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日記Ynas0403

2004年1月から3月の日記です。

2004.1.1(木) 元旦 晴れ

      −−◎読者の皆様 あけましておめでとうございます。

         良きお年をお迎えのこととお喜び申し上げます。

      −−◎8時起き、お雑煮を作り、お箱の「おせち」を並べて、新春のお祝い。

         娘には田舎で昔あった旧家の伝統は 口だけで伝えた。

         「お正月にはこう言うことをした」「ああ言うことがあった」と。口承伝統か?

         母さんには「昨日は大晦日で、今日は元旦。お正月だよ」と言うと

         にこにこ笑っていた。意味がわかっているか、わかっていないかわからないが

      −−◎お正月とはいえ散歩は休めない。食後田圃方面へ散歩に行った。

         日が射し、風が無く おだやかな田圃道であった。

      −−◎テレビの新春番組など見ていると、年賀状が配達されてきた。

         母さん宛にもたくさん来ていた。去年は「誰々さんから来ている」「この人出したかなー」

         などと言っていたが、今日来たのを見ても、一枚一枚を見ないでまとめて机の上に

         のせてテレビの方を見ていた。

      −−◎午後から3人で井奈波神社へ初もうでに行った。駐車場からの距離2.2Kmを

         歩いて往復した。大勢の人出で、母さんもせっせとあるいていた。

         緊張もしていたが気分は良かった。何人も通り過ぎる 可愛いよその子(=幼児)

         に注目していた。

         散歩の時はいつも私が母さんの手を取って歩いている。お正月のお宮さんのような

         人混みの場所では なおのこと手放しでいたらどこかへ紛れ込んでしまう。

         でも母さんは別のことを考えている。娘に「あにゃまん ここにおいで」と言い、

         娘を私と母さんの間に入れて手をつなごうとした。娘が幼児のころは、こうして

         ブランコをしながら歩いたものだった。娘は微笑んで「うんうん」とは言っていたが

         そのままあるいた。健康な母親でも心に空想するかも知れない事を母さんは

         言葉に出してそのまま実行に移そうとする。ほほえましき ボケ である。

         お参りを済ませた後、立ち並ぶ出店で、イカ焼きやとうもろこし、ポンハゼ、綿菓子

         などを買い、途中まで帰りかけた時、母さん突然不安げな顔になって

         「チビさんがいない」 と言って私の手を引いて戻ろうとした。娘のことを幼児のころは

         チビさんとも言っていた。

         私「ここにいるよ」と言うと、

         母さん「これは○○やがね。チビさんが....」

         私「だいじようぶだよ」と返事にならぬ返事をして、引っ張って戻ってきた。

         母さんは車に乗り込み、風景の移り変わりが母さんの注意を引くようになるまで

         不安げな表情は消えなかった。ブランコ遊びの連想から娘が2人いることに

         なってしまったらしい

      −−◎お宮参りの後はばっちゃの家へ行き、遊んできた。母さん流し台の方へ

         行ったり来たりして、元気だった。

          

2004.1.2(金) 晴れ

      −−◎朝の散歩は田圃方面へ。

      −−◎午後岩戸公園散歩。

      −−◎娘は友人のとこへ遊びに行った。

      −−◎大過なく過ごす。

      −−◎風呂に入れた。今日は私一人で作業を進めた。

          脱衣時間は 威嚇と実力行使で短縮した。説得による方法では

          4時間かけても5時間かけても進まないだろう。(なんども体験済み)

          とは言ってもお風呂の効用や 教育用語としては私が最も嫌っている

          「だれでもお風呂には はいっている」とか言ったり、「いつも母さんのことを

           だいじ 大事にしている、おっちゃんが言っているんやから、服脱いで」とか

          言って脱衣に30分くらいかかった。

          脱衣して、浴室にはいったら いきなり湯舟に入ってしまった。湯温はいきなり

          はいっても熱くもぬるくもないように、保持されているが、洗ったり流したり

          しなけれはならないのに...。

          お風呂と、薬を飲まない時(週一回くらい)以外は怒ったことはない。

          湯舟につかりながら「恐い、恐い、恐かった。」と何回か言った。

          服を脱がせた“おっちゃん”といま背中を洗ってくれている“おっちゃん”とは

          別人らしい。わかっても わからなくても 事態をそのままに説明した。

          「もう こわくないよ。今もう こうやってお風呂にはいつているんやから。

          服を脱がせたのも、今ここにいるのもおなじ おっちゃんだよ」

          と言い続けて「お風呂にはいらないと、体がかゆくなったり、おできが

          出来たりするし、お風呂に入れば血行が良くなって、健康にもいいよ」

          きょとんとした顔をしていたが、同じ事を繰り返し言うと「うんうん」と言って

          いた。

          一通り洗い、外で待っていると、結構湯舟につかっていて出てきた。

          衣服を一枚づつとってやると順次はいたり、着たりした。すぐ着ないと

          風邪を引くと行けないので、「手を通して、次 こっちの手」と手伝って

          着せてあげた。半年前は自分で黙っていても着ていたが...。

          着衣の時は先ほどとはうって変わってしおらしく

          「おっちゃんありがとう。すみませんねー。」とか言い。私が指示することに

          「うんうん」と言い「わからへんも ごめんね」とか言っていた。

          30分くらい 娘に相手をさせておやつの時間をとっている時には

          何事かに笑ったりして機嫌良くなっていた。

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         ○○県のT・H 様 ↓お便りありがとうございました。(2004.1.1)
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         あけましておめでとう゛ざいます。

         穏やかに過ごされてるご様子なによりです。

         奥様まだまだお若いですね。

         60歳にもなっておられないなんて・・・

         でもあいかわらず大事にされていて、胸が熱くなります。

         お体お大事に、マイペースで穏やかにまた1年過ごせますように☆
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2004.1.3(土) 晴れ

      −−◎8時起床。

      −−◎薬を飲ませてから(今日はすんなり飲んだ)田圃方面へ散歩。

          JRの電車(=ほんとは気動車)が来たので、遠回りして3Kmくらい歩いた。

          庭先の手入れをしている婦人に声をかけられて、母さんニコニコしながらしゃべる。

          むつかしい話しは出ないから大丈夫。

      −−◎昨日は3人で としこさんの家へ行き、遊んできた。ついでにパソコンの調整を

          してあげた。

      −−◎午後から、また郡上方面へドライブに行った。

          母さんは、ご機嫌だった。しかし 行きは良いよい、帰りは恐いであった。

          往きは2時間で行ったが、帰りは帰省から戻る人、スキー帰りの人と重なって

          道路が渋滞し、4時間半かかった。

      −−◎母さんの気分は安定していた。

        

2004.1.4(日) 晴れ 風もなくおだやかな日

      −−◎8時起き。

      −−◎9時、薬を飲ませてから田圃方面へ散歩。150m程行ったところで、口に含んでいた

          オブラートでくるんだ薬を「ペッ」とはき出してしまった。すぐ戻り、もう一度薬を飲ませ

          10分間テレビなど見て、時々お湯を飲ませ、溶けて那加に胃の中にはいっていくのを

          待って9時20分再度、散歩に出発した。歩いている時はいつも快適気分のようだ。

      −−◎娘の大学の友達が午前中から、遊びに来て、ビデオを見たり時折外出したり

          なにやかやして一日過ごしていった。母さんは顔を合わすとニコニコしていた。

          娘の部屋に泊まっていくことになり、しゃべったり、ゲームをしたり、ビデオを見たりして

          マンガを読んだり、授業の“情報”を交換したりしていた。

          母さんたまにその部屋を覗いて、(中腰の窓がある)友達の頭を突っついたり、

          おやつのような物を「食べやー」と言って出していたりした。娘は友達に

          「気に入ったんだよ。歓迎のつもりでやっているんだから....」と言った。

          その子も目が合うと ニコッ として返すので母さんの忌避はなかった。

      −−◎午後、久しぶりに木曽川河川敷公園へ行った。風が無くおだやかな日で4.4Km

          たっぷり歩いた。母さんが「いっぱいいる」といつものように主語を言わない

          言葉を発した。指さす方を見ると鴨がいた。河原の石が点々と露出しているのかと

          気に留めていなかったが、浅瀬は川の中ほどにあり、公園沿いの南側は淵になっている。

          淵に石が浮いているはずはなかった。相当の長い範囲にわたって鴨が(かる鴨かも知れない)

          数百羽浮かんでいた。

          1時間10分休まず歩き通した。トイレなど行って「そろそろ帰ろうか」と聞くと

          まだ 子ども広場の方へ行きたそうなそぶりで元気だった。

          

2004.1.5(月) 晴れ

      −−◎8時起き。

      −−◎薬を飲ませ、田圃方面へ散歩。

      −−◎母さんはパンとサラダの朝食。娘たちは昨晩遅くまで起きていたらしく、30分ほど

          あとに目覚める。海苔、たま(卵焼き)、おしんこ、みそ汁の普通の「朝食」を

          用意。

      −−◎午前中は内用を済ませた後、母さんを連れて外用に出た。特に支障は無し。

      −−◎3時から苧ヶ瀬の池へ散歩。こども連れや 散歩中の犬を見て母さんさかんに

          喜んでいた。

      −−◎家へ帰ると、娘の友達は帰宅ししていた。3人で電器品スーパーとか携帯電話屋

          を見物してきた。

      −−◎母さん、実際行動に関係のない会話は論理の飛躍があるが、実害があるわけでも

          ないので、そのまま聞いてやった。気分的には変調(高ぶりや、沈み込み)は無し。

      −−◎各家庭の室温。

          遊びに来ていた娘の友達が時折、「寒い、寒い」と言ったという。本人風邪気味の

          様子もない。普段いる部屋の室温は21℃に保たれており、すきま風もない。

          この温度で母さんが「寒い 寒い」と言っていないし私と娘も特に寒さを感じなかった。

          と言うことは、この子の家では、もう少し高めの室温で生活しているのかも知れない。

          別の家では、我が家よりも低い室温を日常生活温度としている家もあり、

          母さんが遠慮もなく「寒い寒い」を連発しストーブを付けさせてしまったこともある。

          「家庭の室温」と言うものがあるようだ。

          

2004.1.6(火) 晴れ

      −−◎8時起き、

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          来訪されたら、喜んで近づいていった。車の中(停車中)で写真を見ながらお話し。

          散歩に付いていってもらった。この前まで「ゆず」がなっていた木に、今日はなかった

          のをみて、「何もなくなってしまった」と言っていたとのこと。

          テレビを見ながら お話しをして、爪切りをしてもらった。

           −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          散歩に連れて行ってもらった。途中踏切の竿が下りて(列車が来た)道を変更したら

          ちょっと機嫌が悪かったとのこと。でも家に着く頃には、いつもの笑顔に戻っていた。

      −−◎母さんは元気。

      −−◎本日は忙しかったので追加記事は後日、この欄に記載。


2004.1.7(水) 晴れ

      −−◎6時30分起き。

      −−◎7時25分から、田圃方面へ散歩。田の中に霜が降りていた。農耕機の車輪跡に

          水たまりがあり、薄氷が張っていた。

      −−◎今日は「七草がゆ」の日、経験上わかっていることは母さんも娘も おかゆを

          食べない。昨日食品スーパーで「七草がゆセット」と言うパック入りの野菜を手に

          入れてきて、お湯の中で 大根と蕪は(いずれも超小型)ちょっとだけ煮て、

          すばやくその他の野菜を入れ 「永谷園」の「お茶漬け」を入れ、抹茶を少々加えて

          ご飯にかけ、七草がゆならぬ、「七草茶漬け」を作った。

         「すずな すずしろ♪ ほとけのざ♪ はこべ ごぎょう♪ せり なずな♪」(7・5・7・5)

      −−◎病院の診察は注射をしてもらった。難なくやってもらった。

          終わったあと 喫茶チボリへ行った。母さんの知り合いの『ながやさん』は厨房の中に

          いて、母さんに会釈し合図を送ってくれた。

          ついでに岩戸公園へ散歩に行ってて来た。

      −−◎娘は今日から学校が始まった。本来は13日からなのだが、講師つごうによる休講を

          補充するため、みっちりあるのだそうだ。ぶつぶつ不平を言いながらも、友人たちに

          会えるのが楽しみなのか、元気に出ていった。

      −−◎午後からは倉庫の整理をした。母さんは二階へ行ったり、店(=今は母さんの居室)

          へ行ったり、台所にいたり、外に行けない分縦横無尽に動き回っていたが、時々

          しゃべりかけたり、歌など歌って機嫌は良かった。


2004.1.8(木) 晴れ

      −−◎7時30分起き。

      −−◎ゴミ出し日、

      −−◎8時30分より、田圃方面へ散歩

      −−◎外用に出たついでに、長良公園へ行き、散歩してきた。岩戸公園よりは広く

          一周すると推測約1.2Kmか。ちょっと風が出ていて寒かった。

          久しぶりに来たので、母さんが“発見”する物が多かった。

          50歳代に若年性アルツハイマー病を発病した、母さんにとって、お年寄り(65歳以上

          116歳)と違って体力はあり、じっとしてはいない。健康状態のお年寄りの人でも

          年と共に(100歳に向かって進むに従って)、じっとしていることが多くなる。

          母さんにとって、迷子と交通事故に気を付ければ、散歩も 本人にとって何も害はなく、

          歩き外を見ることは生命の起源である。私はこれを別名“歩行療法”と言う。

          介護保険でも、マイナス補填ではなく、積極的に支援する項目を設定して

          いだたきたい。動き回る状況ならば、1病人に対して2介護者を(交代も含めて)

            設定できる程度に予算設定をすること求める。

          80歳代の病人と50歳代の病人では自ずから生き方が

          違っている。(と、これは個別の人に言っているのではなく、政府の関係機関に

          言っているのであるが)

      −−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ散歩、今日は、池周辺も 長良公園よりも風が強かった。

          「寒い 寒い」と言うので、100m程行ったところで「寒いから戻ろうか」と言うと

          「うん戻ろう」と言う。でを組んで戻ろうとすると、「そっちは違うって」と先へ進もうとする

          私「ふーん」。母さん「あっちへ行かなあかんって」と池の対岸の方を指さす。

          しゃべっていることと、運動の動きとは別事のようだ。

          寒い とか 顔が冷たい とか言いながら歩き通して車に戻り、帰宅した。

      −−◎「あにゃまん、おいでよ」の件

          母さんが 機嫌が良かった時、「あにゃまん、こっちへおいでよ」と言い娘を食卓に

          座らせた。それから二言三言しゃべったが言葉が続かなかった。

          これは 通常の行動からいけば、”娘におやつでもあげよう”とする動きだったのだが

          何をするか忘れてしまって あるいはその行動を組み立てられなくて中断した模様であった。

      −−◎くしゃみの件

          目に見えないことの“未来予測”は出来ないが目に見えることの近未来の予測は

          出来るようだ。娘がくしゃみをしそうな顔をしていると「あーっ、くしゃみをするぞ」といった。


2004.1.9(金) 晴れ

      −−◎自衛隊のイラク派兵に反対する。「病人に 手間 暇 経費はかけられぬ」の

          時代にさせぬために!。

      −−◎7時30分起き。いつもは就寝時刻が私より先なので 朝は母さんの方が早めに

          起き、うろうろしていることが多いが、今日は私が起きると同時に起きてきた。

          起きる前、「恐い 恐い」と言っていた。起きる前の「恐い 恐い」は12月頃から

          聞いていなかった。言っていなかったのかも知れないし、私が聞き逃していたの

          かも知れない。

          朝の「恐い恐い」を言う(言っているのを私が聞いた)頻度は、一年前と較べると

          少なくなっている。

          夕方の「恐い恐い」は今も続いている。毎日書いてはいないが続いている。

      −−◎朝の田圃方面へ散歩はコースを短縮して15分程度行ってきた。

      −−◎デイサービスは娘が学校が休みだったので付き添っていった。

          私は家にいて諸々整理。この3時間は全面委任が可能だったため、いつもと

          同じように雑用をしていたが、気分が楽だった。そろそろ母さんの

          “ひとり立ち通所”を実行に取り組む時か?

          母さんの気分転換には役立っているが、私の暇つくりは出来ていない。今のところは

          それで差し支えない。

          ぬり絵を3枚描き、桃太郎のジグソーパズル、外の景色を見ることなどをしていた

          とのこと。2時間経過のころちょっと、気分が沈んだが、窓の外をバスが通るのを

          見て気分が復活した。だいたいは通して落ち着いていた。

      −−◎美容院の仕事に、成人式の着付け と言うものがある。母さんが病気になる前は 

          成人の日には 朝5時ころから起きて何組かの着付けを仕上げていた。

          98年8月に症状を発見したが 99年と 2000年の成人式の着付けはやった。

          次の年の予約は秋から受け付けるが、やれるか やれないか見通しが

          明らかでなく その時になって「出来ない」では済まされないので、

          2001年分の予約はお断りしてやっていない。

          その後2001年12月には休業した。

          当然2002年の予約は受けていないはずだったが 前年10月に母さんが

          予約を受け付けていて(電話の会話は普通に出来ていた)メモもなく私に言っておく

          こともなかった。お客さんから、前々日に確認をされて私があわてふためいたことが

          あった。前々日だったので手当をし事なきを得たが....。

             

2004.1.10(土) 晴れ

      −−◎7時30分起き。

      −−◎薬を飲ませて、朝の散歩に田圃方面へ。

      −−◎生協の配送日。としこさんがきて、シャンプーとカットをしてもらった。

      −−◎娘は高校の学年同窓会に行く

      −−◎郵便局へ行ったり、雑貨品、食品、なども買い物などにいっしょに行った。

      −−◎今日の会話。

          ☆1,昼食の用意をしている時。私は鍋に注目し沸騰待ち、静かな時があった。

          母さん「おっちゃん もうおわりやよ」

            私「おわりなの?」

          母さん「わからへん。なにもわからへん」

          ☆2、車に乗っている時。

          母さん「さっき、恐かった。泣いてばかりいてはいかんで、泣かなんだけど」

          ※”泣いてばかり”と言っていたがこのごろ泣いたことはない。

          ☆3、眠りにかかったが 早めに床についたためなかなか眠らずしゃべったこと。

           母さん「恐かった恐かった。」

               「ごめんね、すみません、ありがとう、ありがとう」の繰り返し。

               「ここにきたやろ」

               「こうやってこうするといいと 言ってくれてねー、あっそうかと思った。」

               「こんなことになっとるやろ」

               「まあるい物がくるくるっと廻って....」

               「頑張ってやったんやねー」

               「みとおばあちゃんが言っていてねー」

          ☆☆☆30分くらいしゃべっていたが 母さんの言葉に筋がないし、同じ言葉の

              繰り返しも多いので 私の記憶で再現することはむつかしい。

              しかし 今日の話しは母さんがただ声を発する ために、

              しゃべっているのではないようだった。

              単語のいくつかを 積み重ねていくと どうも 仕事に付いたいきさつと

              その後の経過、いま病気で いろいろわからなくなってきていること、

              食事の準備とかやらなければならないのに、お父さんにやってやれない。

              そればかりか 母さんがいろいろやってもらっていることについて話していた

              ようだ。

              それで 私が「大丈夫だよ、おっちゃんがいるから、こわくないよ。あにやまん

              もいるし3人仲良くね。出来ないことがある時は どちらかが代わりにやって

              あげるのは 普通のことだよ。

              そのために おっちゃんがいるのやから、なにも心配することはないよ」

              と言った。あらまし以上のようなことを言ったわけだが 私も母さんの

              しゃべっていることに即して 同じ事を 前半部 後半部 全部 と何回も

              繰り返ししゃべった。

              そのうちに「ありがとう ありがとう」と言い出して 数十回言っていて静かに

              なった。眠ってしまったらしい。☆☆☆

                          

2004.1.11(日) 晴れ

      −−◎8時起床。

      −−◎左義長に行き、散歩の代わり。

           我が家から500mのところにあり、歩くにはちょうど良い距離。

           風が強かったのですぐ戻ってきた。

          ●「左義長」とは、当地方では、お正月の飾り、お札(ふだ)などを 

           畑の片隅などに場所を設定し 燃やす町内行事のこと。

           お飾り餅 などを焼いて食べる。交流が計られるのだろう。

      −−◎午前中、暖かい室内から窓の外を見ると、陽射しも暖かそうに見えて、

           母さんは外に出たそうであったので いっしょに外へ出てみたが 

           風が強く、すぐ中に戻った。 

      −−◎3時、苧ヶ瀬の池へ散歩。強い風は収まっていたため一周できたが、

          歩きながら「寒い寒い」と言っていた。

      −−◎先日 としこさんの家に行った時、

          としこさんは 台所で炊事をしていた。こちらは居間にいた。

          母さんがとしこさんに言った。「そっちに一人でいると さみしいに こちらにおいでよ」

          

2004.1.12(月) 晴れ

      −−◎私、4時40分起き。成人式に行く娘を起こし、私は再度就寝。

          母さんも私も6時に起き、としこさんに着付けをやってもらった。

          髪のセットアップ、着付けで8時10分完了。

          写真屋の予約は8時10分だったが、写真屋への到着は8時19分。すぐ開始し

          8時30分に撮り終わり、「カメラをお持ちなら、撮ってもらっていいですよ」

          とのことだったので、数枚撮す。我が家へ戻ってちょっと手直し。

          友達といっしょに会場へへ行くと言うので、待っていて、その友達の母親の車に

          乗せていってもらって会場へ行った。

          母さんは病気になる前「あにゃまん、成人式の時はお母さんが着物を着せてあげるでね」

          と言っていた。娘は最近では「別にスーツでも良い。母さんに少しでも、今でも、心の働き

          があるなら、着物を着てあげても良いけど」と言ったいた。母さんは着付けの時もそばで

          見ていて、仕上がってからも終始ニコニコしていたので喜んでいたのだと思う。

      −−◎娘をおくりだした後、田圃方面へ散歩に行った。陽射しは良く、風もほとんど無く

          あたたかい感じだった。昨日の左義長とは打って変わっておだやかな日だった。

      −−◎娘の「報告」によると成人式は、中学の「官製学年同窓会」の様なもので約150名

          のうち8割ほど出席したとのこと。中学在籍時の3年生担任の先生が来ておられ

          合間合間に先生や旧友たちと話しをしたとのこと。新規在住者の人もいた。

          落ち着いた地域で各地で見られた「混乱」無かった。都市の中にありながら、

          人口増加が緩やかで、中山道の「開放的共同体」(様々なよそものも容認する)

          の様相を流れ持っている地域である。

          女性はスーツ姿もあった。和服の割合が多かった。2人の子連れの友人もいた。

      −−◎会合は午後1時ころ終わり、娘は和服姿を本巣の ばっちゃのところへ見せ行き

          着替えをして5時から、中学時代の友達6人とボーリングやら、カラオケやら、と

          遊びに行き10時に帰宅した。

      −−◎娘が帰ってきて、軽く夜食を出した時のこと。

          母さんにも おままごとみたいに少量ずつ出してあげた。(夕食は食べているので...)

