◎8時30分朝の散歩。

      −−◎簡単に朝食。魚ソーセージ、笹かま、トマト、キウイ、パンなど少しずつ。コーヒー牛乳。

          (牛乳屋さんのもので生牛乳にコーヒー液を加えたと書いてある)

      −−◎9時30分デイサービスに連れて行った。なかなか車から降りなかったが、出迎えに

          来てもらってニコニコして降りてきた。

          いつものようにホール(居室内)を行ったり来たり。休憩用(お年寄りには“昼寝用”)の

          和室をのぞき込んだり、事務用区画(個人台帳を書いたり、湯茶セットや小道具が

          置いてあったりする区画)へスタッフのかたのようすを見に行ったり、色々なものに

          関心を向けていた。

          迎えに行った時「こっちへ来やー」と私を自分の座っている脇に座らせ、

          いろいろおしゃべりし “すくに帰る”というような様子は無く、慣れてきたようすだった。

          「入浴もずいぶん慣れられたご様子でありがたいです」と言っておられた。

          施設での「大」の失禁は2月中は無かった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          来られるのを待ち受けていたようにして“散歩”に出た。戻ると部屋の中をちょっと

          見回してからまたすぐに出て行った。「ひなまつり」の歌と「子守唄」の混じった歌を

          ズーッと歌っていた。

          停車中の車の中で「かたたたきごっこ」をしていたら5分ほど居眠りをしていた。

          少し寒かったが元気に動き回っていた。

      −−◎夕方苧ヶ瀬の池へ散歩。浅瀬に大きい青鷺が2羽いた。「でかい でかい(=大きい)」

          と言っていた。

      −−◎夕食に袋物のミニオムライス(卓球のボールを半割りにした程度の大きさのもの)も

          出した。6個あったものを1個食べて残りを1・2・3と数えていた。

          「5個ある 5個ある」と言っていた。私「うん そうや5個あるよ」

          10以下の数は数えられるようだ。

      −−◎

2005.3.1(火) 晴れ

      −−◎7時30分起き。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          晴れてはいたが風は少し冷たく、歩いた後手が冷たかった。

          短いコース、中間のコースと散歩に何度も繰り返し出た。

          よその家の敷地内へはいり、玄関まで行き戻ってくることが多かった。

          (このあたりの家は門はあるが扉は無い家が多い。石畳の両脇には貸家や家庭菜園

           自分の車庫などがある)

      −−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ散歩。

          散歩していていつも中ほどまで来ると、心を話し始める。

          今日は「お母さんはどこ行った?」と聞いた。

          ときには「どこかへ行ってしまった」と言う時もある。

          私「お母さんは本巣にいるよ、もとすのばっちゃが○○○○子さんであんたのお母さんやよ」

          母さん「うふふふっ、わからへんも」

          わからないことを言われた時とりあえず返事の代わりに「うふふっ」と笑う。

          このごろたびたび出てくる“お母さん”はばっちゃのことではなくて、子どもの時代に

          いた若いお母さんのことらしい。

      −−◎台所にみかんがざるにのせて置いてあった。駄菓子もダンボールの小箱に何種か

          置いてある。おやつは私がだいたい時間を見て取ってあげているが 自分で持ってきて

          食べている時もある。

          夕食後、テレビを見ていて、母さんがみかんを3個持ってきた。3個持ってきたことに娘が

          驚き喜んでいた。程度の高い頭脳の働きが無ければ3個持ってくるという行動が

          出来ないからだ。その働きが残存していたことを喜んだのだ。

          (私がみかんを食べる。他の人も食べるだろう。3人だからその個数は3個である。)

      −−◎娘が「ねこのぬいぐるみ」を作っていた。頭と胴体のほとんどが出来た時

          母さんがそれを見て、「無いない 目が無い」と言っていた。(その時は目と鼻は

           まだ付けていなかった。)