          少しして 見ると母さんのおかずの皿はあるのに「ご飯」の茶碗がない。

          たぶん一度食べているから、ご飯には食指が働かず除けたのだろう。

          私「あれ ご飯の茶碗がない。どこへやった?」と聞くと、母さん「ここにあるよ」と

          ストーブの上(火は消してある)を指さした。

          いままで、その直前まで手に持っていた例えば「ハサミをどうした」とか「ここにあった

          ボールペンどうした?」と聞いても「知らん」とか「わからへん」と答えていたのに、

          茶碗を除けてから5分以上経っているのに「ここにあるよ」とすぐ答えたことが

          私には驚きだった。

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        ○○の 藤崎 様 お便りありがとうございました。(2004.1.12)
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2004.1.13(火) 晴れ・風強し

      −−◎私8時20分ごろ起き

          娘は昨夜早く寝たので、珍しく6時頃起きた。「数学をやっていたら 母さんが降りてきた。」

          で娘が母さんに、テレビを付けてあげて、朝食を出してあげたという。

      −−◎母さんの時計が電池切れになっていたので交換してきた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          来訪時、笑顔で迎えた。風が強く寒かったので、母さん、外へ行こうとするが出られず、

          車の中で お話ししたり ぬいぐるみ遊びをしたり、「安田章子・由紀さおり」の

          カセットテープを聞いたりしていた。思いのままに動くので私の方へ呼びにくることも

          2・3回あった。 時々、笑ったりして、まあまあ元気だった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          来訪直後、母さん 車の窓まで笑顔で近づき、ヘルパーさんが手提げを置くのも

          もどかしく 引っ張って 近辺への散歩に出ていった。戻ってきては また出ていった。

          散歩中にどなたかが、停車した車から降りられた際、体について何かが落ちた。

          それを見ていた母さん「おじさん 手袋 落ちたよ」と教えてあげた。「あっ ありがとう」と

          拾われたと言うことだった。

          室内では 久しぶりに バトミントンとか ボール投げ テレビを見てお話ししたりした。

          時々私の方へ呼びに来たが、支障は無し、3時頃おなかが空いた様子だったので

          ヘルパーさんに「ちょっと待って」と言って、母さんにバームクーヘンと牛乳をあげた。

          気分は安定していた。

      −−◎2人とも久しぶりだったので 母さんは笑顔で来訪を歓迎している雰囲気だった。

      −−◎3時半、娘が帰ってきて雪舞う中を金華山へドライブに連れて行ってもらった。

      −−◎寒かったので公園への散歩は中止。

      −−◎昨年の今ごろ(1月ころ)母さんは 足がふらついてトイレで滑りそうなことがあった。

          朝4時とか、1時、2時に起き出して“活動”していることがあった。

          足がふらつくのは数日で治った。夜起きは2ヶ月続いたが3月下旬に治った。

          これは(1)相性の合う(ア、対象把握力、イ、今何をやるかの適正選択、ウ、感情掌握

          エ、対人間に対する洗練された動き)ヘルパーさんに適正に遊んで(リハビリ、

          洗髪その他の介助を含む)もらって、刺激と発散があったこと。

          (2)外出傾向を“徘徊”とは位置付けず歩行療法としヘルパーさんにも協力して

          もらい、私自身も公園の遊歩道へ連れて行くなどして“散歩”時間を格段に増やして

          昼間よく動くようにしたこと などの結果だろうと思う。

          今年はいまのところ“夜起き”の気配はない。

      −−◎上のことと関連して、80歳代の人と50歳代発病した人との“介護”の違いは

          病人の動きが違うので活発な動きに即した介護が必要であると言うことである。

          制度出来ないが、ボーリンクとかドライブにも連れて行ってもらいたいくらいだったが

          社会全体の中ではもっと困っている人もおられるのでそちらが優先される。


2004.1.14(水) 晴れ

      −−◎7時30分起き

      −−◎9時30分から、田圃方面へ散歩。風は弱かったが寒かった。

      −−◎近くの牛乳屋さんから「コーヒー牛乳」と「フルーツ牛乳」を配達してもらっている。

          2日分ずつ、2日に一回配達されるので、4本ある。新聞と共に取り入れて、

          すぐ冷蔵庫に入れようと思い、玄関の廊下に置きそのまま忘れていた。

          昼過ぎになって、気が付くと食卓に空ビンが3本と半分残っているビンが1本あった。

          「空ビンを出し忘れたのかなー」と思い 廊下へ見に行くと、牛乳がない。

          甘味があるので、順次母さんが飲んでしまったようだ。そのせいで夕方軟便だった。

          (このごろトイレの水を流さないのでよくわかる。私がおなかの健康状態を見るために

           見ている)

      −−◎夕方苧ヶ瀬の池へ行ったが、寒かったので散歩には出ず、車の中から10分くらい

          景色を見ていて帰ってきた。

      −−◎気分は安定していた。

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        ○○の 加藤 様 お便りありがとうございました。(2004.1.14)
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2004.1.15(木) 晴れ

      −−◎7時30分起床。

      −−◎9時9分から、田圃方面へ散歩。風なく天気おだやか。

      −−◎9時50分、母さん朝食。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

          朝食を食べていて車の音がして、母さんニコニコ出迎えた。朝食を見ていてもらった。

          話しのきっかけでヘルパーさんが「いちご゛おいしそうですね」と言われると

          「一つ食べやー」とヘルパーさんの口へいちごを入れ食べさせた。(まだ口は

          付けていなかったとはいえ、ごめんなさいね)

          私はその間に洗濯干し、タオルたたみ、をした。階下へ降りていくと朝食途中で

          “散歩”にでたようすだった。

          その時も事。外へ出て、母さん、娘のサンダルを履いていることに自分で気づき

          戻って黒い靴に履き替えて、再度出かけていった。

          戻ってからはボール投げ遊び、停車中の車の中でぬいぐるみ遊びしゃべり声と

          笑い声が絶えなかったとのこと。いつもと違う点は、私の事務所の方ものぞいたが

          私がいることを確認して ニコッと笑い戻っていった。

      −−◎午後からは、江南市赤童子にいる、いとこの家へ家族3人で 遊びに行った。

          いとこはすでに いないがその息子が私より年長で親しくしている。

          いとこの細君、息子から見れば母親が(こちらも10年以上前に亡くなられている)

          若年痴呆にかかっていた。 20年くらい前のこと、私も忙しく親戚づきあいも充分

          ではなく、何かの折りにちょっと聞いて 忘れてしまっていた。

          「よう来た よう来た」と歓迎してくれた。その時の苦労は昇華された年月が経ち

          おだやかな定年後、と言う雰囲気だった。その他の親戚情報やら、ほんの少し

          病気の話しもして辞した。

          母さんも「帰ろう」と言い出さずニコニコ笑顔で

          出されたお茶菓子は遠慮なく食べて、遠慮なく「寒い 寒い」と言ったりして、

          時々、話しに加わろうとしたり、時間まで過ごしていた。

          母さんには小声で 母さんの親戚の例を出し「○○さんとこみたいな家だよ」と

          3回説明した。「うんうん」と言っていたが わかったか わからないか わからない。

            遠慮ない動きは、親しさを持ったと言うことだろう。

      −−◎ことば

          (1)昨日テレビでタクシー強盗があったことを報じていた。その画面が次に変わった後で

          私に「タクシーの運転手が死んでしまった。」と教えてくれた。ニュースでは

          その言葉では言っていない。ニュースを集約して自分の言葉に直して知らせてくれた。

          と言うことだ。発生音のものまねではない。自分の言葉を使う機能が保持されているようだ。

          (2)「天空の城ラピュタ」というDVD(ビデオ)の英語版がある。それを見ていた時

          「....サンキュウ....」との会話が出てきて、

          母さん「サンキュウと言っておった。サンキュウ....。サンキュウ...。サンキュウ...。」

          と言っていた。


2004.1.16(金) 曇り

      −−◎7時起床。

      −−◎宝塚市へ3人で手塚治虫記念館を見に行った。

          娘が「見に行こう」と言うので前々からもくろんでいた。まんがを文化として確立した

          手塚氏のまんが創作活動は、質的にも量の上でも驚愕させられる。

          「ブラックジャックのDNA展」を見て、経歴その他の展示を見、まんがを読み

          2時間あまりいた。まんが好きの娘は熱心にあちこち見てまんがを読んでいた。

          母さんも「アトム」とか「ブラックジャック」とか言って見ていた。

          母さんが飽きが来て表情が硬くなってきたので、外に出た。

          朝8時30分に出て午後7時30分に帰宅した。

          土日以外の日だったため、会館も、自動車道も一般道も混んでいなかった。

          周辺駐車場はファミリーランドが閉鎖されたとのことで隙々だった。

          車の運転は私が3分の2行程、娘が3分の1行程運転した。娘の運転歴は1年半、

          娘の運転はだいぶん安定してきている。

      −−◎全く別のことだが 往きの車中での母さんのおしゃべり。

          「あれは 私のことを言っていたんだよ 私にはよくわかるもの」と言っていた。

          何時の事柄のことなのか、誰が言った事についてか、わからないが いずれかの時

          そのように感じたことがあったのだろう。

      −−◎娘の年は小学生?。

          (1)昨年秋バスの運転手さんに小学生と間違えられたことが2回あった。

           「こどもは○○円だよ」と

          (2)やはり昨年暮れ、ガソリンスタンドに行った時、娘は後部座席に乗っていた。

           50歳前後の係員が「営業用お世辞」で娘にも「お嬢さんお出かけですか」とか

           しゃべりかけていた。ガソリンがはいったので帰る時、手を細かく振って

           「バイバイ、バイバイ」とやった。姿が見えなくなってから娘が言う。

           「そりゃーバイバイってやらんことはないけど、あのそぶりは小学生向けだよ」と

          (3)昨日、親戚の家へ遊びに行った時、私より年長のいとこの長子は娘を初めて

           見るし、何も知らなかった。(次のことは私ははっきりとは聞いていなかったが)

           それで 「何年生になった。」と聞いた。

           娘は「大学1年生」と言うと 大学と言うところがはっきり聞こえていなかったらしく

           「そうか中学一年か」と言うので「大学一年」と訂正したそうだ。

           帰宅してから言うには「はじめ聞いたのは小学校何年生かと言う意味だよ。

           で ”1年”と言うところだけが聞こえて ”小学一年生のわけはないから中学1年”

           と言うことになったんだよ」

      −−◎夜寝る前に 母さんが店(=今は母さんの居室)の掃き掃除をしていた。

          娘が「放っておくと 永遠に掃き掃除を続けることになるので...」と思い

          ちり取りを持って行ったら、集めていたという。

                

2004.1.17(土) 雪、曇り

      −−◎7時30分起き。

          雪降りのため散歩は出ず。雪は地面で溶けて積もりはしなかった。

      −−◎思い付いて、本巣のばっちゃの家へ行った。そのあと根尾の桜の木を見てきた。

          雪折れを防ぐために補助柱が立ててあり、縄が張り巡らされていた。

          通路入り口付近の県道の拡幅と駐車場の建設工事が行われていた。

          美山 高富を経て長良方面から帰ってきた。

          母さんはロートーンではあったが、景色の移り変わりを楽しみ、時々笑い

          落ち着いた気分であった。


2004.1.18(日) 晴れ

      −−◎7時30分起床。暖房の入っていない部屋は冷え込み強し。暖まるまでに

          30分以上かかった。

      −−◎8時15分、田圃方面へ散歩。いつもの散歩コースの途中で、交通事故があり

          処理中だった。

          事前に回転灯が見えたので、散歩の進路を変えようとしたが、母さんが

          「なんかある」と言い、いつものコース通りに歩いて行った。

          一台は凸状の縁石を乗り越え歩道をふさぎ歩道と田地との境目にある頑丈な

          フェンスをグニャッと折り曲げていた。もう一台は前面がひどく

          縮んだようにつぶれていた。救急隊員が中の人に声をかけ救援中であった。

          周囲には窓ガラスの割れた破片が散乱していた。

          母さんは「恐い恐い」と言いつつも、立ち止まろうとしていたが、手を引いて立ち去った。

          この通りは、たびたび交通事故が起こる。

      −−◎久しぶりに 「ご飯」の朝食だったが普通に食べた。

      −−◎モーニング娘が出るコントのようなものを母さんがテレビで見ていて、役作りの

          顔立ち(例=頬紅の代わりに丸い赤い紙を頬に貼ったり。変な帽子をかむったり)が

          「おもしろい」と言い「アハハッ アハハッ」と笑ってみていた。

      −−◎夕方から、苧ヶ瀬の池へ。一周散歩。

          

2004.1.19(月) 雨 曇り 晴れ

      −−◎6時40分起床。朝の内雨のため散歩は中止。

      −−◎仕入れ先等、支払いの送金のため銀行へ。

      −−◎12時に岩戸公園へ散歩。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          私の方に行事等があり、「訪問」が休みで、今年になってはじめて(21日ぶりに)来訪の

          CNさん。母さん、感覚の記憶で覚えていたのか、笑顔で迎えた。写真を見てお話ししたり、

          散歩について行ってもらったり、停車中の車の中でお話ししたり、30分近くボール投げ遊び

          のお相手をしてもらったり、普通に過ごした。

      −−◎3時29分、田圃方面へ散歩、

      −−◎4時30分、買い物に行った。


2004.1.20(火) 曇り 

      −−◎7時30分起き。

      −−◎9時09分、田圃方面へ散歩。風がなくおだやか。それでも母さん前半は「寒い寒い」

          と言っていたが、後半は、言わなくなった。母さん川に白鷺が3羽いるのを見つけた。

      −−◎9時40分に戻り、私は家事、母さんテレビ見て過ごす。11時いっしょに朝食。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          日射しがなかったが 散歩に出て「おーっ寒む」と言いながら歩いてきた。

          散歩には2回出た。ボール投げ遊び、ぬいぐるみ遊びをしてもらった。

          笑顔があった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          ニコニコ顔で「いーっ」と言い出迎え。

          散歩には2・3回出たが「寒い」と言って、短いコースで戻る。アルバムを見ながら

          お話し、ボール遊びを少し、楽しく過ごした。

      −−◎ことば

          「なんにもわからへんようになって」

          「そのままほうっておいた」

          「じゃまかもしれんけど」

      −−◎4時から、苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎今日は歯磨きをした。2分くらい磨いていた。昨晩は「いやだ」と言ってやらなかった。

          12月はじめに、歯磨きを再開して以来、歯磨きをするようになった。

          1週に2回くらいは拒否する。

      −−◎NHKテレビで「若年痴呆」のことについて放送していた。勝田さんという男性(57歳)

          の人とその奥さんがが出ておられた。記憶を保持する「ラベルやカレンダー、メモ」

          などの「生活上の工夫」や「リハビリ」について放送していた。

          「言語記憶」と「感覚記憶」があるとも言っていた。

          そのほかに一般論としてキャスター、登場した医師が言っていたこと。

          「老人痴呆がそれなりに整っているのとくらべて、若年痴呆の場合はまだ整って

          いない(=制度的、方法論的、具体的なリハビリ)。世話をする立場ばかりでなく

          病気にかかった人(老人とくらべて先は長い)の生き方としてとらえていく事が大切」

          と言っていた。


2004.1.21(水) 曇り

      −−◎8時起き。

      −−◎9時25分にヘルパーさん(A)に来てもらって、私の病院診察のため同行する母さんを

          世話してもらった。病院では母さんは、診察待ちする人を見て「すごい行列や」と

          言ったり、歩いている人を見て「背が高い人や」と言っていたとのこと。

          母さんは いろいろお話ししたり、会計待ちのところにあるテレビのお料理番組をみて

          安定した気分で待っていてくれた。

          帰宅してからは、周辺を一周してきた。(ヘルパーさんは 9:30から11:29まで、)

          私の診察はコレステロール値が一年前280あったが、1ヶ月前12月の結果では206

          で基準値内になっている。とのことだった。そのほか気管支以外の臓器も血液検査の

          結果では基準値以内とのことだった。

      −−◎昼食後は薬局へ薬をもらいに行った。

      −−◎3時から苧ヶ瀬の池へ散歩。途中、仕事をしていた頃のことについて、昨日、今日、

          あった事柄のようにしゃべっていた。何度も聞いたことだが、

          客さんが どこかの美容院で髪をやってもらってきて、すぐ変な風になってしまったので

          直してあげたという話しだった。

          上品な話しではないが、言っていたことだから仕方ない。筋のある話しだったので記す。

      −−◎ねごと

          昨晩のこと、就寝して30分ほど経った時、寝言を言っていた。正確に言えば 

          寝言ではなく、「うー」と聞こえたのでみると、唇がしゃべる時のように動いて、

          笑顔で続けていた。1分ほどすると、普通の顔で寝ていた。昼間の ひょっとすると

          遠い過去の「おもしろかった」時の夢を見ていたのかも知れない。

               痴呆の人はどんな夢を見るのだろうか。

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        ○○の 島田 様 お便りありがとうございました。(2004.1.21)
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        東京の Y・A 様 お便りありがとうございました。(2004.1.21)
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2004.1.22(木) 晴れ と 曇りが交互に。寒い日だった。

      −−◎7時30分起き。ゴミとか洗濯とか処理。

          田圃方面へ散歩に出たが 寒かったため100mくらいで戻ってきた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

          母さん寒さにめげず「散歩」に出動。すぐ部屋に戻ることの繰り返し3回。

          そのうち一回は少し歩いてきた。風が当たって髪が乱れたら、顔を振り向いて

          「お化けみたいやろ」と言った。(鏡を見ているわけではないから、

          見えないものを想起する能力はまで存在しているようだ)。

          戻ってボール投げ遊び、テレビを見ながらお話しなど。みかん畑の映像が

          出てきた時「♪みかんの花が〜〜♪」と歌っていたとのこと。

          室内の掃除機をかけてもらった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          母さん 外へ出たいばかりだが 寒いのですぐ戻ってきた。そのうち一回は

          ちょっと遠回りのところまで行った。踏切で遮断機が降りて、ヘルパーさんに

          止められると「みんなやっていることだ」とくぐろうとしたが、ヘルパーさんが

          方向転換して「向こうへ行きましょう」と言われると、遮断機はくぐらず、

          別の方向へ行ったとのこと。

          終わりがけ、ヘルパーさんと3人で岩戸公園へ行き散歩してきた。

          なかなか なじまない場面も見られたが、昨年1月ころあったみたいに

          「もう 帰ってよ!」と言い出すこともなく、会話の受け答えをする場面もあったし

          指示に従う場面もあり気分の乱れも無かったので まあまあOKか、と言うところか。

      −−◎寒かったのでその他の散歩は行かなかった。

      −−◎夕食後本屋さんへ行った。

      −−◎テレビを見ていてタレントの「千秋」を覚えていた。

          寒かったので動きは少なかったが、落ちいて過ごした。

      −−◎夜 雪がちらつく。


2004.1.23(金) 晴れ 曇り

      −−◎6時30分起き。外は2cm程度の積雪。道行く車は のろのろ運転。

          日が射してくれば、すぐ溶ける見込み。

      −−◎雑件を処理して、9時30分からデイサービスに付き添っていった。いつもは

          歩いていくが、足元が悪いため、車で行った。15名程度おられるが今日は7名

          だった。雪のためかも知れない。

          ぬり絵をした。係の人と顔が合うとどの人にも終始笑顔で、楽しく過ごした。

          体操は、終わりの方の「足を上下に」のところだけやった。

          少し時間を経て、袋を忘れてきたことに気づいて取りに帰り、10分ほど

          空けたが「普通にしていた」とのことだった。

          昼食を食べてから、帰ってきた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          そのあと、同時に来てもらって、1時間ほど過ごした。

          寒かったけど、母さん元気に“散歩”に出た。日陰には雪か残っていて、

          母さんがヘルパーさんに「滑るとあかんできをつけやぁ」と気を遣っていたとのこと。

          その後は停めてある車の中で「お話し」したり、時々室内へ戻ってみて、また

          車の中へ行き、気分良く過ごした。

      −−◎岩戸公園へ散歩に行った。雪景色だった。

      −−◎戻ってから、母さんはテレビを見ていて、私は30分間時計をかけて昼寝。

          母さんはおとなしく待っていてくれた。

      −−◎夕刻は苧ヶ瀬の池へ散歩。遊歩道に雪が残っていた。

          母さんが道順について手で指さし「こっちこっち」と言い、

          「だんだん すこしづつわかるようになってきた」とも言った。

          このごろ時々この「だんだん すこしづつわかるようになってきた」を言う。

          なにが“だんだん すこしづつわかるようになってきた”と自覚しているのかわからないが...。


2004.1.24(土) 晴れ

      −−◎7時30分起き。

      −−◎8時45分、田圃方面へ散歩。寒かったので 私が短縮コースを廻ろうとしたら

          母さん「そんな方へ行っても、なんにもあらへんよ」といつもの標準コースの方へ

          行った。

      −−◎母さん朝食。今朝は パン 小田原プチかま 干しプルーン 茶花豆 カニかま

          熟し柿。30分くらいかかって食べた。

          生協の配送があって、一騒ぎした後、

          私「朝ご飯は食べたし、ちょっと休憩しておって..」 と言うと、

          母さん「また食べていない」。

          私「あっ、まだだった?」と言い、小田原プチかまを数個お皿に追加してあげた。

          母さん「あっこれ今食べた。これおいしいんやよ」と。

          覚えていたようだ。

          一度「知らん」と表現されると、完璧に記憶がなくなっていると思っていたが、

          実は わずかではあるが覚えていることがあって、それにぴったりしたきっかけがあると

          思い出すこともあるのだ。と言うことを見た。

          言葉に表現できない記憶を ここでは「感性的記憶」と称している。

          記憶機能の崩壊過程は結構長い年月をかけて、思い出したり、思い出さなかったり、

          することがあって、次第に思い出さないことが、多くなっていく。のだろう。

          これが発病後5年数ヶ月の記憶に関する現状の一側面である。

      −−◎お風呂に入れた。だいたい入れるパターンが決まってきた。

          10:00 時呼びかけ開始〜、(35分)

          10:35 理由を述べて説得〜(35分)

          11:10 声による威嚇と実力行使により脱衣〜(15分)

          11:25 浴室へ〜(20分)

          11:45 浴室を出て着衣(5分)

            最近は娘に手伝わせず、私一人で入れている。母さんが「寒い」と言って

            すぐ浴槽にはいり、外に出て洗わず、自分で洗っているので、洗いが

            不充分だがねそれでもはいらないよりはいいだろう。風呂は石鹸泡と垢で

            いっぱいになるが、一回一回 お湯を流し浴槽を洗っているから、差し支えはない。

            

2004.1.25(日) 晴れ

      −−◎寒かったので、朝の散歩は行かず。

      −−◎12時30分から、苧ヶ瀬の池へ散歩に行き、帰り際本屋により帰宅。

          林明子「こんとあき」(絵本)を買ってきた。

          一旦家に戻り、その後3軒本屋さんを ハシゴして廻って来た。

          気分は安定していた。

      −−◎23日(金)に、母さんがヘルパーさんと雪道を散歩中、

          ヘルパーさんに「滑るとあかんできをつけやぁ」

          と気を遣っていた。自分の考えの中で解析できる事柄については、

          廻りに気を遣う 感覚が今のところ保持されていると言うことである。


2004.1.26(月) 晴れ

      −−◎6時40分起き、母さん7時40分まで寝ていた。

      −−◎田圃方面へ散歩。(40分)その後、朝食。

      −−◎物置整理。母さんテレビの 子ども番組を見て過ごす。

          私、11時30分から12時30分まで 目覚ましをかけて昼寝。

          昼食。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          自転車の姿が見えると「あっ、誰か来た」と言って外へ行き、手を差し出して 歓迎。

          その足で、“散歩”に引っ張っていこうとしたので、「荷物を置いてもらってから行ったら」

          と止めたが、知らん顔。ヘルパーさんが「軽いからいいですよ」と言われたので、

          そのまま散歩に行ってもらった。

          戻っては出、戻っては出ること数回。

          そのあとは、ボール投げ遊びをし、ビデオを見てお話しなど。

          テレビのかかっていない時も、いっぱいお話しをしていた。

      −−◎帰られた後も私は、物置整理を続け、夕方の散歩は無し。

          特に変調はなく安定していた。


2004.1.27(火) 晴れ

      −−◎8時起き、

      −−◎昨夜の鍋物の残り物の暖めていて、鍋を焦がしてしまった。母さんは食事作りを

          このごろやらないから、私のことだが...。焦がすと、焦げを取り去り再使用出来る

          ようにするまでが大変だ。

      −−◎午前中は、写真屋さんや 得意先から電話がかかったり、灯油を買いに行ったり、

          散歩には行かなかった。生命保険が勧誘に来て、ヘルパーさん来訪の直前まで

          話していた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          今日は午前中、人が来たのと 田圃方面へ散歩にも行かなかったのでつかれて

          気分が落ち着かなかった。

          停車中の車の中で お話しし、散歩に少し行き、ボール投げ遊びをしてもらった。

      −−◎(A)さんの途中で ケアマネージャーが来られ、母さんうれしそうに近づき鼻を

          つつきに行った。

          2月の計画について、話し合い計画書を作成した。

          「本人の生き甲斐」についても、話し合い「やりたいことで、可能(本人の現在の能力と

           制度の側面)なことなら、何でも提案して下さい」と意欲的だった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          笑顔で出迎えたが、母さん停車中の車に乗ったり降りたりを繰り返した。

          朝から 生命保険屋さんが来て、ざわざわしそれが尾を引いているようだった。

          でヘルパーさんもいっしょに いつもは夕刻に行く苧ヶ瀬の池へ行きいっしょに散歩

          してきた。

      −−◎夕食を作っていた時、母さんは店(=今は母さんの居室)にいて、台所の方に来た。

          「あー、こわかった、こわかった」と言った。

          私「こわかった?。じゃここにすわっておいでよ。おっちゃんがいるから大丈夫だよ」

          母さん「ありがとう、おっちゃん、ありがとう」と何度か繰り返し言って、皿など

          さわりながら、ちょっと間を置いて

          母さん 「もうあかんわ(ダメやわ)」... 「もうだめや」

          私「おっちゃんがいるから、大丈夫だよ。何でも言い」

          母さん「ぶつかってしまった。」

          母さん「それで、こんなふうになってしまった。」

          母さん「こうやってこうすればいいよ、って言ってくれた。」(この行の言葉は、その瞬間に

            聞いたことや、見た物を話しの流れの中に取り込んでしまう、状況がある。

            その直前の 私の「大丈夫だよ」が 時制ゃ発言人物を無視して取り入れられたようだ)

      −−◎このごろ言うこと。

           @「無くなってしまった。無くなってしまった」と言う。

           Aどこかへ行く時、走行中の車の中で 看板を読んだり、他の車のナンバープレートを

            読んだりする。それとは別の、支離滅裂の話しもする。またこのところ影を潜めていた

            「思い出話(このホームページの『つぶやき』のなかにあり)」も 人の名を言って

            ヒントを与えると、しゃべることがある。

      −−◎娘は 友達と駅近くの「東京とんかつ」という所に行き夕食を食べてきたという。


2004.1.28(水) 晴れ

      −−◎私、7時15分起き。母さん8時40分起き。パンの朝食

      −−◎9時39分から、田圃方面へ散歩。(40分=2.2Km)

      −−◎家事・諸用処理。新聞社の人が来るというので、資料に少し目を通す。

      −−◎昼食。

      −−◎1時00分、○○新聞社(東京)のY氏来訪。(1時間30分)

          母さん、私の傍らで、おとなしく待っていた。時々言葉を挟むこともあり。

          時折、テレビにこどもが映ると、近づき「かわいい」と言ったりした。

          途中、Y氏を待たせておき10分くらい散歩に行ってきた。

          Y氏の人柄か、親しさを感じたようで、帰り際、手を振って バイバイをしていた。

          Y氏もそれに答えて手を振ってくれた。

      −−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎生活に即した、1日のリズム。

          ここ2ヶ月の、母さんの1日のだいたいのパターンは

          ○朝のぼんやり(30分)

          ○朝の田圃方面へ散歩。(40分)

          ○朝食、

          ○テレビの子ども番組を見る。

          ○午前中に岩戸公園へ散歩に行く。

          ○昼食

          ○午後はヘルパーさんが来る日はいっしょに遊ぶ。

          ○そのあと、苧ヶ瀬の池へ散歩に行く。(往復も含め1時間20分)

          ○食品の買い物

          ○娘が帰ってから夕食。

          ○娘に車に乗せてもらってドライブ、または本や雑貨の買い物(30分〜1時間)

          ○みんなでテレビを見る。(1時間)

          ○母さんは9時45分から、10時15分の間に、歯磨きをさせて寝させる。

      ※一定のパターンで一定期間、経過すると体が覚えた、リズムを持つようだ。

           例=朝の散歩を行かないでいると、ドアを開けて出ようとするが、行ってきた後は

           椅子にかけている。

           食事時間近くになると台所に行きソワソワしている。

           夕食が終わると 夜のドライブに行く気満々になっている。

           夜、9時30分をすぎると、日によって30分前後ずれはあるが、眠たい顔つきに

           変わってくる。このことから言えることは、1日のリズムを外側の都合で崩す事の

           無いよう 仕向けていくことが、気分の安定を保つため大切であるように思われる。

           ここ一週間“散歩”の回数が少なくなっていて、昨日、ちょっと気分が揺れていた。

           (不安定という程でもなかったが...)


2004.1.29(木) 晴れ

      −−◎7時30分起き、

      −−◎8時30分から、田圃方面へ散歩。

          9時30分朝食、パン、サラダ系 笹かま リンゴと お椀で卵うどんも、ちょっと

          多すぎた。かな?。 “食べたい”と言う物で私の手におえるものなら、

          なんでもだしてあげるよ。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

          散歩にデイサービスまで連れて行ってもらい、休憩してきた。

          入り口の前で「ここ来たことある」と言った。帰りがけ係の人に「バイバイ」を

          していた。戻ってから、娘が行くバス停までついていきバス停よりずーと先まで

          歩いて行ってしまい、戻ってきた。

          近所の人にVサインをするなど機嫌は良かった。

      −−◎うどんをレンジで温めて食べて、岩戸公園へ散歩に行った。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          来訪時、笑顔で迎えた。アルバムを見て、ボール投げ遊びをしてもらった。

          いっしょに苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

          笑い声もあったので、親しくなる望みはあります。

          ○会話のテンポをゆっくりと、

          ○残っている語彙をつかんでいただいてそれを含めてしゃべっていただく、

          ○一定の時間内に 他項目にわたって ほめすぎると ほめ言葉と

           わかるので、心に納める前に次のほめ言葉が出てきて疲れるようだ。

          ○質問には眼前にあること以外は ほとんど答えられないようだ。

      −−◎           

2004.1.30(金) 晴れ

      −−◎6時45分起き、

      −−◎諸雑用処理。

      −−◎1年半ほど前にY施設とZ施設のの2カ所にデイサービスに行き始めたが、一カ所は

          「めんどう見切れない」と断られ、(付き添い付きなどとんでも無い)。

          もう一カ所は母さんが「もう行かん」と10日間くらい 言い続け、無理に行かせると

          意思表示が役に立たぬと思い 物言わぬ人になってしまう ことを避けるため

          こちらから断った。

          今行っている施設は「時間がかかってもいいですから、慣れるようにして下さい。

          付き添いも 全然かまいませんよ」と言うことで、私が付き添って行き昼食後までいて

          12時ころ帰ってくると言う方法で半年間ほど、続けてきた。

          利用者に対する 一人ひとりにも気を配った 優しい対応で 母さんはだいぶん

          慣れてきたようだ。

          先々のことも考えて ひとりでデイケア内で過ごすことが出来るよう試みた。

            次のようなメモを係の人に渡した。
          -----------------------------------------------------------
          ○9時30分来所
          |            30分くらいしたら、
          ○            少し外へ出て車の中で待っていて30分経ったら戻ります。
          | 30分出る     本人が不安状況ならばそれより前に戻ります。
          ○
          |
          ○昼食
          |
          ○帰り
          -------------------------------------------------------------
          外の車の中で30分、待っていて、戻り 入り口からのぞくと、

          係の人が「落ち着いて見えますから お昼ころまで大丈夫のようですよ」と言われ

          「じゃーお願いします」と一旦自宅へ戻った。

          12時10分前に施設へ戻り食事をして戻って来た。

          係の人に様子を尋ねると、ヘルパーさんとお話ししたり、外の様子を見たり、

          他の利用者の人とお話ししたり、おだやかに落ち着いて過ごした。とのことだった。

          「帰る帰る」とか「おっちゃんはどこ行った?」とかは一度も言わなかったとのことだった。

          来週もう一度試みて、週2回行くことも検討している。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          デイサービスが快適だったらしく、その後も機嫌は良く 笑い声もあった。

          近くを散歩し、停車中の車の中でお話ししたり、して過ごした、

      −−◎終わった後は苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

      −−◎お休み前の歯磨きはやり渋っていたが、少し時間をおいて再度言ったら磨いた。

      −−◎予測(仮定=仮説)

          アルツハイマー病で「記憶が無くなる」と言われているが 記憶が0(ゼロ)になる

          のではなく「記憶が限りなく0(ゼロ)に近くなり、死亡とともに0になる、生存中は

          0にならない。記憶には生体記憶=抗体や反射神経も含まれる」

      −−◎娘がバスを乗り過ごした件。

          娘は水曜日は5時30分に帰宅する。日によって20分か30分は前後する。

          一昨日(1.28、水)のこと、5時35分ころ「バス停を乗り越してしまったから、

          次のバス停まで迎えに来てくれ」と電話が来た。

          母さんにそう言うことがわかるかどうかと思い、「迎えに来てくれと言っているが

          放っておくか?」と言った。

          母さん急に顔を曇らせて「そんなことあかんやろ、忙しいかもしれんけど」

          「暗いし」「恐いし」「はまりこんでしまうかも知れん」「泣いてしまうわ」

          とか言い、その他にもその場の状況にはあり得ない「想定」も言って、

          私を迎えに行かせようとした。

          私「じゃー、すぐ迎えに行くか」と出かけた。

          

2004.1.31(土) 晴れ

      −−◎7時30分起き、

      −−◎生協配送日、としこさんに母さんの洗髪をしてもらった。

      −−◎朝食、パン サラダ。

      −−◎11時30分から田圃方面へ散歩。

      −−◎だいたい機嫌良く過ごした。「風呂へはいろ」と言ってから、機嫌が悪くなり、

          喧噪状態になり、力のぶつかり合いだった。風呂に入ってからも「ぶつぶつ」

          言っていた。着衣をしてから、普通に戻り、私の誘導に素直にしたがって寝た。

      −−◎風呂の日

          午後10:15 開始

                  説得10分、強制執行10分脱衣終了。

                  浴室内、20分、

                  脱衣しないのは、恥ずかしさのためである。

                  健康時は自分の心の中で「お風呂だからはだかで当然」

                  との 反論が働くが、それが速やかに働かない。

                  時間をかけて説得することは、一年前強制執行するまでに数十回試みた。

                  説得時間はその都度違うが10分程度から、1時間〜6時間だった。

                  ついに100日以上はいらなかったので強制執行した。

                  本人がいやがっていることを無理矢理やらせることに最近疑問を感じている。

                  「いややって」とか「自分でやるからいい」とか「人に言われること無い」とか

                  言い、実力行使には実力で抵抗する。自分でやると言っても一時間以上

                  適度に促しつつ待っても自分でやり始めたことはない。

                  自分の意志通りに行動し、

                  その結果する+(プラスの側面)−(マイナスの側面)を自分で受任する。

                  それが母さんに現在出来る数少ないの自己の意思表示であり、

                  自己の選択した生き方であろう

                  フランス人は1600年代まで(フォークが使用されるようになるまで)手でじかに

                  とり食事をしていた。日本ではそれより、ずーと以前から箸をを使用していた。

                  文化の違いである。他方、日本で風呂は古い時代には無かった。

      −−◎まんが(コミック)『天才柳沢教授の生活』山下和美・作 Vol.22.講談社467円

          という漫画本がある。表紙カバーの折り返しに著者のコメントがあった。

          「歴史の大転換のまっただ中にいても、私たち平々凡々の庶民にはさほど実感がない」

          と作者の生活感を述べ、つづいて「と言うのが最近のイラク戦争と自衛隊派遣のような

          気がします。」と事象について述べ、「怖いのは、」「バーチャルだと思っていてもこれから先、

          戦争肯定の考えが無意識的に一般人に根付いていって、それが国民全体の意志に

          いつの間にかなってしまうことだなあ。いやだなあ・・・・・・、それだけは・・・・・・」と

          意見を述べている。


2004.2.01(日) 晴れ

      −−◎田圃方面へ散歩。

      −−◎朝食。

          母さんがテレビを見ている間に、家事、雑事を処理。

      −−◎午後は苧ヶ瀬の池へ散歩。

          気分は安定。

      −−◎今日は 昨晩風呂にはいったので臭くなかったが 通常 で「臭い臭い」というと

          気分を害する。程度はAだった(下記参照)。

          娘が「臭い臭い」と言ったら、表情が変わったが もともと母さんに言ったのではなく

          私のたばこのにおいが臭いと言ったので、「ドア閉めて!たばこの煙が臭いよ」

          と付け加えて言うと、母さんは「アハハッ」と笑って機嫌が直ったと言うことだった。

          現状でこの程度の会話の意味がわかるようだ。

               ※気分を害した程度の基準、

          @普通(怒りも喜びも恐い恐いも無い状態)

          A表情がわずかに変わる程度。

          B手に触れるものを持って、トイレとか台所とかへあちこち動き回って戻ってくる。

          C声をあげて抗議する。

          D実力行使で抗議する。

          

2004.2.2(月) 雨 のち 曇り

      −−◎6時40分起き。母さん8時に起きた。

          母さんが 私より、先に目を覚ましている時は、私が着替えをしたり、雨戸を

          開けたりして、「じゃーね下へ行こうか」と言い、いっしょに降りてくる。

          まだ眠っている時は、着替えだけして、雨戸は開けないで降りてくる。

          私が台所にいると 母さんが 音を立てないで降りてきて、そおーっと近づいてくる

          ので私が「おはよう」と言うと「にっ」とわらって「うふふっ」と言う。これが朝の挨拶だ。

      −−◎雨のため、散歩は無し。

      −−◎散歩が出来なかったので午前と夕方の二回30分程度、車で廻ってきた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          笑顔で迎えた。雨が小降りの時 傘をさして“散歩”に行ってもらった。

          ボール投げ遊びをしたり、停車中の車の中で 下校途中の小学生を観察

          したりしていた。

          お菓子の付録に紙のおひな様セットが付いていて鏡の前に飾ってある。

          それを見て 「ひなまつり」のメロディーを口ずさんでいたとのこと。

          ヘルパーさんが帰りがけ「今日はにこやかでしたね」と言われた。

      −−◎人間は、当初 自然状態よりも 個体数が増加するとともに、社会を作り、

          社会的枠組みの中で生きるようになった。アルツハイマー病の患者は、独立して

          社会的枠組みの中で直接 生きていくことが出来ない。感性のおもむくままに

          生きる。その時の状態により社会的枠組みをわかっていたり、わかって

          いなかったりする。しかし 社会的枠組みを認知しているか、認知していないか

          にかかわらず、社会的枠組みの中に存在し生活している。そのクッションは介護者である。


2004.2.3(火) 晴れ

      −−◎7時30分起き

      −−◎9時50分から、田圃方面へ散歩。

      −−◎10時30分朝食、

      −−◎11時岩戸公園散歩

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          停車中の車などで お話ししてすごす。

          袋の中に入れている長靴下を出して「ハイソックスや」とか言っていたとのこと

          気分良く過ごした。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          私の歯の治療のため、ヘルパーさんに母さんと共に同行してもらい、待合室で