2005.3.2(水) 晴れ のち 曇り

      −−◎7時10分起き。7時40分朝の散歩、駅方面へ。

      −−◎母さんが県立病院診察日。35分間待ったが珍しく一度も席を立たず待っていた。

          まわりに関心を持ち、あちこち見回し、私に教えてくれたが....。

          @20までの数が数えられること。A知っている人は名前は言えないが識別できること。

          Bだいたいは多くの時間朗らかな気分でいること。などを私が伝えた。

      −−◎以前は県立病院が済むと喫茶店へ連れて行っていたが、喫茶店でも席を立つことが多く

          娘がいないとき私が一人だけで連れて行くと混線が起こるといけないのでやめた。

      −−◎昼頃、岩戸公園へ行き散歩してきた。


2005.3.3(木) 晴れ

      −−◎7時30分起き。駅方面へ散歩。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、

          3月3日いつも口ずさんでいる「ひなまつり」の日、春めいた暖かい日だった。

          終始“散歩”にお出かけ。

          ラーメン屋さんの看板に「福」の字を逆さにして書いてある。自治会の掲示板の表示板が

          こちらは垂れ下がって逆さになっていた。 母さんが「逆立ちしとる 逆立ちしとる」と

          ヘルパーさんに言って顔を見合わせながら笑って通りすぎた。梅の花や地べたのさくら草

          楽しみながら、散歩した。

          −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          午後からは2人のヘルパーさんが来訪。暖かい日だったが午後から風が出てきて

          外を歩いて母さんの手は冷たかった。ほとんど椅子に座ることなく 短いコースを

          何回も散歩でた。梅や桃の花の赤い方が好きなのか(白よりも)赤い花の前を通ると

          「きれいやねー」とヘルパーさんに言っていた。

          紙パンツの交換をしてもらった。

          総じて笑顔で元気だった。

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎ひなまつり

          ここ2月7日ころから「ひなまつり」の歌をメロディーのみで歌っている。

          「お雛様」のひな壇がない訳ではないが、飾りつけと あとかたづけが大変なので

          出さなかった。その代わり紙に描いて切り抜き鏡の前へ飾ってあげた。

          脇には いくつかのぬいぐるみをお置き、ひし餅とあられをおいた。

          澄まし汁にお餅をいれた“ひな雑煮”と言うべきようのものを食べた。

          白玉のおしるこ、も作った。

        ----------------------------------------------------------------
      −−◎@外務省首脳が食品安全委員会に「アメリカ牛輸入再開についての対応が遅すぎる」と

          批判した。

          Aアメリカはカナダ牛のアメリカへの輸入についてBSE対策が不十分だとして

          輸入を禁止していた。7日から輸入再開の予定になっていたが アメリカの裁判所は

          輸入再開の差し止め命ずる仮処分をした。(輸入はまだダメだということ)

          B島村農相は牛の全頭検査について「世界の常識ではなく、非常識な部類」と発言した。

          ※私の意見

          @は外務省首脳が食品安全委員会に“早期結論”を迫るのは筋違い。

          Aはアメリカ国内のことだが アメリカが自国の食品の安全の確保のためカナダ産牛

           の輸入に慎重を期すのは当然のことだ。

           しかし日本に輸出することに関しては、不安が解消されていないのに“全頭検査”を

           しないまま日本が輸入再開を早期にせよと迫っている。

          B過去の時代には発見されていなかったBSE問題の発生などがあり、農相は

           “世界の”“非常識”などと言っていないで全頭検査を世界中で実施すべく

           世界に先駆的に働きかけ全頭検査を“世界の常識”とするよう勤めるべきである。


2005.3.4(金) 曇り のち 晴れ

      −−◎朝の散歩。

      −−◎デイサービスに行った。

          到着するとやはりすぐには車から降りなかった。出迎えに出てもらってスタッフのかたの

          顔をみたら降りてきた。

          家でも降りないことがある。わかったことは「降りる」という意思形成をするまでに

          時間を要するようになったと言うことのようだ。到着直後は「降りない」という意思が

          あるわけでもないのだが「降りる」という意思もない状態のようだ。適宜促しながら

          待っていると降りてくるようだ。

          落ち着いておだやかにすごした。室内を歩いてもいたが椅子に座っていることも多かった。

          他のお客さんの方をポンとたたいて笑っていることもあった。

          尿、便の失禁があった。(失禁があると いつもスボンとズボン下を洗濯してくれているので

          たいへんありがたいです。手当てありがとうございました。)