          ぬいぐるみ遊びなどしながら待っていてもらった。

          診察室へ入ってきたりしたが 歯医者さんがわかった人だったので何事もなかった。

          2年前ヘルパーさんに来てもらっていないころは、診察室の治療台のうしろの、私の

          姿が見えるところで待たせてもらっていた。

          帰宅した後は2回散歩に出た。途中 犬とか猫がいるところで、立ち止まり、

          ヘルパーさんと話しをしたとのこと。

      −−◎矢玉四郎の描いた鬼のお面のついた豆を買ってきて、片隅に敷物をして

          節分の豆まきをした。(小さく1メートル以内に)ぬいぐるみにお面をかぶせ、

          別のぬいぐるみが 豆まきをした。私と娘が声音を使って演出。母さんは

          笑いこけていた。

          −−◎豆を食べたので 就寝前の はみがきはやらなければならなかった。

          何回言ってもやろうとしなかった、もう4日もやっていないし 私が怒って言うと

          プイッ とよそへ言ってしまうので 40分くらい放置しておいた。

          その間うろうろしていた。そのあと「じゃー 磨こうか」というと 磨きはじめた。

          2分くらい磨いていた。私「良かった良かった goo(グー)だね」と言い

          寝させた。機嫌良く寝た。

2004.2.4(水) 晴れ

      −−◎7時30分起き。

      −−◎母さんの病院の予約が2ヶ所重なってしまった。一方は9時、他方は10時。

          県立病院の方は8時50分に診察券を出して、9時に診察と注射等してもらって、

          9時13分に お金の支払いも済んだ。他方の病院へは予約時間前に着き、

          それなりに順当に済んだ。内臓疾患は特にないので現状報告を記録しておいて

          もらう程度だった。事前に看護婦さんに様子を聞かれて、私が答えたが

          母さんもニコニコしながら無関係のことをしゃべって「今日はご機嫌がいいですね」

          とか言われた。

      −−◎帰りに喫茶「チボリ」へいっしょに行った。池の鯉の見えるところに座り、風景を見て

          母さんが思い付くことをいろいろしゃべっていた。長年話を聞いている私には

          何を言おうとしているのが どういう気持ちなのか、わかる部分は相当ある。

          わからないこともある。厨房のながやさんに手で合図をしていた。

          「チボリ」を出たあと、その近くの岩戸公園へ行き散歩をしてきた。

      −−◎1時30分ころ、昼食。

      −−◎郵便局、病院の薬をもらいに薬局へ行き、1時間くらいドライブしてきた。

      −−◎4時 ○○新聞社の S氏来訪。1時間くらいいて、様子を聞いて行かれた。

          母さんもニコニコ同席していた。

      −−◎夕食を準備していた時、パックされた魚を見て「これって 何かわからへん」と言っていた。

          私が 白菜 にんじん等野菜を刻んでいると「なにかゴチャゴチャになってしまって、

          このごろ休ませてもらっておるの」「そういって 言ってあるの」「おっちゃん わるいねー」

          「すみませんねー」「おっちゃん ありがとう ありがとう」と言っていた。

          録音をしているわけではないので言ったことすべてではないが、この意味のことを言った。

      −−◎今日は「歯磨きをしようか」とブラシを差し出したら、すぐその手で磨きはじめた。

          歯磨きにも やる日とやらない日とムラがある。


2004.2.5(木) 曇り 晴れ 雪がちらつくことあり

      −−◎7時30分起き。

      −−◎朝の散歩は周辺を10分程度。

      −−◎9時30分朝食。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

          小雪が舞っていた。デイサービスまで歩いていき、立ち寄ってきた。

          「いいカバン持っておるね」とか「1500円で買ったの」とか会話をしていた。

          散歩中ヘリコプターを見て「ヘリコプター乗ってみたい」とか言っていたとのこと。

          帰宅後はテレビを見たり、車の中でお話ししていた。

      −−◎昼食。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          “散歩”に3回ほど出かけた。そのうち1回は前回よりも遠くまで出かけ、

          たくさんお話しをしたとのこと。途中強い風が吹き、目にゴミが入り、ヘルパーさんが

          ハンカチを出してくれると「ありがとう」と言った。

          停車中の車の中でたくさんいろいろお話ししたとのこと。

          その他、店(=今は母さんの居室)でボール投げ遊び、テレビを見たり、お話しをしたり

          “意味不明”のお話しをたくさんしていたようだったから、だいぶん慣れてきたようだ。

      −−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ行ったが、100mくらい歩いて、雪が舞い寒かったので

          戻って車の中から降ってくる雪を観察し早々と帰ってきた。

      −−◎靴は自分で履くことが出来るが 急いでいる時履かせてやったりする。夜寝る時、

          ふとんを肩までかけてやる。こういう時に母さん「フフフッ」と笑う。

          たぶんその意味は−−こんなことまで おっちゃんにやってもらって わるいねー−−

          と言う意味だ。自分で出来るという感覚が残っているからだと思う。


2004.2.6(金) 曇り→雪→晴れ→曇り

      −−◎6時30分起き、

      −−◎店(=今は母さんの居室)にストーブを付けて、テレビのお子様番組を映し、

          待っている間に私は家事。と言ってもおとなしく座って待っている事はない。

          トイレをのぞいたり、台所へ来たり、まわりのものに手を触れたり、窓を

          のぞいたりしていた。

          朝 薬を飲ませた。今日はすぐ飲んだが、たやすく飲む時と、いやがって

          飲まない時とがある。

          薬は 「朝飲むように」となっているが私が忘れていて、昼になったり

          夜になったりすることがある。

      −−◎デイサービスに9時30分に着いた。今日は「ひとりで行ける計画」2日目で

          事前に施設の人に打ち合わせしておいたように、10時までいっしょにいて、

          母さんに「あれを取ってくるから、ここにいて 戻ってくるからね」と言い、

          外に出た。母さんの気持ちが動揺するとすれば、5分か10分程の時に、行動に

          現れるので、外の駐車場で10時30分まで待った。出てこず 携帯電話への

          連絡もなかったので、もう大丈夫と思い、自宅へ戻った。

          他の施設での体験から、いつ母さんが気分不安定になるとも限らないので

          すぐ出られるよう、ストーブ等は付けないで、心配しつつ作業をしていた。

          何事もなく11時40分になった。迎えに行くと「ニィーッ」と笑っていた。

          係の人が「落ち着いて見えましたよ」と言われたのでほっとした。食事をして帰ってきた。

          ぬり絵をしたり 折り紙のおひなさまを作ったり、ほかのここへ通っている人と

          会話も交わしていたと言うことだった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          デイサービスから帰った後、みていてもらった。3回“散歩”に行った。

          途中、雪どけの水が 雨どいから流れるのを見て、「なんであんな所から

          水が出てくるのか不思議に思う」と言ったとのこと。

          ぬいぐるみ遊びと お話しの相手をしてもらった。部屋の掃除機をかけてもらった。

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩に行き一周してきた。今日も元気だった。

      −−◎経験的記憶。

          朝食の話しだが 昨年、朝ご飯をなかなか食べなくなったので“喫茶店ごっこ”で

          パンに切り替えた。ずーっとパンを食べていたがまたなかなか早く食べなく

          なったので、また”ご飯”にしたり たまに 朝から“うどん”を作ってあげたりすると、

          すぐ食べ始める。誰でも 同じ物ばかり続けて食べていると、飽きが来るが

          記憶が薄くなると言う母さんの場合も飽きが来るらしい。

          で朝食も変化を付けることにした。

          食事に関する感覚としては 視覚、嗅覚、温度の感知であるが、飽きが来る

          と言うことは、前回までの内容が感性的記憶として残っていると言うことである。

          本人は「同じ物ばかり...」とは言わないし、「食べたくない」とも言わず、

          おかずだけ食べて、パンは1時間くらい後に食べていたが....。

           

2004.2.7(土) 晴れ

      −−◎朝起きると、歩道には雪があった。車道は融けていた。

          足元が悪かったので、散歩には行かなかった。

      −−◎生協配送日。

      −−◎若年痴呆家族会・関西部会の定例会が奈良市総合福祉センターで開催され

          家族3人で出席した。

          雪のため、30分ほど遅れて着き、ざわついたためご迷惑をかけた。

          医師の先生のお話のあと、体験交流でかかえている問題などが、出され

          役立つお話を聞いた。

          40名〜50名出席され、患者同行の人が我が家を含め5名おられた。

          助言の先生方、主催の役員の方、お世話をするヘルパーさん4人または5人

          がおられた。

          5時に終わり(後は任意の交流会引き続き開かれていた。)9時に帰宅した。

          ※会合の様子(文責=田口)

          アルツハイマー病、ピック病について、頭脳の中で、どういう症状が起こって

          いるかについて CT写真など示しながら解説があった。遅れて着いたため、

          前半を聞き逃して残念だった。また行動について、

          ピック病は「毎日 同じパターンの行動をしよう」とするし、

          アルツハイマーは「まわりの世界に関わって動こうとする傾向がある

          病状の進展に即して、趣味や本人のやりたいことをやり、身の回りのことも、

          やってもらい、第3者、外の世界の人とのコミニケーション(=会話、意思疎通

          状況の共通認識)も大切」と言う意味のことを言われた。

          さらに世話をする介護者のことについて「ぴったり1日中寄り添っていると

          常に緊張状態で介護者が病気になってしまうケースもあるので、外の力も

          活用すると良い」と言われた。

          ※母さんの様子

          はじめは おとなしく聞いていた。そのうちにお茶菓子が気になり始めて、

          指さして「あるある」と言う。「とってくれ」と言う意味だ。一つ取ってあげると、

          もぐもぐ食べてしまい。次々食べて、7個か8個食べてしまったので、

          経験上このくらいではおなかを壊すことはないが、私が気が引けて、車の中

          置いてきた。おやつを取ってきた。そのうちに「出よう出よう」といっそぶりを

          示したが「もう少しいてね」というと、そのままいた。

          その時隣の人が「ひとりではいられませんか?」と言われたが、はじめ意味

          がわからず あいまいに「えー だめと思います」と言った。私が遅れて

          出席したので、わからなかったが この方は会合を支援して下さるヘルパーさん

          だった。あとから お相手をお任せしても良かったかな と思ったりした。

          やはり本人をつれて家族で来ておられた娘さんが入り口の端に座っておられた。

          母さんがめざとく見つけて「落ちると危ないよ」と結構大きな声で言った。

          その娘さん、「ああ ありがとうございます。」と笑顔で言って座り直すそぶりを

          された。別の人が「良く気が付かれますね」と言われた。

          私の観察では本当は落ちそうではなかった が この自然な動きのような

          対応の中にやさしさを感じた。

          母さんはあいかわらずおやつをもぐもぐ食べて機嫌良く過ごした。


2004.2.8(日) 晴れ

      −−◎7時30分起き。

      −−◎田圃方面へ散歩。

      −−◎朝食。今日はパン・サラダ 店(=今は母さんの居室)へ持って行くと「おっちゃん

          ありがとう、ありがとう」と言った。「出来んようになってしまって」とも言った。

      −−◎薬は 結果的にはたやすく飲んだが 「これ何の薬? なんでこんな物飲むの?」

          と言う。「病気が悪くならないように飲む薬だよ。おっちゃんが言っていることは

          みんな 母さんのためになることばかり言っているのだから、良く効いている薬だから

          飲みなよ」と言うと、「うん」と言い飲んだ。

          毎日(薬は1日1回)薬を飲ませる時は上のような状況だ。だいたいはすぐ飲むが

          いやがって飲まない時もある。その時は3時間くらい時間をずらして飲ませている。

          それでもいやがる時はその日は中止する。

      −−◎11時45分から、雪を見に郡上方面へ、

          7時帰宅。特別の異変無し。

      −−◎今夜は歯磨きは順調にやった。

          

2004.2.9(月) 曇り 晴れ

      −−◎6時30分起き。

      −−◎ゴミだしの日、生協の回覧袋を次の人に持って行き、続きに散歩に行った。

          途中、掃き掃除をしておられた婦人と、挨拶を交わし一言ふたことしゃべる。

          挨拶時お天気の話しをするのは日本人の文化的伝統で、良くしたものでこれで

          近隣との接点がうまく回転するようになっている。

          母さんニコニコして「さむーい(寒い)」のひとこと。相手の人が話されることに

          私が応対し通過する。近隣の人と顔を合わせることも“長生き”の秘訣。

      −−◎朝食後、薬を飲ませようとしたが、40分間、働きかけたが飲まなかった。

      −−◎諸支払いのため、いっしょに銀行と郵便局へ行き振り込み等してきた。

          (銀行落としは便利ではあるが、支払いの実感がないと、私自身無駄遣いや

           支出超過になったりすると行けないので、現金で振り込むことにしている。)

      −−◎12時30分から、昼食。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          外に出ているとヘルパーさんが自転車で来られ、母さん笑顔で出迎えた。

          ちょっと中へはいったが、その足でヘルパーさんを引き連れて“散歩”に行った。

          「周辺」よりも少し“朝の散歩コース”の方へ 歩をのばして進んでいたところ

          「あー 疲れた」と言うので、戻ってくるとすぐ出かけたとのこと。

          今日はいっぱい散歩させてもらった。

          私、その間に洗濯の処理などして、2時10分から、2時45分まで、時計をかけて、

          昼寝した。

      −−◎4時から、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

      −−◎今朝は、薬を飲ませることに 私がこだわった。結局飲まなかった。

          習慣を維持しようと思ったが、母さんがその時 いやな物はいやだ ということに

          結果するようだ。単純ではないが、複雑な要素の絡む病気の進展の結果であろう。

          のらりくらりの自然体(じねんたい)で行くより他ないようだ。

          

2004.2.10(火) 晴れ

      −−◎自衛隊のイラク派兵に反対する。

      −−◎7時30分起き

      −−◎9時9分、田圃方面へ散歩。空は雲一つない天気だった。

          私「雲がひとつもないね」

          母さん「きれいやね きれいやね」と繰り返していた。

          途中、見知らぬ 散歩中の婦人に挨拶された。母さんはにこにこ笑い、

          私は「おはようございます」と挨拶。相手の婦人「今日は少し暖かいですね」と言われた。

          私 「いい日になりましたね」。

          こちらは知らない人だったが むこうはよく知っていると言う感じののようだった。

      −−◎朝食の後、雑事処理。

      −−◎11時20分から、岩戸公園へ散歩

      −−◎昼食をコンビニで買うことは滅多にないのだが、公園の帰り道にコンビニで

          いなり寿司と巻き寿司のパック、フルーツパック、くん玉、お漬け物、

          を買ってきて、昼食とした。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          あたたかい、いい日だった。散歩に一回でて、停車中の車の中で

          ぬいぐるみ遊びとお話し「さくら〜 さくら〜」の歌を何回も歌ったとのこと。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          来訪時、笑顔で迎えた。散歩に連れて行ってもらった。

          この時も「さくら〜 さくら〜」の歌を何回も歌い、いっしょに歌ってもらったとのこと

          停車中の車の中でアンナの本(=美容業界の業務用品のカタログ雑誌)を

          見ながらお話し。何度か「疲れた 疲れた」と言っていたとのこと。

          足洗いとくつ下の交換をしてもらった。

      −−◎3時45分、娘が帰ってきて、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。いつも通り一周し

          てきた。ここ二・三日「疲れた」と言うのは、何らかの理由による 気疲れ 

          のせいだろうと思われる。それと なにかそれに近い心境の表現の母さん

          の中での流行語とも思われる。苧ヶ瀬の池へ散歩に行く時、わくわくして

          目に見える物を私に伝えていろいろしゃべっていたし、元気に歩いていた。

          帰ってからも疲れた表情を見せなかった。

      −−◎1月の総括

      総括の指標

      ○本人が楽しんだか(何をしたか)−−−歌、ボール投げ、ぬいぐるみ、ドライブ、散歩

      ○残存機能は何か−−−−−−−−−−歩く、しゃべる、リンゴをむく

      ○日常生活の状態、−−−−−−−−かろうじてOK −−食事 排便

                  −−−−−−   能力的にはあるが拒否する− 歯磨き 着替え 風呂 薬

      ○落ち着いていたか、興奮することはあったか−−−拒否することを無理矢理やらせない限り

                              ニコニコ元気だった。

      ○対他人関係−−−−−−−−−−ヘルパーさんに笑顔で対応、近所の人に挨拶する

      ○本人が施設に慣れたか−−−−−デイサービスで2時間くらいはひとりで居ることが出来た。

      ○本人がヘルパーさんに慣れたか−−2時間をだいたいいっしょにいることが出来ている。

      ○本人の体調は良かったか−−−−−コレステロール値が高い。その他異常なし

      ○対家族関係−−−−−−−−−−−私にも娘にも笑顔でこころよく対応している。

      ○私の気持ちのゆとりは出来たか−−−あまり出来ていない。

      ○私が母さんをあづけた時(=デイサービスの2時間)、何か 仕事が出来たか

                         −−−−いつ「帰る帰る」と言い出すかわからないので

                               もう少し母さんが安定して通所することを繰り返すまでは

                               何も出来ない。

      −−◎先日、若年痴呆家族会に出て、今後の参考とすべき諸点と合わせて、

          出て良かったと思うことは、独善に陥りやすい心境が 外界にふれて、

          外へ目を回すことが出来たと言うことだ。


2004.2.11(水) 晴れ

      −−◎7時20分起き。

      −−◎田圃方面へ散歩

      −−◎娘が休みで、喫茶「チボリ」へ行き、岩戸公園の散歩に行ってきた。

      −−◎11時、3人で 本巣のばっちゃの所へ行った。

          母さんはいつもの通りで、先頭に立ってはいっていった。

          ばっちゃは元気そうだったので おやつを食べて帰ってきた。

      −−◎4時 苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

          ひとりで散歩している人。2人で散歩しているご夫婦。マラソンの練習をしている人。

          犬を連れて散歩している人。など大勢の散歩人に出会った。

          知っている人なのか、礼儀上そうして得られるのか、何人かの人に「こんにちわ」

          と言われ挨拶を返した。

          中型の犬を連れた人がいた。母さんが「かわいい」と言ってみると犬が

          ちょっと立ち止まり、通り過ぎていった。母さんが私に言った。

          「ちらっと見たら、ジーッと私の方を見ているんやよ」と。

          その光景描写はほぼその通りであった。目前の視覚認識とその表現には

          間違いないようだ

          −−◎

      -----------------------------------------------------------------
        ○○の 島田 様 お便りありがとうございました。(2004.2.10)
      -----------------------------------------------------------------

2004.2.12(木) 晴れ(予定=ヘルパーさん来訪日 10時と1時30分の2回)

      −−◎7時30分起き。

      −−◎8時 田圃方面へ散歩。天気おだやか、母さんの気分良し。

          大きな 灰色の鳥が田の中に1羽いるのを発見「でかい でかい 大きい」を

          連発。鳥がジーッとしていて つかの間観察。電線にいたすずめがいっせいに

          飛び立った。「わー、すごいすごい」と

          自転車に乗った若いご婦人が手を挙げて「おはよう!」と通りすぎた。母さんの

          知っている人らしいが、母さんもわからないようで笑顔で会釈した。

      −−◎帰った後で薬を飲ませた。ちょっと逆らったが まあまあたやすく飲んだ方だ。

          その後朝食。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

          来訪時、笑顔で挨拶。散歩には行かず、停車中の車の中で ぬいぐるみ遊びや

          お話しをして、過ごす。機嫌良くよく笑っていた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          はじめちょっと、感触が悪かったが、20分くらいすると慣れた。

          細畑の駅(片道=1Km往復で2Km)まで、散歩についていってもらった。

          私の事務所の方をのぞいて、母さんが言う「痛い痛いと言うもんで、ぐるぐる

          ぐるぐるしてやったら『そうかよかったよかった』と言っていたよ」と言い、自分の

          手の甲をもう一方の手で“ぐるぐる”やっていた。

          母さんのつもりでは、なにかわからんことを教えてやり、喜んでいたという事を

          私に報告に来たつもりだ。

          この“報告”について言うと、私が言ったり やったりしたことを 私に 

          まるで第三者に話しているように報告してくれることがある。

          そう言う時 私は「へー そうだったの」と聞いている。

          停車中の車の中で お話ししたり 歌も歌っていたと言うことだった。

      −−◎夕方は 苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。半分くらい来たところで 

          「恐い 恐い」と言っていたがそのまま歩いてきた。

          いつも 時々「恐い 恐い」とか「恐かった 恐かった」言う。

          それを言うのは、夕方とか、私が衣服や薬とかを、無理矢理やらせた時だ。

          私のやったことが恐かったのに 当の相手である私に訴えているのだ。

      −−◎ひとりで居ることが出来なくて、テレビを見ていても、二階へ探索に登っていく時も

          いつも「ちょっとおいでよ」「こっちへ来やー」と呼びに来る。私は時々応じて行くが

          時々は応じないでいる。そう言う時はひとりで二階へ探索に行き、戻ってくる。

      −−◎本日の歩行約7Km。

          

2004.2.13(金) 晴れ

      −−◎6時40分起き。

      −−◎7時26分、田圃方面へ散歩。気候はおだやか

      −−◎パンツ、ズボン下、ズボンを替えさせた。はじめ動きを渋っていたが、

          「臭くなるし、替えんと あかんよ」と言い 手伝ってやると 返事はしなかったが

          脱ぎ、洗濯した衣類を順次、着た。

          靴下を交換した時「おっちゃん ありがとう おっちゃんありがとう」と言っていた。

          ある程度状況を理解していたと思う

      −−◎9時30分デイサービスへ、2人で行った。ひとりで居るようにするために、

          前二回試したように、30分ほどいて、10時に外に出ると、そのまま付いてきて

          しまった。もう少しいることにして、ぬり絵をやらせたりしていた。どうも気分が

          乗ってこないようだった。係の人が 「何かそれに集中するようなものはありませんか」

          と聞かれたので「そうですね ボール投げ遊びだったらやるかも知れません」と言うと、

          ボールを持って来てくれて、もうひとりの通所者の人と3人で ボール投げ遊びを

          やってもらった。母さんは元気よくやり始めた。で私は10時45分に席を外して

          出てきた。帰っても同じだと思ったが、訓練のためと家に戻った。

          その後の母さんは数回出口の方へ行ったが席へ戻ってきたそうで、実力行使で

          外へ出ようとする行動はなかったと言うことだった。

      −−◎病気の このレベルでは 基本的に新しい動作を獲得することは出きない状況

          である。しかし記憶は 限りなくゼロ近づくが 無しにはならない。

          体験学習行動も出来ている状況がある。デイサービスへひとりで行かせる

          ことなどは 訓練すべき事のひとつだ。ただし無理の無いようにと思っている。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          散歩に4回付いていってもらった。そのうち1回は朝の散歩コースに。