      −−◎夕方苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎“がんどうち”

          私の子どものころ(50年位前) いなかでお節句に“がんどうち”という行事があった。

          午前中に男の子女の子の区別なく数人がどこかの家へ行き「がんどうち」と呼びかけ

          家人から「よう来た よう来た(=よく来てくれた)」と言われ中にはいり、雛雑煮やら

          おやつなどをいただいた。

          ※覚えている光景は上記のごとくであるがその後の付け足し記憶は以下。

          “がんどうち”ということばの意味はいま私にはわからない。

          1947年(S22年)から1953年(S28年)ころのことで戦争中の疲弊と戦後の混乱

          時代だった。行事の本来あったパターンはどういうものだったかは今わからない。

          “がんどうち”に何軒もまわったという話も聞いたことはあるが、私が仲間と

          行ったのは一軒だけだった。

          日付は4月3日(旧暦の3月3日ともちがう)でこの日のみ1日の行事だった。学校は

          たぶん毎年4月5日以後に新学期が始まっていたようだ。お節句の日に学校に

          行った記憶がない。

          雛雑煮の中にはあさつき(浅葱)野生のねぎがはいっていた。

         

2005.3.5(土) 晴れ−−3月3日分からの追加記事あり↓

      −−◎田圃方面へ朝の散歩。

      −−◎生協配送日。

      −−◎夕方、本巣のばっちゃの家へ行った。

      −−◎紙パンツ交換時の状況

          その時々により一定ではないが、おおむね次のようである。

          紙パンツは1日に2回または3回換える。昼間自宅ではトイレに行くこともある。

          行きそびれて濡れてくることもある。濡れてくると椅子に座らないのでわかる。

          「換えようか」と言っても自分から換えることはないが、その意思(病気のなせること

          とはいえその状況での意思表示である)を尊重していると人間の生活の立場から

          みると良くない状態に変化するので私の価値判断で一方の民主的運営の価値基準

          を棚上げにし 緊急に必要な衛生、皮膚病防止などの価値基準を浮上させ“実力行使”

          で行なうことになる。

          男女平等、対等、互いの意思を尊重し、意見のちがうところは、意見を出し合って、

          時間に迫られて“決定”しなければならないことはどちらかが妥協して(私が妥協する時も

          妻が妥協する時もあった。)生活は受け持ち分について責任を持ち妻が「男が全責任を

          もたなければならない」とは言っていなかったし、もちろん私が「女が責任を持つ」などとは

          言っていない。きわめて民主的な家庭がこのような形で壊されて男性本位の形に引き戻される

          とは予想しなかったことである。しかし逆に私がこのような病になって妻が健康だった

          ならば 思い悩んで妻が女性本位の立場を取るだろう。

          −−で本題に戻して−−

          パンツ交換時は私が妻の両手をつかんで、手を他へ出さないようにして、

          別の人(娘とかヘルパーさん)が下体部分を全部脱がせて、捨てるものと洗濯するものに

          分けて処理してもらう。私が新しい紙パンツを出してやると現状では10回に5回は自分で

          はいている。はき始めないときは、右足を手で持って片方を通してやるともう片方は

          自分ではいている。ズボン下とズボンはとってあげるとやはり自分からはくときと

          はかないときが半々である。折りたたんで脇に置いたりする(パンツを脇に置くことは

          ほとんどない)。これまた片方だけ足を通してやったり両方足を通してやったりする。

          脱がせる時とちがって、動作がそこに至らないだけで穿くことに抵抗している様子はない。

          1回目に脇に置いた時、1分後にもう一度とってやると両足自分で穿きはじめることもある。

          ズボン下ズボンを自分で穿いたような時は、気分は普通でいる。

          ズボン下ズボンを穿かせてあげた時(取り掛かりからの流れの中で自分で穿かない状況に

          なっていたのだが)は、2・3分長くても5分経過すると普通の気分に戻る。

          この部分は消毒等も加味して別の洗濯機でせんたくしている。

          ※このようなことを書くについての2・3の問題。

          地球史数十億年、人類史数百万年、アルツハイマー病についての詳細な現場の記録は

          あまり多くはない。症状の現れは基本パターンに沿いつつも個性的である。

          その現場に立ち会った私が私の関係するケースはどうであったかについて書く必要がある。

          仮に数百万人の、老人認知症、十数万の若年認知症の何千人もの人が書いておられる

          ならあえて私は書かないだろう。

          “個人情報”のことや、不測の攻撃や不利益などに対応するための価値基準を脇に置き、

          病気の予防や治療、その前進の結果である病気人口の減少、介護業務の前進、

          のための価値基準を浮上させた訳である。

          

2005.3.6(日) 晴れ

      −−◎7時30分起き。駅方面へ散歩。

      −−◎母さんの衣服、等補充のため買い物に行った。衣服に対する関心なし。

      −−◎昼から風が出てきて時折強く吹くことがあり、散歩は中止。

      −−◎夕方6時半過ぎに(この時間になると残品を残さぬよう3割引とか4割引になる

          生鮮品などがあるから)食料品の買い物。以前は毎日少しずつ買いに行っていたが

          母さんの買い物行動が出来なくなってから週に一回か二回まとめて買いに行く

          ようになった。しかし食料品については衣服とちがって少しは関心があり、

          自分の好みのものを発見してかごに入れたり、「あるある」と何かの品物を指して

          私に伝えることがある。“これが買いたいのだな”と思ってかごにとってやる。

      −−◎今日も「ひなまつり」の歌を歌っていた。夕食後、ボール投げあそびを12分ほど

          やった。


2005.3.7(月) 晴れ

      −−◎7時10分起き。続きに自分でトイレに行き「大」も済ませた。(今日はもう大丈夫か?)

      −−◎8時20分駅方面へ散歩。

      −−◎9時30分、デイサービスに連れて行った。

          わりかしスムースに車を降り中へはいって行った。

          少しはなれたところから「それなら、昼ご飯後に迎えに来るからね」と言ったら

          笑顔で「うん」と言い首を縦に振った。私は外へ出たが付いて来る気配はなかった。

          朝一番に入浴させてもらった。

          「脱がれる時はちょっと抵抗があるけれど、着るときは今日は取ってあげると自分で

          両足を通して穿いてみえました。」とのことだった。

          その後フロア内を“楽しく”行き来していた。体操にも参加した。

          「大」は無かったが「小」の失禁があった。

          迎えに行った時 私を引っ張って中に入れ自分の脇の椅子に「ここにすわりゃー」

          とか言ってニコニコしていた。

      −−◎昼に岩戸公園へ散歩に行った。梅の花がよく咲いていた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          とても暖かく、何回も散歩に行った。

          一時間ほど経ったあと、銀行へ一緒に行ってもらい、銀行では車の中で待っていて

          もらいようを済ませてきた。

          家に帰ると母さんはそのまま停まっている車の中に居たのでそのまま車のなかで見ていて

          もらった。歌を歌ったり、おしゃべりしたり、手遊びをしたりしていたが5分くらい うとうとと

          居眠りをしたようだった。


2005.3.8(火) 晴れ

      −−◎朝の散歩。

      −−◎岩戸公園へ散歩。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          気温も上がり暖かい日で散歩には気持ちのよい日。