          時々 ため息をついて「疲れた。おっちゃん」と言っていたそうだ。午前中に

          デイサービスでひとりで居たことが、心に残っていたのかも知れない。

      −−◎2時から、郵便局、ガソリンスタンド、食品スーパーと行き、そのあと、

          苧ヶ瀬の池へ散歩いつもより時間が早かったので日射しがあり、暖かかった。

          散歩中「もう終わりや、終わりや」と言っていた。

      −−◎本日の7Km。総じて言えば、気分は安定していた。

      −−◎ここ2・3日「疲れた」というが原因はわからない。その割元気。 外に出る時は

          喜んで出ていく。


2004.2.14(土) 晴れ 曇り

      −−◎7時30分起き、生協配送日。

      −−◎8時20分、田圃方面へ散歩。

      −−◎布団干し、室内整理等、午前中すぎた。

          娘も一回生のテストがすべて終了し一段落して、自分の部屋の整理と

          掃除をしていた。

          私が 古新聞置き場にある、1.5ヶ月半分の新聞(2紙)を紐で綴じていると、

          母さんが そばにいて 手伝っている(つもりでいた)。チラシを取ってくれたので

          「あー、ありがとう」と言って重ねた。見えている見出しを読んでいたりした。

      −−◎午後は自動車のオイル交換にいっしょに行ってきた。

          3人で食品スーパーへ買い物に行き、本屋さんへまわり帰ってきた。

          母さんは、私にも娘にも おとなしく態度はよい。時間と空間を超越した

          話しを聞かせてくれた。

          今日も 独り言のように私に「もう終わりや...。ごちゃごちゃになってしまって...」

          と言っていた。


2004.2.15(日) 未明に雨 曇り 晴れ

      −−◎7時30分起き。

      −−◎8時50分から田圃方面へ散歩。スズメ、カラス、グレーの大型鳥などを観察して

          まわってきた。

      −−◎朝テレビを見ていたら、風景写真が映し出され、テロップで「札幌の...」と出されると

         母さん「札幌、札幌。北海道や」と風景を見入っていた。その画面には 北海道という

         単語は無かったが、札幌の連想で「北海道」が出てきていた。

      −−◎12時から苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎午後から、八幡から金山方面へドライブ。無事帰宅。

          母さんが「ハナミズ、ハナミズ」と言った。「えっ! 鼻みず!?」と見たがその様子はない

          車の外を見たら「金花水(きんかすい)」と言う お酒の大きな看板があった。

          その中の 花水 のところだけ切り離して読んでいたことがわかった。

          「金花水(きんかすい)」と言う お酒は見たことがなかったが、花水木(はなみずき)

          と言う植物名のレストランの名前は聞いたことがある。

      −−◎母さんの最近の歌は「さくら〜、さくら〜」と「蛍の光」だ。

         どこかに(テレビなど)ヒントがあったのか、季節を感じてなのかはわからない。


2004.2.16(月) 晴れ

      −−◎昨晩風呂にいれた。

          衣服を脱ぐことに抵抗するので、一応勧めはするが本人が「はいる」まで

          もう風呂には入れないでおこうと思った。

          それでも少しは、働きかけをしてみてから...と思い行動を開始した。

          部屋を暖かくして、下着等を用意をして、ジャンバーを脱がせ、抵抗する中で、

          私がカーデガン、ブラウスのボタンをはずし(上体下着はマジックボタン)た。

          ボタンははずしたが前を覆い 二階へ行ったり、店(=今は母さんの居室)へ

          行ったりして、脱がせようとしなかった。(30分経過)

          時間が経過すると、かえって複雑になると見通して、そのまま浴室へ誘導して、

          首のあたりへ衣服を来たままシャワーをかけた。うろっとしている間に上体部

          3枚をまとめて脱がせ、下体部もまとめて下ろした。(この間30秒)

          衣服は浴室外の洗濯かごへ投げ入れ、私は急に笑顔を作って、

          「あー良かった良かった、さあはいろうか」と順次すすめた。

          母さんは はいってしまうと 気分が落ち着いてきて「今 恐かった、恐かった」

          と言っていた。20分間浴槽にいて自分でも洗っていた。

          だんだん手段がエスカレートしてきている。

          背中から切断したことも過去2回あった。風呂の度に切断していては 衣服代が

          続かない。

          ※母さんが自身に接しない、作業が出来なくなった時は、何でも代わりにやってあげた。

          出来ないことがあっても、母さんが心に動揺を来すことなく平和にすぎて

          99%おだやかな、生活態度を保持してきた。

          現在の段階に来て、風呂、着替え、歯磨き、薬を飲むなどの、自身に接することに

          関してことを、言っても拒否するようになって、無理矢理やらせるのでおだやかさに

          欠ける頻度が多くなってきた。

      −−◎7時30分起き。

      −−◎8時50分、田圃方面へ散歩。 

      −−◎11時、岩戸公園へ散歩。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          私の得意先へシステム点検のため、いっしょに行ってもらった。

          帰宅してからは、ボール投げ遊び、散歩に連れて行ってもらうなどした。

          事務所の方を時々のぞいていたが、気分が不安定と言うことはなかった。

      −−◎3時45分から、苧ヶ瀬の池へ散歩に行き、帰り道に食品スーパーに寄り帰宅。

          無理矢理やらせる事をしない限り、母さんの気分は楽しく、歌など歌ったりして、

          元気に過ごした。

        

2004.2.17(火) 曇り 晴れ

      −−◎7時30分起き。諸事済ます。薬は今日はなんなく飲んだ。

      −−◎午前中、ばっちゃの家へ 役場の人が 用があってくると言うので、

          ばっちゃに 「訳がわからん」といかんので 行った。

          普通の用件だった。ついでに喫茶店へ行き、12時までに戻ってきた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          笑顔で出迎えた。散歩に3回行った。

          途中、水路添いを歩いていた時、母さんが「危ないで もっとこっちへ来やー」

          と手を引いたとのこと。停車中の車の中でぬいぐるみ遊びをした。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          笑顔で出迎えた。散歩に何回も出かけ、戻るたびに事務所の方をのぞいて

          いた。「さくら〜さくら〜」の歌や「蛍の光」の歌を歌って歩いたりした。

          急に無言になることもあったとのこと。

          帰宅中の小学生について行ったりした。

      −−◎4時から、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。いろいろしゃべりながら

          歩いていた。

      −−◎全体を通じて、まあまあ安定した気分だった。

             

2004.2.18(水) 晴れ

      −−◎7時30分起き。

      −−◎ゴミだし、など家事。薬を飲ませて朝食。

      −−◎私の診察のため病院へ行った。

         母さんを世話するため、ヘルパーさんに来てもらった。母さんと家にいてもらって

         もいいのだが、中途で母さんが 私を探したりして、どこかへ行ってしまうと

         いかんので、私に付いて行きヘルパーさんもいっしょに来てもらった。

         母さん、はじめは待合室で待っていたが、私が診察室にはいると車の方へ行き

         車内で 他の車のナンバーを見たり、ぬいぐるみ遊び、をしてもらった。

         私の体調はOKだった。

         戻ってからは、ボール投げ遊び、家の周辺を散歩、をやってもらった。

      −−◎午後からは郵便局へ行き、花屋さんで鉢植えを2個買ってきて部屋に飾った。

      −−◎3時30分から苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

          一日を通じて気分は落ち着いていた。

         

2004.2.19(木) 晴れ

      −−◎6時40分起き。母さんは7時10分起き。(特に別記がないときは同時に起床)

      −−◎8時26分から、田圃方面へ散歩。

         散歩中“発見”して、私に言ったこと。(いつものことだが普段書いてないの今日は書いてみる)

         片方の軍手、つぶれた空き缶、散歩中の犬(4回=4匹)、電線の上のからす、

         ゴミ袋を突いて喰うからす、すずめの集団、ヘリコプター、看板(単独看板と店そのものの

         看板を読んで10ヶ所以上)、生け垣の上にあった赤い手袋(小学生の落とし物か)、

         自動車のナンバー、自動車に書いてある社名、水路にいる白鷺、田に集団でいた鳩、

         飛び散ったガラスの破片、ねこ(3回)、赤い寒椿の花、墓石の碑名、

         表札を読んで「○○さんの家や」、

      −−◎朝の内は、作業用小道具の捜し物をしていて、母さん相手をしてやれなかった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

          散歩に連れて行ってもらった。その他は停車中の車の中から屋根の上に寝そべっている

          ねこを観察したり、ぬいぐるみ遊びをしてもらったり、「さくら〜さくら〜」と歌を

          いっしょに歌ってもらったりした。室内の掃除機かけをしてもらった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          何回も散歩に連れて行ってもらい、車の中で、ぬいぐるみ遊びをしてもらったり、

          歌を歌ったりした。散歩に いつもと逆回りで行った時、ヘルパーさんに、

          「こちらへ行くといいんやよ、気にせんでもいいよ」と言って“案内”したとのこと。

          家の周辺の道ならば まだ覚えているらしい。

          ※午前も午後も、機嫌良く過ごし、人との(ヘルパーさん)接触があり、外界の

          動きにもふれて、生き甲斐と延命に役立っていると思う。

      −−◎午後 火災保険の期限が近いので、保険屋さんが来訪、話している時母さんが

          3回その脇を通った。その時「ちょっと失礼」と言って通過した。

          このワンショットだけ見ると、いまだ 傍目には母さんが病気であることがわからない

          ような仕草だった。

      −−◎夕方は いつものように苧ヶ瀬の池へドライブ兼散歩に行った。天気も良く

          暖かかったので「寒い、寒い」は言わなかった。「恐かった」と言うのも5回くらい

          言っただけ(いつもよりとても少ない)だった。

       

2004.2.20(金) 晴れ

      −−◎6時40分起き、

      −−◎7時26分 田圃方面へ散歩。

      −−◎9時30分デイサービスへ、2人で行った。ひとりで居るようにするために試験中、

          今日は10時30分までいて席を外した。室内をあちこち“移動”していたそうだ。

          ペーパーフラワーに興味を示していたとのこと。

          迎えに行った時は機嫌が良かったので、母さんの行動にかかわらず、対応は

          適合していたらしい。

           −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          暖かい日で“散歩”に4回出て行った。

          ヘルパーさんが髪をカットした後だったという。

          母さん「あっ 長かったのに 短くなってしまったねー」と言い、変化に気づいたよう

          だった。ちょうちょを見つけ「黄色のかわいいのが飛んどる」と言った。

          話しをしていて、母さんの古い知人で、最近はあったことのないT・Mさんのこと

          を言っていたとのこと。

      −−◎2時30分、木曽川河川敷公園へ久しぶりに行き散歩。 −−◎散歩中に言ったこと。

           「くしゃくしゃになってまったで放っておいた。」

           「恐かったけど我慢しとった。」

           「くちゃくちゃになってまったで捨てた」

           「だんだん解るようになって来た」

      −−◎歯磨きと就寝の矛盾。

          歯磨きをたやすくやった時、その日は歯磨きをしなくてもいい、とした日は、

          「じゃー寝ようか」と言い、2階へ行き、床に付き、静かになるまでの時間は

          5分くらいである。

          歯磨きを失敗すると就寝時刻が遅くなる。

           10時 ブラシを用意して 就寝前の歯磨きをするように言った。

           3回すすめたがやらなかった。機嫌が悪くなったので、取り止めて 

           寝るように 言い2階へ連れて行った(1回目)が、床に付かず下へ降りていった。

           あっちへウロウロこっちへウロウロしていたので、もう一度 連れて行った(2回目)が

           床に付かず降りていってしまった。私がそのまま事務所の方にいると

           「おい おい」と私を呼びに来た。 連れて行き「さあ寝ようか」とすすめた(3回目)が

           床にはいらず、降りた来てしまった。で「もう知らないよ、呼びに来ないで」と言い

           放っておいた。2・3ふんするとまた「おいおい」と呼びに来た。

           「じゃー、寝ようか」ともう一度2階へ行った(4回目)。今度は床に付いた。

           床に付いてから「さくら〜さくら〜」の歌を(正確でない歌詞を途中まで)15分くらい

           歌い続けていた。ひとつの歌を30分くらい歌うのは昼間良くあることだが...。

           静かになり5分経過した時刻が10時50分だった。


2004.2.21(土) 晴れ

      −−◎7時00分起き。

      −−◎7時35分、田圃方面へ散歩。2月にしては暖かく、コースも自宅近くまで戻ると

          「暑い 暑い」と言っていた。

      −−◎生協配送日。

      −−◎岩戸公園散歩に行った。

      −−◎3時〜苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

      −−◎その後、家では、諸用をしていて お相手をしてやれなかったので

          「おっちゃん おっちゃん」「ちょっとおいでよ」「おいおいおい」と事務所をのぞいては

          言い続けていた。「おいおいおい」には「おいおいおい」と返事をし、

          10分に一回くらいは、そばまで行って、2分か3分隣の椅子にかけて、

          しゃべっていることを聞いてあげた。

      −−◎暖かくなると 母さんは 頭が働くようになるか、または願望が強くなって

          の結果か知らないが 滅多に開けない玄関の落とし錠をはずして外へ出ていった。

          追っかけていく私を見て 土曜日で昼から家にいた娘が「あははっ あははっ」と

          笑ってみていた。母さんの“知恵”と“行動”をたたえての笑いである。

          それで、300m以内の家の周辺を“散歩”してきた。

          3日ほど前も いつもは「重い 重い」と言い開けることが出来なかったシャッターを

          開けて外に出た。私が付いていくと 会心の笑みを浮かべて「開いた、開いた」と

          歩き始めた。あまり喜んでいるので、何かを言うことも出来ず、「快挙だなー」と

          言い、あたりを一周してきたことがあった。

      −−◎風呂に入るよう、すすめたが、脱衣を払いのけて拒否したので中止した。

      −−◎歯磨きは すんなりやった。


2004.2.22(日) 曇り

      −−◎9時30分、田圃方面へ散歩。少し歩をのばして、先日写真屋「ピカイチ」へ

          頼んでおいた写真プリントをもらってきた。50分くらいかかったから3.5Km

          くらい歩いたことになる。

      −−◎岩戸公園散歩。

      −−◎夕方は苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

      −−◎「恐かった 恐かった」と言った。その他には「だんだん解るようになってきた」

          「こわれてしまった。」 「バカになるとあかんで」とも言った。

          母さんの前では、病気のことは、はじめ1年くらいをのぞいて言ったことがない

          のに、「バカになるとあかんで」との言葉が どうして出てきたのかわからない。

      −−◎本日の歩行、約7Km。

      −−◎風呂は はいるよう 用意して すすめたが はいろうとしなかったので 中止した。

      −−◎歯磨きは 拒否したので こだわらずやらないで寝させた。すぐ静かに寝た。


2004.2.23(月) 晴れ

      −−◎6時40分起き、母さんは8時00分に起きた。

          昨晩、就寝時、寒がりの母さん電気こたつをつかんで出して脇によけた。

          私「今日は こたつはいらないか?」と聞くと「うん」と言うのではずしてあげた。

          ※私は冬でもこたつは入れない(当地方では就寝時こたつを入れる人と

          入れない人がいる)、母さんはひよっとすると 5月末ころまで こたつを入れて

          いたことがあった。病気後は室内も暖かくし、立ったままでいることも少なく

          散歩も多くするし、靴を履いたままでいる事も少ないので、足が冷える

          事が少なくなったのかも知れない。

      −−◎8時40分 ゴミ出し、生協回覧袋など持って行き、その足で田圃方面へ散歩。

          少し風はあったが、この季節にしてはあたたかし。一昨日(2.21)から梅の花の

          つぼみが出始めている。周知のことであったが 母さんが「梅が出とる」

          と言ったので私は「あーっ梅やー」とおどろいた。

      −−◎母さん朝食、久しぶりに布団干しなどし雑用を済ませた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          “散歩”に連れて行ってもらった。

          私の配達とシステム点検作業があって、ヘルパーさんに同行してもらった。

          母さんが 相手先事務所のものを さわったりして 気にかかることはあったが

          「どこかへ行ってしまう」とかの 事件はなく無事 終わってきた。

      −−◎3月の計画について、ケアマネージャー来訪。

          「靖子さん、靖子さん」と呼んでみえる声が聞こえたので、母さんが2階へ行ったり

          していたので ヘルパーさんが母さんを何回も「靖子さん」呼んでいると思って、

          私は黙っていた。5分以上経ってケアマネージャーさんがのぞかれたので 

          「あっ」と言いそちらへ出ていった。気づかぬ事とはいえ大変失礼した。事があった。

          ケアマネージャー氏の話は 3月の計画と、散歩中に踏切が2ヶ所あり、

          母さんが無理矢理通ろうとすることもあるので 今までは幸い事故はなかったが

          事故の可能性もあるので方法を考える必要があるとのことだった。


2004.2.24(火) 晴れ

      −−◎7時起き。

      −−◎8時25分から、朝の散歩。試みにコースを変えて、西方面へ住宅地を

          通り抜け 駅まで行き戻ってきた。時間は23分だった。田圃方面よりは

          短いが踏切を通らないで行くことが出来る。

          問題は本人が「外出」となると 北方面へ行っていた習慣を変えて 西方面へ

          誘導できるかどうかということである。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          “散歩”に2回出た。

          「となりのトトロ」のビデオを見たり、停車中の車の中でお話し。

          途中、私を見に来たが二階に行っていて いなかったので 不安な表情に

          なり、口数も少なくなった。あと顔を見て安心した様子。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          はじめに踏切のない“散歩”コースを案内。

          用事があって、いっしょに那加駅前まで出かけた。

          室内でボール投げ遊びをやってもらった。

          そのあと、田圃方面へ散歩に行き、ヘルパーさんについていってもらった。

          機嫌が良く、ヘルパーさんに母さんが「危ないで こっちへおいでよ」とか

          行っていたそうだ。

      −−◎4時苧ヶ瀬の池へ散歩。

      −−◎母さんの気分は良かった。

         

2004.2.25(水) 晴れ

      −−◎7時起き、

          西方向、駅まで散歩。(18分)

          今日は特に予定のない日、娘が学校が休みになり、友達E子が来て一日遊んでいった。

      −−◎11時30分ころから、苧ヶ瀬の池へ散歩へ連れて行ってやった。

      −−◎戻って昼食を済ませた。午後は別の所へ連れて行ってあげようと思っていたら

          システム点検依頼の電話がかかり、点検に行った。

      −−◎その際、母さんをいっしょに連れて行ったが、(相手先事務所には了解を付けている)

          事務所にはいるとすぐ出てきてしまい、じっとしていなかった。出先でひとりで外に

          出たら迷ってしまう。強く引き留めたがなお出ようとしたため 一旦自宅へ戻ること

          にした。自宅へ戻り、娘に見ているように言い 再度出かけた。

          シャッターは内側から施錠しておいた。店(=今は母さんの居室)と娘のいる部屋

          の間には中窓があり、見えるようになっていて、母さんも家に誰かいれば

          「おるおる」と安心しているし、娘の方からも 何かあれば見える。

          帰ってきて聞いたところ、娘に「おいおい」と言ったり、娘やお友達を チョンチョンと

          突いたりして、機嫌が良かったと言うことだった。

          私に「あにゃまんを待っとったの」と言っていた。

      −−◎本日もだいたい気分良く過ごした。

          薬はすんなり飲んだが 歯磨き、風呂は中止。

              

2004.2.26(木) 晴れ

      −−◎7時起き。風呂に入らないので、いつものように下体下着だけでも替えさせようと

          脱がせて、洗濯した衣服と交換した。パンツだけはいて、階下へ行ってしまい

          ズボン下とズボンをなかなかはこうとしなかった。私「それでは寒いからお散歩

          にも行けないよ」とかいろいろ言ったがはかなかったので「ここにおいておくよ」と

          私ば他のことをしていて、5分後くらいに見てみるとズボンははいていたがズボン下

          が残っていた。娘に手伝わせて、はき替えさせた。いつも5分とかからないことに

          40分以上経過した。

      −−◎西方面、住宅地の中を、駅まで散歩、機嫌良く歩いて18分で戻ってきた。

          家にはいると すぐに外へ出て、北の田圃方面へ向かって歩き出した。

          私「どこへ行くの?今行ってきたばかりや」と言うと 「うんうん」とは言っていたが

          足は先へ進んでいた。結局いつもの田圃方面へいろいろな物を見ながら行って

          くることになった。戻ってくると今度は椅子にかけて、休憩していた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

          はじめのうち小雨だった。外に出たが「あっ雨がふっとる」と言い停車中の車の中

          に乗り込み、お話しとか居眠りとか(暖かくなったせいだ)していた。

          市中まで用事でいっしょに行ってもらった。

          戻ってから もう一度散歩に。気分は良かった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          何回もほとんど散歩に出ることで過ごした。

          踏切で電車が往復来て、一本目は待つことが出来たが、2本目を待つことが出来ず

          ヘルパーさんに抱かれる事になり(安全第一だから、気分を害してもや無を得ない)

          線路のこちら側だったので、家へ母さんが走って戻ってきた。

          もう一回は「おっちゃんが呼んでましたよ」と言って、踏切通り抜けを防いでもらった。

          その他、いろいろおしゃべりをしたり(時間と空間を超越して意味不明の事も多いが)