          来客があって、散歩に出て戻るとまたすぐに出て行った。小走りになったり

          よその家の玄関まで行ったりしていた。

          花や猫などを見て「こっちへおいで こっちへおいで」と声をかけていた。

          元気で笑顔だった。

      −−◎時々「もうおわりやよ」と言う。何を指して言っているのかわからないが時々言うので

          記しておく。

          「お母さんはどこへ行った?」と時々言うのは前にも書いた。

          「お父ちゃんは?」とか「お父さんはどこ行った?」とも言う。

          私のことを指して言っているのではない。幼いころ亡くなった父親のことを指して

          いるのでもない。幼いころ父親が亡くなり苦労したとの愚痴めいた訴えを病気後も

          何回も言っていた。本巣の家で欄に飾ってある父親の写真を見て「病気で死んでまったの」

          と最近も言っていた。

          どんなイメージで「お父ちゃん」と言っているのかわからないが言っていたこと

          として記しておく。

      −−◎買い物から帰った後 10個入りパックの玉子を母さんが数えていた。玉子の

          前に“ねこのぬいぐるみ”を1としてかぞえ2・3・4・.....と数えていったので

          11個になり「11ある、11ある」と言っていた。私「そうだった。11個あったの?」

          といっておいた。少しあいだを置いてまた数えていた。

          その時は玉子だけを数えていた。「10や 10や」と言っていた。

          私「10個あったの。うんあってるよ10個で」と言った。

          

2005.3.9(水) 晴れ

      −−◎7時30分起き。田圃方面へ朝の散歩。

      −−◎午前中、3人で喫茶「チボリ」へ行った。母さんは途中一度席を立とうとしたがしゃべって

          いるうちに座りなおしそのままいた。池の鯉を見て「でかいなー」(=大きい)と言った。

          娘としゃべったりしながらモーニングなど全部食べた。

          3分の1の大きさのバナナがのっていたが、皮ごと食べることがあるので皮をとってあげた。

          茹で玉子ははじめから「おっちやん うっ」と差し出す。あげると言う意味ではなく

          動作で「皮をむいてくれ」と言っている。

          ※「モーニング」とは午前に喫茶店へはいると 飲み物の他に無料サービスで提供される

          副食品のこと。時間が過ぎると同じ料金で飲み物のみ出されるのでサービス品のようだ。

          @ゆでたまご、店により卵焼きであったり、茶碗蒸し手あったりする。Aトーストパン。

          Bサラダ。Cフルーツ。バナナとか みかん りんご メロン スイカなど季節の一点を極少量。

      −−◎夕方苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎このごろ時として言うことばで意味のわからないことは「だんだん小さくなっていく」とか

          「小さくなってしまった」といっていること。


2005.3.10(木) 晴れ

      −−◎7時30分起き。駅方面へ朝の散歩。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(D)、10:00から11:59まで、

          室内では20℃を越す暖かい(ストーブを付けていないのに)春の日だった。

          最初に私に配達の用があって、母さんを連れて一緒に来てもらった。

          車の中では童謡のメロディーをヘルパーさんとふたりで歌っていた。

          帰りは往きと別のコースを取り帰ってきた。

          私が冗談に「同じ道ばかり通るとあの道か磨り減ってしまうからこちらの道を行こう」

          と言うと、母さん「うふふふっ おいおい(何をバカなこと言っておるの)」と言い笑っていた。

          意味はわかったっか わからないか わからないが 冗談を言っているようだとの雰囲気は

          伝わったようだ。

          40分ほどで帰宅した後はいつものように散歩に連れ行ってもらった。満開の梅の花

          に関心を示していた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          暖かくなり散歩中に猫を見かけることが多くなり、猫に「おいで おいで」と声をかけていた。

          歩道に手袋が落ちていて、それを見て通るたびに何回も「なんかある」と言っていた。

          後半は雨がポツポツ降ってきて、室内で15分くらい、ボール投げ遊びをして