          して気分良く過ごした。

          ヘルパー(C)さんが母さんの記事の載った新聞の切り抜きを持って来てくれた。

          ※病的に緊張状態である時(そのときの扱いがどうこうということに関わりなく、

            ヘルパーさんが 誰それだ ということにも関わりなく)に 踏切の

           通り抜けをしやすい。私が追っかけていった時も そういうことがあった。腕を

           つかんで少し戻り横道へそれたりした。

      −−◎夕方、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

          その後は食品スーパーへ買い物。

      −−◎2.24(火)夜、8時ころ、岡崎市に住む、親戚の○○○○子さんから、電話があった。

          私の父方の従兄弟(従姉妹)は27人いて私が最年少、で私と同世代はその子たちの

          階層で60数人いる。何か連絡があるとすればこの階層の人たちで○○○○子さん

          もそのひとり。

          お見舞いの言葉とか、親戚情報とか、田舎にいた人たちの情報を得た。

       

2004.2.27(金) 雪 曇り

      −−◎7時30分起床。このころから雪が降り始めた。

      −−◎8時20分、傘をさして散歩に出た。寒かったので家の周辺15分程度に留めて戻った。

      −−◎9時30分 デイサービスへ連れて行き40分くらいいて10時15分に母さんを預けて

          一旦自宅へ戻った。

          私が帰ったすぐ後に 何回も入り口の方に行っていたが そのうち落ち着いてきて、

          職員の人、他の通所者の人と笑顔で過ごした。そうだった。

          来週(3月)から週2回行く予定。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          家へ帰ってからも機嫌が良かった。“散歩”に一回出て、室内でボール投げ遊び

          停車中の車の中で お話ししたり、ぬいぐるみ遊びをしたりした。

          「さくら〜さくら〜」を歌って、時々、首を揺らしてリズムを取っていたそうだ。

          帰って行かれる時になっても「ここへ すわりゃー」と椅子をすすめていた。

          車が出て行ってしまった後、「もう帰っちゃったの?」と言い、追っかけていこうと

          したので手を引いて「また今度来るって」と留めた。

      −−◎母さんに即して考えてみて訓練は可能か?。

          仮説=わずかに可能である。

          ニューロンは再生されないがシナプスは再生される。残存ニューロンを駆使して

          情報処理に努める。

          言葉を介さない、野生レベルの問題であるが、そのレベルではわずかに記憶は

          保持され、習慣を再生する。

          デイサービスにひとりで いることが出来るようにすること。

          “散歩”に連れて行く時、危険の少ないコースを行くようにすること。

          その他、生活に必要事項。

          進め方は本人の気分や願望を尊重して行うことが大切か。

      −−◎2.24(火)のこと、夕方、母さんが「おいでよ」と言うので言ってみると、

          リンゴをむいて皿に載せていた。うまくむけていた。そぶりで「切って 芯を取ってくれ」

          と言っていた。「わーっ きれいにむけたね、みんなで食べようか」というと

          ニコニコ喜んでいた。

      −−◎病気後、3月、4月ころになると行動が活溌になることが多い。

          1年目は、私は 病状が悪化して、常とは違う動きをしている と思っていた。

          2年目は、春先は病気が悪化する と思っていた。

          3年目に、その時の動きを総合すると これは体と共に頭も働きもよく働くように

          なっていると思った。(しかしその動きが、世話する私に都合の良いこと

          ばかりではないが...)

          暖かくなると、頭脳の働きは活発化するが、整合性を保つ部分が壊れてきているので

          「異常行動」となるようだ。

      −−◎歯磨きは 簡単にやり始めた。

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        東京の Y・A 様 お便りありがとうございました。(2004.2.27)
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2004.2.28(土) 晴れ

      −−◎7時30分起き。

      −−◎西方面 駅まで散歩。

      生協配送日、

          朝食後もう一度散歩。

          そのあと10分くらいボール投げ遊び。

          あいだは母さんがテレビを見ている間に家事。

          ※テレビはNHKの幼児番組や子ども番組、学校放送番組を録画しておいて、

          昼間の むつかしい番組しかやっていない時は 見ています。

          夕方は木曽川河川敷公園へ行き散歩。

      −−◎夕食を準備している時、「こわれてしまった こわれてしまった」と言った。

          私「何がこわれたの?」と聞いたが「わからん」と言う。言葉を換えて

          「誰がこわれたの?」と聞いたら、人差し指で自分をさして「わたし わたしが」

          と言った。私「そうか、でも大丈夫、わからんことは おっちゃんがやってあげるから

          聞けばいいよ」と言った。「うん ありがと」と言った。

      −−◎母さんがぬいぐるみを手提げに入れて持っていた。手提げの手を通すところから、眼を

          のぞかせているみたいに入れてあげた。「あーっ おもしろい のぞいている」と言った。

          「昨日もあんなふうにしていた。」そして「うふふっ うふふっ」と笑っていた。

          このようにして見せたのは3日前だった。他の時にここ数ヶ月は、このようにやった

          ことはない。昨日と言ったのは3日前のことらしい。「おもしろい」と思ったことを

          光景として覚えていたようだ。

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        東京の R・A 様 お便りありがとうございました。(2004.2.28)
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2004.2.29(日) 雨 のち 曇り のち 晴れ

      −−◎母さんは6時30分起きた。私は7時30分起き。

          雨のため、散歩には行かず、車で30分ほどまわってきた。

          それから朝食、

      −−◎古新聞を整理していた時言っていた。「おっちゃん このあいだありがとうね。

          また がっばってやるで」と。

          ※このような“意思表示”をしたことは珍しい。「頑張って」は禁句となっているので

          私も娘も言ったことがないのに...。自己を見つめる目が一時的に働いているようだ。

      −−◎昼ころ、30分ほど車で外出した。

      −−◎今日は何かいろいろな物を持ってきた。紙ひなさまに飾ってある菱餅 

          缶飲料の紙ケース、ガラスコップ、スプレーの臭い消し、ボール投げ遊びのボール、

          バトミントンのスポンジボール、古い新聞、ミカン。

      −−◎ お米をかしている時「おっちゃん ありがとう」と言った。

      −−◎2時ころから晴れてきたため、3時から苧ヶ瀬の池に散歩に行った。

      −−◎店(=今は母さんの居室)にゆりの花を飾った。花屋の近くに 「大判焼」

          の看板があり、母さんは「おおばんやき おおばんやき」と言った。

          で大判焼(=たいやきと同じ材質のもの)を求めてきた。

          はじめ ふたりで1個ずつ食べた。母さんは その1個食べて 2個目を食べかけて

          少し残したまま 3個目を食べかけて、少しして残っていた2個目のを食べてしまい

          3個目の残りと4個目をちぎって皿に並べて「おっちゃん食べやーよ」と言った。

          私「ありがとう」と言って食べた。が大判焼を2個続けて食べるのは、ちょっと...。

          という感じだったが、母さんは3個続けて食べたことになるが....。


2004.3.1(月) 曇り

      −−◎6時30分起き。

      −−◎娘は友達N子と○○市へ遊びに行った。

      −−◎ゴミ出しの日、生協の回覧袋を次の人のところへ持って行き、出たついでに、

          西方面へ散歩、曇り空で少し寒かった。母さんはパンの朝食。

      −−◎9時30分に、デイサービスに連れて行った。中へはいり、皆さんと顔を合わせた時は

          気分も良く笑顔で元気だったが、椅子にかけて少しすると無反応になった。

          30分ほど経過したら、少しぬりえをしたり、返事をするようになった。

          たぶん、月曜日としては初回で通所者のメンバーが金曜とは違った人がいて、

          その人たちの動きを観察していたのだろうと思う。

          しゃべりに反応するようになったので10時15分ころ、席を外して、私は家へ

          戻ってきた。

          たぶん「呼び出し」ないだろうと思って、残っていた家事を処理した。

         「おいおい」とか「ねー、ねー」と言われないで作業をすると、意外にはかどるものだ

          と思った。

          施設での状態。私がいなくなると30分くらい。出入り口と、トイレや室内を行ったり

          来たりしていたという。そのあとは、まわりの人の会話を聞いていたり、体操に

          にこやかに参加していたとのこと。

          11時45分に迎えに行き、昼食を食べてから帰ってきた。

          昼食中も、帰ってからも、ニコニコしていたから、私が見あたらないことで軽い

          不安はあったが、穏やかに過ごしたと言うことだろう。

      −−◎帰ってからは、もう昼食は食べた後なので、周辺へ散歩に行った。(40分くらい)

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          梅の花を見ながら散歩に連れて行ってもらった。

          そのあといっしょに粗大ゴミセンターまで行ってきた。

          ぬいぐるみ遊び、もう一度“散歩”についていってもらった。

          気分はまあまあ良かったようだ。

          「疲れた、疲れた」と言っていたそうだ。「今日は忙しかった。雪かきもしたし」とも。

          たぶん、新メンバーを観察したり、体操をしたりして、緊張したのだろう。

          それと”雪かき”は1ヶ月くらい前の積雪の時のことだろう。

          「疲れた」と言う割に 動きは元気なのでどの程度の意味合いで、

          言っているのかわからない。「暑い 暑い」とか「寒い 寒い」と口癖のように

          言っているのかも知れないし。

      −−◎4時から苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

      −−◎1年とか1ヶ月のまとめに“総括”と言う言葉を使用したことがあった。

          通常の意味では、経過をたどり、まとめ、良かった点 不充分だった点を

          明らかにして、これからの行動に生かしていく。と言うことだ。

          うっかりしていたがこの“総括”と言う言葉、1970年代ころ、

          当時の不良学生=暴力学生集団が 人を亡き者にするために用いたり、最近では

          オームもこの言葉を使っていたという。時の経過の中で汚れてしまった言葉のようだ。

          日本人は汚れた言葉に対して新しい言葉を編み出す技を持っている。

          厠(かわや)、雪隠、お手洗い、WC、トイレ、音衣礼(おと・い・れ=おトイレ)

          まだまだあるがこの辺で....。

          総括の意味が彼らに汚されようが、言葉は厳然と存在するが、あえて使わなければ

          表現できないと言うないようでもないので、さしずめ “今月のまとめ”くらいに

          しておこうかと思う。

         

2004.3.2(火) 曇り のち 晴れたり曇ったり

      −−◎7時55分起き。母さんは8時20分起き。

      −−◎田圃方面へ散歩(40分)。あちこちにある 梅の畑からは 香りがただよってきていた。

          数日、夜間に雨が降ったが、つぼみが白く見えている程度だったので、雨にもやられず

          開花したようだ。

      −−◎岩戸公園へ散歩。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          “散歩”に付いていってもらった。停車中の車の中で お話し ぬいぐるみ遊びなど。

          散歩中に母さんがヘルパーさんに「危ないで こっちに来やぁ」と言ったり、

          室内で「ここに座りゃー」と椅子をすすめたりしたとのこと。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          何回も“散歩”に連れて行ってもらった。途中 バイクが後ろから近づいてきた時、

          母さんが「危ないで こっちこっち」と言いヘルパーさんの手を引いたとのこと。

          娘が花粉症で医者に行ったので、往きだけ乗せていくために、ヘルパーさんも

          いっしょに行ってもらった。

          停車中の車の中で、お話しと、ぬいぐるみ遊び。

          何回も“散歩”に行っていて戻った時、事務所の方をのぞいて小さい声で「恐かった

          恐かった」と言っていた場面があったが、終わりがけに 時間になったので、

          遊んでいる車の方へ呼びに行ったら、楽しそうにしゃべっていて車から降りつつ、

          私にも 楽しさのお裾分けをしようとしていたので、「今日はおもしろかったねー」

          と言うと喜んでいた。

          ※2人のヘルパーさんとも楽しくすごした。母さんが健康時に言っていた「気配り」

          の働きが 残されていることがわかった。

           −−◎(娘の花粉症=以前から有り中学卒業時の季節に

          症状が、鼻水、涙、くしゃみ、咳と最高に達したが、その後季節の発症前に

          治療を開始し手当をしてほとんど症状が見えなくなった。)

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩。時々「寒い 寒い」「恐かった 恐かった」と言っていた。

      −−◎夕食準備時に、何か言って、「はははっ はははっ」と笑い出した。

           病気1年目くらいにあった 笑い現象の再現か?と思ったが今後の成り行きを

          見ないとわからない。

      −−◎昨年は 夜昼 反転が起こっていたが、今年はその気配はなかった。時計を

          意味的に見ることが出来ているようだ。「もう10時だ」「今○○時や」と言っているし

          「12時やから昼(食)だね」と私が言うと「うん」という。ただ朝食を7時とか8時までに

          食べず9時半とか10時になるので、時間の確認は昼食の準備にかかる「号令」

          みたいな物なのだが...。

      −−◎本日の歩行は約7Km。総じて楽しくすごした。


2004.3.3(水) 晴れ ひな祭り

      −−◎7時30分起き、

      −−◎ひな祭り だがここ数年おひな様を出していない。紙のヒナ様で代用。

      −−◎8時40分から、9時予約の、県立岐阜病院へ診察に、注射をしてもらいってきた。

          注射は「痛い 痛い」と言っていたがなんなくやってもらえた。先生に「日本経済新聞」

          記事の切り抜きを読んでもらうよう渡してきた。9時9分に終わった。

      −−◎久しぶりに喫茶「チボリ」に行き、休憩してきた。厨房に 母さんの知り合いの

          ナガヤさんがいて、ニコニコし手を振って合図をしてくれた。母さんもニコニコ手を振った。

          続きに岩戸公園へ散歩に行き、帰宅してから田圃方面へ散歩に行き戻ったのは

          11時30分だった。

      −−◎軽食を済ませ、銀行へ公共料金等を支払いに行き、1時30分娘が学校から帰宅し

          3人で、昼食。後は娘の買い物でいっしょに出かけた。

          店(=今は母さんの居室)には、みんなの靴がいっぱい散らばっている。

          最近では脱出防止を考えて店のシャッターだけを出入り口にしているため

          履き物が集まっているのだ。娘が廊下から店への通路に立って、母さんに「くつ取って」

          と言った。母さん床にある二種の靴を指して「靴か、靴ならそこにあるがね」と

          言った。娘はもう一つの通路にある靴が必要だったらしい。

          娘「むこうにある紺色の靴」というと、母さん「これか?」と取ってくれた。

          娘「それそれ、ありがと」と靴を履いた。

          私に「すごいすごい。わかるのやわ」と言った。

      −−◎3時から、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。「寒い 寒い」とか「恐かった 恐かった」

          と言いつつ歩いた。そのように言いつつも 歩くこと自体は恐がっているようではなく

          普通に歩き、その言葉の合間に、目に入る犬や 湖面にいる野生の鵜や、

          すれ違う子どものことを、話していた。

      −−◎夕食時は「今日はお雛様の日だよ」と言い、飾ってあったひし餅とか、甘酒とか、

          抹茶プリンとかを加えてみんなで食べた。ひな祭りの歌をうたった。

      −−◎夕食後、娘がいたので、私は7時から9時まで寝た。母さんは時々二階へ来て、

          私の額に手を当て「熱い、ちょっと待っとってね」と言い下へ行った。

          母さんは自分の手が冷たいため私の額が熱く感じ、熱を出したと思ったらしい。

          で濡れタオルを下へ取りに行ったつもりだが、そのまま忘れてしまったようだ。

          二回目来て「だいぶぬるくなってきた。」と言った。母さんの自分の手が、暖かく

          なっていたようだった。「それがいいわ おっちゃんが一番だいじやで」といい

          下へ降りていった。


2004.3.4(木) 晴れ

      −−◎7時起き。

      −−◎娘は友達L子とY子と○○○へ電車に乗って遊びに行った。

          田圃方面へ散歩に行った。散歩中に 娘から「L子ちゃんが間に合わなかった

          どうしよう」電話が来た。

          「どうしようと言われても、なにもできないよ」と言ってやった。1時間後に

          メールで「L子ちゃんが20分後の電車に乗ったので合流できた。」と連絡があった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

          散歩に2回行ってもらった。寒かったのであまり遠くへは行かなかった。

          停車中の車の中でぬいぐるみ遊びやお話し、さくら〜さくら〜の歌や、

          ひなまつりりの歌をうたっていた。

          「ミトオばあちゃんは そうガミガミ言う人じゃないで」と何回も言っていたとのこと

          ミトオばあちゃんはすでに10年くらい前に亡くなられておられるが、母さんの中では

          生きておられることになっている。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          散歩は短いコース、長いコース、と何回も出た。踏切手前で遮断機が下がり、

          母さんが コースを変えようとしなかったので、「おっちゃんがのぞいたよ」というと

          家へ走って帰ってきた。保険屋さんが来たので母さんに「外へは行けないよ」と言うと

          停車中の車の中で いろいろ お話し。

          「としこさんにいろいろ相談した」と言っていたとのこと。まだ独身のころ

          最初の店を出した時のことを思い出していたらしい。

          母さん今日ははじめ事務所へ来たり、台所へ行ったりして避けていたが、

          後半1時間は、いっしょにいて お話ししたりぬいぐるみで遊んだりしていた。

          ”あと5分”で戻った時、なにやら声を出して笑っていたので、後半楽しくすごしたようだ。

      −−◎4時から苧ヶ瀬の池へ散歩に行ってきた。

      −−◎今日全体では、だいたい 穏やかに楽しく過ごした。

      −−◎新語を憶えた。

          昨日のこと、母さんとぬいぐるみ遊びをしていて、

          ぬいぐるみのねこが体をはい上がっていく時「よじ、よじ、よじ」とかけ声を欠けて

          登るよう遊んでいた。そうすると母さんが「かわいい」と言って喜ぶのでそうしている。

          「よじ、よじ、よじ」は我が家の最近の造語で擬態語であるが、最近その動作をすると

          母さんも「よじ、よじ、よじ」と言うようになった。新しい言語の獲得である。

          蓄積された大量の言語が失われるのと平行して少数ではあるが獲得される言語もある

          と言うことを示している。


2004.3.5(金) 晴れ

      −−◎母さんは6時ころ起きた。私6時40分起き

      −−◎7時40分、田圃方面へ散歩。母さんは先ほどから手提げなど持ち、内側ドアを

          開けて 外へ出る準備万端。

          寒いと持ったら田には霜が降りていた。田の水田たまりは氷っていた。

          「寒い 寒い」と言いながら、歩いていた。いろいろ“発見”する物はいつものごとし。

      −−◎9時30分、デイサービスに連れて行った。30分いて母さんの気分が

          場所になじんできたので10時に席を外してきた。

          その後のようすは、玄関の入り口へ行き室内へ戻りを繰り返していたが

          1時間くらいしたら落ち着き 人形やキューピーを見て「可愛い」といい、他の人の

          会話を聞いて笑い声を立てていた。あとは昼食時まで落ち着いていた。

          今日は娘が迎えに行った。

          係の人に「家でも トイレをのぞいたり、台所へ行ったり、二階へ行ったり、

          外への出入り口をのぞいたりしています。迷惑することはありませんでしたか?」

          と聞いたところ、「室内で移動される分にはちっともかまいません。」とのことだった。

          昼食を食べて帰ってきた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          停車中の車の中で お話し ぬいぐるみ遊びなど。

          朝の散歩コースへ散歩に行ったもらった。JR線の列車が来たので引き返してきた。

          途中、溝に 白サギがいるのを見つけ「おった おった」と大きな声でヘルパーさんに

          知らせたそうだ。

          室内の掃除機かけをしてもらった。

      −−◎午後から 本巣のばっちゃの家へ遊びに行き、土筆(ツクシ)とたまごをもらってきた。

          夕方は苧ヶ瀬の池へ散歩に行ってきた。「寒い 寒い」とか「恐かった」とか

          「おっちゃん ありがとう」とか言っていた。

      −−◎ぬり絵。

          このごろ ぬり絵が少ししかできなくなった。花なら 花びらの一枚を私が塗ってあげ

          それをまねして次の一枚を母さんが塗ると言った案配である。それも気が散ると

          最後まで塗らない状態である。

      −−◎夜就寝1時間ほど前「気持ち悪い」と言った。

2004.3.6(土) 小雨 曇り 晴れ

      −−◎7時20分起き

      −−◎田圃方面へ散歩。

      −−◎生協配送日。

      −−◎岩戸公園へ散歩。

      −−◎昼食後、12時から2時まで、私は昼寝、母さんはその間テレビを見たり、上へ行ったり

          トイレをのぞいたり、ウロウロしていたが別に支障はなかった。

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

          帰り途中に、食品スーパーに寄ってきた。

          母さん今日も時々笑顔で元気だった。


2004.3.7(日) 晴れ

      −−◎7時起き。

      −−◎娘はサークルがあるとかで学校へ。

          昼間「ちびさんどこへ行った?」と3回くらい聞いた。そのたびに

          「いま 学校へ行っているけど」と答えた。うち一回だけ「良かった 良かった 

          どうしようかと思った。」と言った。

      −−◎8時37分、田圃方面へ散歩。天気良く、「寒い 寒い」とは言っていたが、「春の風」

          で数日前よりも寒く無し。梅の花が 紅 白 薄黄色と梅畑で今さかり。

          母さん「いっぱいある」とか言って立ち止まり、香りを感じていた。

      −−◎今日は薬はたやすく飲んだ。

      −−◎昼食は1時30分から、

      −−◎3時から苧ヶ瀬の池へ散歩。いつものように「恐かった 恐かった」と言っていたが

          歩くこと自体や 風景を恐がっているようでもないようだ。

          その他に「壊れてしまう」とか「ぐちゃぐちゃになってしまう」とも言っていた。

      −−◎このごろ歯磨きはすんなりやるようになった。歯磨きペーストは使用せず、

          ブラシを水でゆすいで手に渡し、口元までもっいってやり、

          「さあ、それなら 歯磨きしようか」と声をかける。「それなら」に特別の意味はなく

          反動をを付けるリズムみたいなものだが。一定磨くまで私は黙っている。

          少し前のこと 磨きはじめたので「あー良かった磨いたね」と言ったら、

          その途端に もう終わっていいのか と母さんが思ったのか、ブラシをゆすいで、

          棚においてしまったことがあった。

          普通1分30秒から2分くらい磨いている。

      −−◎アルツハイマー病の患者が 「思いのまま」すごせば快適である。

          しかし快適のまますごすと、事と次第によっては 自然の摂理によって、逆襲される。

          人間は、自然の摂理をわずかだけ超えることによって(または摂理を事前に

          察知しそれを避けることによって)、存在している。

          早い話が母さんの場合、当面は 風呂 歯磨き 着替え 薬を飲むなど(いやなことは

          今後他にも出てくるかも知れない)である。放置すれば皮膚病や虫歯になることは

          明らかである。幸いにしていまのところ無かっただけのことである。

          良いか悪いか知れぬが、時々、私が「結果良ければ良し」として、強制または

          強要して執行する。本人の気分によって、“強要”でない時もあるが。

          

2004.3.8(月) 晴れ

      −−◎7時05分起き、

      −−◎田圃方面へ散歩。3分の1コースをまわった。犬とねこ、バス待ちの幼稚園児に

          関心有り。

      −−◎風呂にはいらないので下体衣類のみ交換。

          一枚ずつはかせてあげるようにとってあげて、パンツだけはいてうろうろ、

          ズボン下だけはいてうろうろ、ようやくズボンをはいて、この間20分。

          母さんが10分くらい、怒ったようにしていたので、放っておいたら、

          「おっちゃん おっちゃん」と言ってきたので、「おいおい」と返事をし次の行動に移った。

      −−◎薬を飲ませて(すんなり飲んだ)、パンを少し食べている間に私は雑事を済ませた。

      −−◎9時30分、デイサービスに連れて行った。今日は15分くらいいて席を外してきた。

          私が帰った後は、室内を行ったり来たりしていたが 席に戻り 他の人の話しかけに

          笑ったり、体操に参加したりした。職員の話にも興味を示し 笑ったりすることも多く、

          総じて穏やかに過ごしたとのこと。

          ※もし入り口にのみ 張り付いているなら、帰りたい願望が強いが、行ったり来たりして

          自分の席に戻ったりするのは、場所になれてきたことのようだ。自分の家みたいに、

          行ったり来たりしているのだろう。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          はじめ駅方面へ散歩に行った。ボール投げ遊びを10分くらいやった。その後は台所や

          事務所、二階へ行ったり来たりしていて、店(=今は母さんの居室)へは

          2回くらい行った。私が「店の方でいっしょにやっておいでよ」とか

          「向こうでいっしょに散歩に行ってきなさいよ」とか言い、40分間言い続けたが

          そのようにしなかったので、時間切れになり工作を終了した。

          いろいろな日はあるが、長期的な観点から見れば、こんな日もあり、無益ではない。

      −−◎4時から苧ヶ瀬の池へ散歩に連れて行った。

        −−◎物の数、

          母さんがパック入りのたまごの数を数えて「10個あるね」と言った。缶ジュースの

          空き缶が卓上においてあり、手で指して2回数え「5個ある」と言った。実際の数と

          一致していた。列車とか 鳩とか 停車中の車とか 外で遠く離れたところにあるもの

          は実際の数よりも 1個多く答えているが、手で触れる範囲にある物は正しく

          数えられるようだ。


2004.3.9(火) 晴れ

      −−◎6時40分起き。

      −−◎昨晩は歯磨きをせず。昨年3月くらいから、自由に任せていたら歯磨きを

          しなくなっていた。昨年12月に私が指図して磨かせるようにした。はじめ数日

          磨かなかったが、このところ毎晩磨くようになった。5回目に1回か、一週間目に

          一回、実行行為として磨かないことがある。(いやだとも磨かないとも言わないが

          事実上磨かないこと)。以前とくらべれば、磨く日が多いので無理はさせないでいる。

          ただ口臭がひどいので、接する人に不快感を与えないように、と私は思っているが

          本人は頓着していない。

      −−◎田圃方面へ散歩。途中 庭に出ていた リサちゃんのおばあちゃんと挨拶し、

          洗濯を干していた うどん屋さんのおくさんと挨拶。このごろ近所の人が、

          病気であるとわかってくれて、利害を超越して笑顔で挨拶してくれるので

          母さんも機嫌がいい。

      −−◎税金の申告時期が近づいて来た。母さんの発病前は、それぞれ別々に確定申告書

          を出していたが、去年からは母さんが私の扶養家族として申告している。

          若年性アルツハイマーの「障害者控除」をするためには市町村の証明が必要

          と書いてあったので、市役所へ「証明」をもらいに行くことにした。

          行くに先立った電話で問い合わせたところ...。

          係「そう言う事例は知らない」

          係「身体障害者手帳、等のある人」。

          係「65歳以上の人で障害の程度が障害者に準ずる人」

          係「となっていて、特に『証明』することについて書いてないので、内容について、

            検討、問い合わせし、ご返事をしますから、時間を下さい」との返事だった。

          ※新しいことや、事例の少ないことは、市のそれを担当している人でも即座には

           わからないものだ。と思い返事を待つことにした。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          停車中の車の中で お話しや ぬいぐるみ遊び。

          母さんの側の席から空に自衛隊の飛行機が見え、「大きいのが飛んで行ったょ」

          ヘルパーさんの側からは見えなかったので「私からは見えなかった」と言われると

          母さん「そりゃ残念やったね...。大きかったんやて」と。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          冬タイヤ交換のため、脇田自動車へ 母さんもヘルパーさんに付き添って

          もらって行った。

          車を預けて3人で車屋の周辺を散歩してきた。車屋と打ち合わせがあったので

          2人で行ってもらったところ、少し歩いた後で、母さんが車屋へ戻る方向とは

          反対方向へ、反対方向へと進んで行ってご心配を掛けた。

          春先で行動力が増してきている現状では、5分以上待たなければならない仕事の

          ための用件に連れて行くのは当分無理かと思った。

          家へ帰ってから、家の周辺を3人で散歩して来た。自動車屋さんに行った時は

          緊張した表情だったが、家へ戻る車の中や戻ってからは 絵顔の表情で

          帰られる時は「バイバイ」などして楽しくすごした。

      −−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩。

          今日、交通事故直後のつぶれた車のある光景を2カ所目撃した。(気を付けねば)

      −−◎今日は車屋へ行き景色が変わり緊張したのをのぞけば、楽しく穏やかにすごした。

          興奮状態に陥らず“緊張する”程度には、変わった景色の刺激も必要かとも思う。

      朝、薬は普通に飲んだ。寝る前の歯磨きもした。


2004.3.10(水) 晴れ

      −−◎6時50分起き。

      −−◎薬を飲んでから 8時、田圃方面へ散歩。

      −−◎9時30分朝食。

      −−◎市役所から「障害者控除」に関係する証明書発行についての解答があった。

          (昨日、問い合わせていたもの)
      ---------------------------------------------
          (要   旨)

          福祉事務所ではなく市長が証明する。

          証明する範囲は ○身体障害者手帳を有している者

                     ○精神障害者保健福祉手帳を有している者

                     ○65歳以上の人で障害の程度が障害者に準ずる者

          となっていて あなたの奥さんに それに該当しないので発行されない。

          別個の事項ですが、○精神障害者保健福祉手帳を手続きに従って申請して

                       おとりになるか。

                      ○「知的障害がある」との医師の診断書を税務署に呈示して

                        承認を得るか。

          ですね。
      ----------------------------------------------
          との解答で当市としては、発行されなかった。

          で私としては診断書を使っていくことにした。

      −−◎今日はいい天気だったので、布団干しをした。

      −−◎郵便局等へ行き、出たついでに岩戸公園へ散歩に行ってきた。

      −−◎母さんの今日の気分は 笑顔もあり、落ち着いていた。

                          

2004.3.11(木) 曇り

      −−◎7時50分起き。

      −−◎田圃方面へ散歩。注意していると 頬に雨が落ちるのを感じる程度の雨。

          歩くに支障なし。

          水路に 60センチくらいの角の取れた川石が落ちていた。(この場所はコンクリート製の

          水路で普通川石はない)「でかい石がある。...このまましとこう...持てーへんで..」

          と言っていた。

      −−◎薬はなんなく飲み、朝食。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

          何回か散歩にいってもらった。梅を見ながら「きれい!、いっぱいのっかっとる」

          と言ったり、しだれ梅の前で立ち止まり、「見事やー」と見とれていた。

          あとは停車中の車の中でお話ししたりぬいぐるみ遊びをしたりした。

          途中少し不安な表情があったがすぐ元に戻った。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          昼からも散歩に何回か行ってもらった。今まで行かなかった道を行ったり、

          猫が出てくるとそれについて行ったり、急に走って引き返していたりしていた。

          音に敏感に反応し 道路工事中の“音”をいやがって戻ってきたりしていた。

          終わりがけ、私と3人で岩戸公園へ散歩に行った。

          車の中で、学校帰りの小学生が見えた。それをきっかけに言ったことは。

          「大丈夫やよ...ちゃんと言っといてあげたから...私がお母さんに..

          これこれこういうふうやでと言ってね...」と。

          もし この話に 筋書きがあるとすれば

          「子どもが 何かを話し それについて母さんが助言した。そのことについて

          その子の母親にも話しておいた。」架空の話しで、目に見える看板の字句などを

          折り込んで話していた。

          こういう話しをヘルパーさんにしていた事はこの人に「話せる心境」になってきた

          と言うことで重要なことである。

      −−◎雨が降り出しそうだったので 苧ヶ瀬の池の散歩は行かなかった。

          娘が学校から帰ってきていたのでドライブに連れて行ってくれた。

          「宝塚」のビデオを見ていて椅子を立って近づき手で腰のあたりをトントン

          たたいてリズムを取って見ていた。

          母さんの気分は 晴れの日は軽く、今日のように雨の降り出しそうな日は沈む。

      −−◎母さんが このごろ時々「もう終わりや」という。どういう文脈の中で、何に対して

          言っているのか不明だが、そう言っている。

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        静岡県の S・K 様 お便りありがとうございました。(2004.3.10)
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2004.3.12(金) 晴れ

      −−◎7時30分起き。

      −−◎田圃方面へ散歩。梅の花に関心有り。

      −−◎9時30分、薬を飲んで(すぐ飲んだ)から、デイサービスへ行った。

          少しいてから、席を外してきた。

          そのあとは1時間くらい、入口やトイレの方へ行ったり来たりしていて、席に座り

          笑顔が戻ってきた。職員の人を「お嬢ちゃん」と呼んだり、手を引いて「こっち来て」

          と言ったりした。体操も参加し部分的に体操の動作をした。食事中も入口の方へ

          行ったりしたが、笑顔で過ごした。小物をあっちこちへと移動したりもした。

          昼食気分盛り上げ介助には娘が行った

          ※うちでも二階へ行ったり、トイレをのぞいたり、小物を移動したり、ジッとしていない。

          不安表情になったり、私に呼びかけて「にこっ」と笑ったりする。

          気を取り直して体操にも参加していると言うことは、その場所に慣れてきたものと

          思われる。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          散歩に行ってもらった。暖かい日が続いていて、寒い日が来たので「寒い 寒い」

          と言って歩いていた。そのあとは停車中の車の中で お話し ぬいぐるみ遊びなど。

          時々、私を探しに家の中へ来て、また車に戻り、楽しくすごした。

      −−◎2時から、精神障害者保健福祉手帳、や障害者年金等について相談のため市役所へ

          行ってきた。(申請するかどうかは、検討して決める)

          二つの課へ行き40分以上かかった。母さんは脇に座って、私が時々話しかけては

          いたが、おとなしく待っていてくれた。

      −−◎4時30分から、苧ヶ瀬の池へ散歩。冬至のころとくらべると、日没が1時間30分ほど

          遅くなり、帰りはまだ充分明るかった。

      −−◎ケアマネージャーから連絡あり。

          母さんの“散歩”時の交通安全について、(詳しくは後日相談)

          4月の計画について


2004.3.13(土) 晴れ

      −−◎生協配送日。

      −−◎娘は近所の(中学の同級生・他大学の学生)M子とA子と 近くのどこかへ遊びに行った。

      −−◎布団干し。

      −−◎部品購入等で 母さんといっしょに外出。

      −−◎駐車場の片隅の鉢植えの桜が咲いた。11日に2輪咲いていて、今朝半分咲いた。

          昨年は3月12日咲いたとの記事があったので、ほぼ同日と言うことになる。

          我が家の鉢植えさくらは 周辺ちまたの梅の開花とほぼ同時期だ。

          ちまたでは 今梅が盛り。

      −−◎3日前、以前に描いた「まねきねこ」の絵を持って来て「これ私が描いたんやよ」と

          私に言った。私「そうだったね 上手に描いているよ」と言った。

          ここ数日この絵を持ち歩いて 今日も「これ私が描いたんやよ」と言っていた。

      −−◎母さんがテレビを見たり上へ下へとウロウロしている間に2時から3時まで私は

          昼寝した。

      −−◎5時岩戸公園散歩に行った。

      −−◎このところ「安定期」と言うか何というか? 本人に無理強いしない環境で、

          本人の気のおもむくままに存在している限り、気分は落ち着いている。

          時々 私に「おいおい」と言ったり、「どっかへ行こ」と言ったりして....。

      −−◎絵を描くこと。

          1998年 8月(53歳)−病気の徴候有り

          1999年 8月−−−−若年アルツハイマーと診断

          2000年 8月−−−−病院のリハビリで週一回 または 2回静物画を水彩で描き始めた。

                         家でも 風景画などを一回描ききりで描き始めた。

          2001年11月−−−−引き続き継続し、開始から数えて200枚くらい描いた。

                         このころになって 時々 トラブって部屋を出てくることもあった。

          2001年12月−−−−次第にモデルを紙に書き写すことが困難になってきた。

                         病院の「お絵かき」リハビリは中止した。

          2002年 1月−−−−すぐ別の方法で 何かをはじめると良かったが、手間取った。

                         市の「障害者訓練施設」各種のリハビリをやっていると聞き

                         そこへ行こうと思った。

                         この施設は 当時実は介護保険は無関係だったのに

                         「介護保険が必要」との誤った情報を私が他から得ていて(当の

                         施設に直接聞いていれば間違いもなかったのに)介護保険証を

                         得るのに3ヶ月かかって、当の施設へ出向いたところ

                         介護保険は関係ないが そこへ通所するための手続きが必要

                         とわかり、それに2ヶ月かかり許可が来たのが6月6日だった。

          2002年 6月−−−−“毎日でも来ていい”と言うことだったが、週2回くらいにして、

                         スケッチブックと色鉛筆を持って行った。組紐、皮細工等もやった。

                         3回くらいは順調にいったが、そのうち長時間いることが出来なくなり、

                         30分くらいで飛び出してしまうことも、何回かあった。介護保険も

                         あったしヘルパーさんの同行もOKと言うので、代わりに行って

                         もらったが2回くらいは なだめてもらって、昼過ぎまでいたが、

                         30分くらいで飛び出すようになった。

                         秋ころ お絵かき としては介護保険の訪問介護の時、いろいろ

                         すすめてもらったが、1枚を書き終えるに至らなかった。

          2003年 3月−−−−一枚の絵(皿に置いた果物の絵)を別の紙に 写して書くよう

                         母さんに言った時、皿と小さい丸と軸の痕跡はあるが、まともに

                         写せなかった。

           2003月 5月−−−−市の施設からは「制度の見直しで介護保険のある人は受け入れ

                         出来ない」ようになったのでと断りの連絡があった。

          2003年7月−−−−−デイサービスに行き始めて、そこでみなさんぬり絵をやって

                         おられて母さんもぬり絵をやり始めた。2回か3回目くらいまでは

                         自分でぬれたが、そのうちだんだんぬれなくなってきた。

          2004年3月現在ぬり絵を ぬるについて、色鉛筆を手に持たせてやるとぬる状況である

          ※「アルツハイマーの人は いろいろ手だてをしても 結局功を奏さず衰えていく」と

            言われている。それは長期的に見れば冷厳な事実である。でその事実を前にして、

            どう行動するか(生きるか)は様々である。

            健康人の多くの人はその人自身の生き方について、意識的にも、無意識的にも

            「どうせ死ぬのだから、どうでもいいや」とは考えない。(きわめて少数例外を除いて)。

            「何かを残したい」とか「何かをやり通したい」とか「楽しく生きたい」とか「何か世間に

            役立つことをしておきたい」とか「その他」とか考えている。

            同様に 病気であり、衰えていくことがわかっていても、病人および病人の頭脳の

            働きの一部を代行する者は当人の生き甲斐を考えていく。

            今はほとんど描けなくなってしまった母さんの「お絵かき」だが、この取り組みは

            充分意味があったと考える。

            健康時、油絵の道具などを持っていたが、描いたことはなかった。店のポップなどを

            自分で描いていた。何か描きたいと思っていた。

            ○上手にはならなかったが 描きたい気持ちと楽しみを満足させた。

            ○色鉛筆で塗る機能は部分的ではあるが保持されている。

            経過でのトラブルやつまずきは、機能の低下にともなって現れてきたもので、私も

            私の範囲で援助したが致し方ない。

            今描けなくなってしまっているが 本人の気分に添って、本人の楽しみに添って、

            積極的行動をすすめたことは もっと先の時点での評価はいざ知らず

            さしあたりの評価として 良かったことだと思っている。

            「まねきねこ」の絵を持って来て「これ私が描いたんやよ」と私に言った。


2004.3.14(日) 晴れ

      −−◎田圃方面へ散歩、

      −−◎「タカラズカ」のビデオを見ていた。

      −−◎午後 久しぶりに 木曽川河川敷の公園に行き散歩。1時間15分(5.4Km)

          ほど歩いた。

      −−◎新聞報道によると厚生労働省は介護保険について「見直し」と称して

          家事援助を廃止する、との改悪案発表した。福祉予算の削減をするもので

          容認できない。「筋力向上」もとより大切である。合わせて「心の活動の向上」

          も大切である。だから家事援助廃止というふうにはつながらない。

          自立については、自立の方向に進むことの出来る要介護者とアルツハイマーなど

          「能力の低下が死ぬまで続き自立の方向には進み得ない」要介護者もいる。

          「自立」と言って、病気の症状で能力低下にのみ進む要介護者を

          見捨てる「政策」は容認できない。

      −−◎テレビで50年前からの流行歌をやっているのを母さんは見ていた。

          「梓みちよ」とか 「鶴田浩二(録画)や」とか言って、知っている歌手が出てくると

          声に出して言い見ていた。

               

2004.3.15(月) 晴れ

      −−◎朝の散歩に行った。

      −−◎デイサービスに行った。

          私が中座してかえると、45分くらい、入り口へ行ったり、トイレの方へ行ったりしていた。

          人形やコップ、キュウピーちゃん、色鉛筆などを持って行って、イスや、机に置いたり、

          洗面所においたりしていた。その後はイスに掛け、「キュウピーちゃん、かわいい」とか言って

          笑顔ですごした。母さんが自分から、お風呂の中の様子を「一回行って見ないかん」と言い

          「でっかいねー」と言いながら風呂場を見てきた。Nさんから「顔拭いてみようか」と行って頂き

          笑いながらムードで顔と首、手、を拭いてもらった。体操も少し参加。

          一回だけ「ちびちゃん どこ?」と言ったとのこと。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          散歩に付いていってもらった。

          ボール投げ遊びをしてもらった。岩戸公園へ車で行ってきた。

          帰った後も また散歩に行き付いていってもらった。

          いつも私の方を気にしていたとのこと。

          母さんがヘルパーさんにいろいろしゃべっていた模様で、順次親しさが深まってきている

          ように見える。

          −−◎生命保険屋さんが来た。

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩

      −−◎母さん薬も飲み、歯磨きもした。おおむね機嫌良く、元気だった。

      −−◎本日は 私が納品仕事で忙しかったので記事は後日暇な時に、この欄に追加。


2004.3.16(火) 晴れ

      −−◎朝 細畑駅方面へ散歩

      −−◎薬はたやすく飲んだ。朝食。洗濯。布団干し。その他。

      −−◎私の仕事で加工インクリボン(=旧型インクリボンカセットが販売中止のためカセット枠

          のみを再利用し原材リボンを加工して巻き取り装置でセットする)の作業が昨日終了

          したので、午前中にD社へ母さんを連れて納品してきた。母さんは機嫌良くトラブル

          はなかった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          駅方面へ2回、家の周辺へ2回散歩に付いていってもらった。

          散歩途中、ヘルパーさんがポケットティッシュ落とされたのを、2回目に通った時母さんが

          見つけた。ヘルパーさんが「あっこれ私のです。ありがとうございます。」と言われた。

          母さん、おどけて「わ・た・し・の・お・か・げ・か・な?」と言い、2人で笑いながら

          散歩したとのこと。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          午後からは暑くなり、(母さんはジャンバーを「脱ごうか?」と言っても脱がなかった。)

          「暑い、暑い」と言っていた。気温の上昇のためか動きは活溌になり、何回も散歩に

          付いていってもらった。途中保険屋さんが来て、母さん何回も 入り口を はいったり

          出たりしていた。

          保険屋さんが帰った後は、県立病院へ書類申請に行った。母さんは直接行く必要は

          ないが、いつもいっしょなので私に付いていきヘルパーさんに付いていってもらった。

          それなりに調子は良かった。

      −−◎上記の時間中に今日も保険屋さんが来た。

      −−◎上記の時間中に県立病院へ書類のことで行ってきた。

      −−◎4時17分、苧ヶ瀬の池へ散歩に行ってきた。

      −−◎今日の様子「暑い 暑い」とか たまに「疲れた」と言っていたが その割元気で

          「活動的」だった。


2004.3.17(水) 晴れ 薄曇り

      −−◎母さんを連れて診察に行った。行程の沿線にスーパーマーケットが開店し集まる客の

          交通渋滞に巻き込まれ、混んでいても30分で行けるところが1時間以上かかった。

          春先になって、母さんの行動が活発化し、「診察待ち」を待ちきれず3回ほど「外出」した。

          診察は聴診を拒否した。血圧は測定できた。病気の現時点なりに体調は変わっていない。

          食欲=1日を通算すると充分。おやつは甘いものを食べすぎないように注意している。

          睡眠=母さんは10時に寝て、6時30分ころ起きる(早い時は5時30分。遅い時は7時30分)

          風邪=今冬は罹らなかった。

          血圧=健康時より低めだったが その値で安定している。

      −−◎いつもの散歩は行った。

           −−◎今日は活動は活溌だが、困るような異変は無かった。


2004.3.18(木) 雨 のち 晴れ

      −−◎雨のため、朝の散歩は無し。

          家の中で、あちらこちらへと行っていた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

          停車中の車の中で ぬいぐるみ遊び、新聞の折り込みチラシ広告の文字を読んだり

          していた。時々「おもしろいね」と言って笑っていた。

          雨が上がって散歩に付いていってもらった。

          私は30分間昼寝。散歩から戻った時私の姿が見えなかったので事務所と台所の方を

          行ったり来たりしていたとのこと。私が降りてきたらほっとした様子だった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          母さんが私の手を引き車に乗り込んだので、ついでに郵便局へヘルパーさん

          もいっしょに行ってもらった。

          午後は雨が上がっていて散歩に付いていってもらった。

          「雨が降ったから 水たまりができた。」と言っていたとのこと。

          そのあと 苧ヶ瀬の池への散歩にいっしょに行ってもらった。母さんを私の横ではなく

          後部座席に乗せて行ったところ、ヘルパーさんとよくしゃべっていた。

          池を一周してきた。梅の花のところでヘルパーさんに「みごとや」とか言っていた。

          良くしゃべるようになってきて、笑う場面も増えてきた。

          たいしたことではないが...。

          なにかコンクリート(セメント)が固まる時のようなものを連想してか

          「カチンカチンになってしまうんやて...動かすとぐちゃぐちゃなにってまって...」

          「じゃー 動かさんようにしんといかんね」(動かさないようにしなくてはいけないね)

          「いやー そうでもないけど」

          「じゃー しんでもいいんやね」(動かさないようにしなくてもいいのやね)

          急に母さんの語調が低いトーンに変わって「それはいかんて そういうことは」と言った。

          私は 母さんは またまた独自の世界の中で、訳のわからぬ「思い」を展開させて

          いるのだろう。と思った。

          語調の変化が気にかかり見てみるに 自分の言葉以外では前後の連続性を考える

          ことが出来ず、聞いた単語に、反応することがある。で「死んでもいいんやね」と聞き

          違えていたようである。

          10秒後には、別の「独自の世界の思い」をヘルパーさんに話していた。

      −−◎お風呂に入れた。

          あまりに、ひどかったので 母さんが風呂にはいれるよう衣服等の用意をした。

          はじめ 笑顔と説得で風呂にはいるよう促した。はじめ2分くらいは「はははっ」

          と言っていたが そのうち「風呂」のことがわかり 返事をしなくなり、二階へ行き 

          店(=今は母さんの居室)へ行き、と行ったり来たりしていた。

          笑顔の姿勢は崩さず事務所で待っていた。3分おきくらいに事務所をのぞくので 

          「ふろにはいろうか?」と促した。そのたびに プイッと向こうに行ってしまった。

          50分ほど経過したところで 私は気がすすまなかったが 衣服に手を掛け

          脱がせてやった。右腕を噛みつかれそうになった。結局大声で威嚇し実力行使で

          脱がせることになってしまった。脱がせる時間は10分とかからなかったが

          床に座り込んで、動かなくなってしまった。無理に立たせて、浴室まで連れて行くと

          いきなり浴槽にはいった。(温度は急にはいっても大丈夫にしてある)

          いつもと違っている点は、ジーと私を見て 態度を硬化させたままでいたことだ。

          洗ってあげようとすると「いいから 外へ行っておって」と言う。

          もう一度「ぬるくないか?」とのぞくと、また ジーっと見ていて返事をしなかった。

          15分後「そろそろ出ないか?」というと「出ない」と一言。

          今日は暖かい日だったから、いいかと思い そのまま 台所で私は待機していた。

          浴槽から出てすぐ浴槽にはいり、を数回繰り返していた。一度入り口からのぞいた

          のでバスタオルを掛けてあげると、バスタオルのまま浴槽にはいろうとしたので

          はずしてあげて待っていた。

          たっぷり30分以上浴槽にはいっていたことになる。

          「5分すれば忘れる」と言うが30分後も硬化した姿勢を崩さなかった。

          外に出た後は、着衣はおとなしく、順番に着ていった。このごろはズボン下は

          折り返して足を通してあげ、下着は手を取って通してあげないとうまく着ることが

          出来ない。顔はホコリが落ちてきれいになっていた。

          出してあげたおやつは食べなかった。言語的な記憶は忘れても、

          野生の記憶は、忘れないようだ。

          このままでは 寝ないかも知れないと思って、遅かったけれども(発病2年目くらいの

          ひどかった時とくらべれば 遅いのもなんてことはない)娘に運転させて30分くらい

          ドライブしてきて寝させた。歯磨きは出さなかった。

          社会的な観点からすれば当然風呂に入れなくてはならない。しかし本人がこれほど

          抵抗するのに 風呂に入れることが、妥当かどうか疑問である。


2004.3.19(金) 晴れ

      −−◎朝の散歩はいつもの半分のコースを行った。薬を飲まなかったしあまりしゃべらなかった。

          昨晩の風呂の件で、機嫌が悪いような気がした。

      −−◎9時20分、デイサービスに車で行く予定だったが、母さんが車には乗らず、

          さっさと歩き始めたためそのまま歩いていった。20分くらいかかった。

          デイサービスでの様子は...。

          はじめ私といる時は、小声で数回「帰ろう帰ろう」と言い、入り口まで行ったり来たりして

          落ち着かなかった。職員の人の「声掛け」にも振り向かなかった。キュウピーを出して

          きてくれて、話しているうちに、気分が和んできた。私が「あにゃまんを連れて来るわ」

          と言うと「うん、そうして」と言うので席を外してきた。

          そのあとは....。

          ぬいぐるみやキュウピーをかかえてホール内を行ったり来たり...。職員の方をトントンと

          叩いたり鼻をつっついたり、笑顔でいた。「これは小さいよ」とか「男の子」「女の子」

          とか言っていた。人形が話しているように、人形を使い職員の人に話しかけ「ありがと」

          とも言っていた。手指訓練の時みんなで歌をうたい、母さんは「さくら〜さくら〜」の歌を

          みんなに手拍子を付けてもらってうたったとのこと。

          昼は娘が迎えに行き、一緒に食事をして、かえってきた。にこにこ顔で機嫌が良かった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          暖かい日で4回“散歩”に行ってもらった。花や猫、犬に興味を示し、たくさんしゃべって

          いた。家にいた時は、母さん台所からバームクーヘンを持って来て、

          ヘルパーさんに「今朝からあげようと思ってた」と言い「食べやぁ」と勧めたという。

          (※すみませんねー。うまくかわして下さい=文機)

          気分良く過ごした。時々「疲れた」と言う。

      −−◎午後 美濃市方面へドライブ。梅、桃、木蓮の花が咲いていた。


2004.3.20(土) 曇り

      −−◎7時50分起き。

      −−◎8時30分、田圃方面へ散歩。今 梅の花が盛り。よく見ると、満開の梅の木と、

          半分くらい花を残した木と、がくのみが残り遠くから見ると赤っぽく見える木とがある。

          散歩中人の人と挨拶した。その後母さんは朝食。

      −−◎生協配送日、特に混線無し。

          シャッターを開けると 生協配送車が停まっていて、母さん「あっ生協が来ている」と

          みんなに笑顔で会釈。このごろは 品物にさわらなくなって 特に混線はなかった。

      −−◎12時ころ、郵便局へ行った。

      −−◎午後は2時から、買い物(食品以外のもの)等で外出。母さんも一緒に行ったが

          気持ちをつかんでいれば特に支障はない。店内を“見物”してまわり母さんの眼

          を楽しませ、私は必要なもの のみを購入した。

      −−◎「疲れた」ということ。

          母さんがこのごろ時々「疲れた」と言う。この「疲れた」の意味は、

          非常に短時間のレベルの「感じ」の表現と思われる。

          通常 常人が(私が)例えば ちり紙交換屋さんが外を通り、声を掛けて玄関脇から

          数個の新聞紙の束を何回か往復し速やかに運んだとする。その場合

          呼吸は「ハー、ハーッ」している。この場合「疲れた」とも言わなくはないが、「フーッ」と

          くらい言って終わりだ。私だったら「フーッ」と言っているレベルの疲れ度を

          今の母さんは 感じるままに表現し「疲れた 疲れた」と言っているようだ。

          過去私が「疲れた」と言ったとすれば、その日1日の終わりとか

          週末の夕方、お付き合い的な意味で「疲れた」と言ったかも知れない。

          母さんの「疲れた」は 体調 行動 顔色から見て それとは全く意味が違うようだ。

      −−◎夕方苧ヶ瀬の池へ散歩。

          家を出てすぐ気づいたが母さん左右違う白と黒の靴を履いていた。引き返し

          「正しい」靴をはいてもう一度出た。いつもと変わらぬ光景を見つつ、しゃべりながら

          歩いた。


2004.3.21(日) 晴れ

      −−◎母さんは6時ころから起きて あちこちしていた。私は7時10分に起きた。

      −−◎7時40分、田圃方面へ散歩。日曜日で、通勤、通学の自転車や歩行者は

          少なかった。道路脇に大きい黄色のタンポポを二輪見つけ「わーっきれい」

          と言っていた。

          耕運機で田おこしををしている人が見えた。多人数で農用水路の

          清掃をしていた人たちもいた。

          他方、田園の中央を流れる幅15mほどの川(水路)がありこちらはいま流れが

          わずかしかない。

          その川を見て、母さん「なんかある」と言う。見ると流れてきた小枝に枯れ葉が

          からみついて 鳥の頭のように見えていた。

          私「あれは ゴミやよ」。

          母さん「全然違う、あれは」

          鳥だと思って見たら違っていたようだ。

      −−◎朝食。

      −−◎午前中は私が雑用をしている間、テレビを見たり、あちこちへ家の中で歩いたり

          していたが、11時から岩戸公園散歩に行った。二組の母子連れがブランコで

          遊んでいた。「かわいい、向こうへ行ってみよ」と言うので近くまで行きゆっくり

          通り過ぎた そばまでは行かなかった。「大事な子どもを遊ばせているのに」と、

          見知らぬ人に近づかれて 不審がられては大変と思って...。

      −−◎昼食後、雑貨、生花など買いに出た。私がレジに行こうとしたら、母さんは

          それとは違う方向へ行こうとしていた。無理に私の方へ引いて、レジまで行ったところ

          機嫌が悪くなってしまった。かごをおいたまま、もうひとまわりしてきて、レジを

          済ませて出た。少しトーンが落ちて、家に戻ってもそのまま続いていた。

          花を飾ったりしていたら治った。

          ※治ったと思っていたら続きがあった。私が洗濯を干しに2階へ行った。

          一緒について上がってきて、声を殺して小さい声で「いま 恐かったよ 

          ここに誰かおったやろ」と言った。恐かった私に関して 恐くない私に 報告して

          いるようであった。恐かった私と 恐くない私に分化してしまっているらしい。

          「もういないから 大丈夫だよ」というと「あー よかった」と言った。

      −−◎午後本巣のばっちゃの家へ行った。

          何か話していて、母さんが健常な娘の立場に立ってばっちゃに「それは、

          うまい具合にやってあげるで、そのままにしておきゃー」、とか言っていた。

          ばっちゃは「うんうん」と聞いていた。

          母さんが 私には菓子を持ってきて「食べやー」と出してくれた。

      −−◎夕方5時から 苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。「寒い 寒い」とか「恐い 恐い」とか

          行っていたがそれにこだわる様子もなく、足取りは軽く一周廻ってきた。

      −−◎母さんの思考の一端。

          夜、「タカラヅカ」を見ていて、ストーリーの中で数人が綱を張り「電車ごっこ」

          のようなことをしていた。母さん「幼稚園みたい」と言っていた。

          ”本当は大人であるのに、あの遊びは幼稚園の子どものようだ”と言っている。

          字の下手な人でも(私のことだが)他の人の字の上手下手を、識別できるように

          母さんはかなり、幼児っぽくなっているが、他の人の、大人 幼児は識別

          できるようだ。

         

2004.3.22(月) 雨

      −−◎7時20分起き

      −−◎雨で朝の散歩は中止。

      −−◎9時30分デイサービスに連れて行った。

          様子を見つつ途中で中座してきた。

          30分くらい経ったら笑顔が戻ってきた。玄関の戸を開けようとする回数は少なかったが

          ホールの中を あちこちすることは前回より多し。職員の背中をつっいて表情を見ようと

          し意思疎通を図ろうとしたようである。(さしずめ 我が家ならば「おいおい」と言って

          いるのと同じか?)「さくら〜さくら〜」の歌などひとりでうたっていた。表情もにこやか

          に過ごした。とのことだった。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15:29まで、

          雨で散歩には行けなかった。後半1時間 私が芥見のK商店へ品物を配達するため、

          一緒に行ってもらった。今回も前と同様、母さんを後部座席に乗せ、

          なるべくヘルパーさんと お話しやなどが出来るようにした。母さんいろいろのことを

          ヘルパーさんに話していた。

          わかる話は、車窓から見える看板の文字や、梅 桃 もくれん 道路端に植えられた

          パンジーの事など。

          わからぬ話は、母さんの独自世界で展開されている壮大なドラマの方だ。

          私にも半分以上はわからないが(経験から発することは私にはわかることもあるが)

          わからない話も本人が意欲を持って話しているので良しとすべきだろう。

          掃除機かけをしてもらった。

      −−◎今日も おおむね機嫌良く過ごした。

      −−◎手こずったほどではないが、夕方気温が下がってきて、「寒い 寒い」と言うので

          薄手のジャンバーを厚手のジャンバーに替えようとしたが、なかなか替えさせなかった。

      −−◎

      −−◎子ども(幼児期)の教育と アルツハイマー初期、中期の介護の中での

          基本的生活習慣の幼児における確立と、アルツハイマー病におけるその保持と

          よく似ている。

          違いは、幼児の生育過程は大筋においては 誰でも周知の方向経過をたどって

          いくのに対して、アルツハイマー病の場合は、進行過程は周知ではない。

          専門筋においてはいざ知らず 一般家庭では五里霧中から出発する。

          私の経験では、就寝(時間)、起床、着替え、食事、歯磨き、風呂、薬を飲むこと

          その他の身辺の習慣は初期 中期のうちに、習慣を崩さぬよう見守っていけば

          ある程度持続されるようである。個性はあるが 病気だから ただちにそれらが

          無くなってしまう と言うことは無いようだ。

          しかし実際は、「何の病気かわからない」と言う状態が1年間有り、派生する異変に

          対応し、家庭生活の諸側面に目を向けているうちに、習慣が崩壊し時はすぎた。

          歯磨きは最近復活させた。5回に1回くらいやらない時があるが、おおむね「勧め」

          に従って磨いている。もし、他に煩わせられない環境があり、習慣保持のため、

          周囲が病気に適合した「勤め」をするならば、その他の習慣保持も延長される

          かも知れない。

          少なくとも実力をもって、抵抗される度合いは軽減されるであろう。


2004.3.23(火) 晴れ

      −−◎7時起き。

      −−◎7時30分、田圃方面へ散歩。散歩はこのところ数回駅方面へ行ったが、

          「習慣」は変わらぬものと見えて、駅方面へ行こうとしても 私を田圃方面へ

          引っ張って行く。健康時から、市中へ行くのも、食品スーパーへ行くのも、

          本巣へ帰るのも 田圃方面と呼んでいる北方向へ行っていた。

          いつものごとく、風物を見て 歩いてきた。

      −−◎岩戸公園散歩。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          3回散歩に付いていってもらった。いろいろしゃべり掛けてもらったり、

          母さんの「お話し」を聞いてもらいながら歩いた。寂しそうな顔をした犬が

          庭先にいて、「さみしそうな顔をして、、、また来てあげるね」と声を掛けていたとのこと。

          楽しく過ごした。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          何回も散歩に付いていってもらった。一端戻るが、椅子に掛けることもなく

          またその足で出ていくと言う感じで、何回も行った。

          道端の花に足を止め、「この花 モクレンというのやよ」とか「お寺さんとこにもあるよ」

          とか言っていた。

          空き缶やゴミが気になって拾うこともあった。

          楽しく過ごした。

      −−◎苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。

      −−◎本日は 総じて言うと楽しく過ごした。だんだん活動的になってきた。

      −−◎ケアマネージャー来訪。50分くらい話し合った。

          ○少し前に 我が家に来てもらっているヘルパーさん(複数の事業所の数名の人)に集まって

           もらって、2時間あまりかけて 会議を開いて うちの母さんへのよりよき介護について

           話し合ってもらったとの報告があった。その内容について話してもらいA4用紙2枚の

           ワープロメモをもらった。

          ○訪問介護の時に関連して

           ◇リハビリ・遊び用の小道具について、

           ◇衣服の名前(迷子防止のため 過去ヘルパーさんに 書いてもらったが、

                   新しいものなど未記入のもあるので)、

           ◇交通安全特に踏切について

           ◇外での本人の飲料水について、

           ◇顔、手足拭き。衣服交換

           ◇店(=今は母さんの居室)と トイレの清掃

           ◇その他いろいろなことについて。など。

           ※感想、これまでの部分的な個々の点では“発展途上”を感じるところもあるが

           組織的な(関係者が集合し会議で意見を集約し、必要なことは実践していく。)

           取り組みをされているので、発展して行くだろうと思った。

                 また一定力を入れた手だてをうちの母さんのためにやってもらっているようにも感じた。

          ○デイサービスに関連して

           ◇「デイの職員は燃えている」とのこと

           ◇トイレのこと、(用を足さないので一日いることになった時、どうか?)

           ◇デイサービスで過ごす内容についていろいろ試みて良い方向に持って行きたい

           ◇その他

           ※感想、本人気ままに過ごさせてもらって、気分快適のようである。

            職員の人が そばを通過するたびにその場にあった挨拶(声掛け・合図・信号・

            肩たたき・ニコニコ)をして(どの通所者対しても同じだが)もらって、自分の

            家のように 母さんは振る舞うようになってきた。

            クールな目で見ると、職員さんの笑顔の維持継続は大変な事だろうと思う。

            誰でも出来ることではない。

            例えば 私が10年前、コンピュータの点検調整をしていて(当時は時間がかかった。)

            40分とか1時間、画面を凝視して変化を見逃さないようにしていた。「プロのこころ意気」

            と自負していたようなものかな。

            雑事は誰でも出来る、誰でも出来ることではないことが出来るかどうかが

            プロと素人の違いのようだ。


      −−◎介護の参考書について(目次の 関連-図書 に記載してあるもの)。

          私の見方の推移。

          ○始め−−これは参考になる と思った。

          ○その後−ちょっと違う と思った。

          ○今−−−著書というものは、平均的状態をモデルとして書かれている。

                 そのようなものとして見れば参考になる点はある と思っている。

          ※ 昨日も書いた育児の事と似ている。育児書でかかれていることは

            平均的状態であって、書いてあると通りにならなくても気にしなくてもいいように

            著者を責めなくてもいいかと思った。


2004.3.24(水) 晴れ のち 雨 曇り

      −−◎7時起き。

      −−◎8時、田圃方面へ散歩。

          薬は たやすく飲んだ。

      −−◎9時30分、ヘルパーさん(A)に来てもらって、私の病院診察で同行してもらった。

          来訪時、シャッターを開けると顔が見え、母さん「あーっ 来た 来た」と言って

          迎えた。

          私の体調には急変無し。

          母さんはヘルパーさんにうまいぐあいにお相手してもらって、機嫌良し。

          病院で小さい声で「さくら〜さくら〜」の歌などうたっていたとのこと。

          帰宅してからは20分くらい停車中の車の中で、ぬいぐるみ遊びなどしてもらった。

      −−◎昼食後、薬局へ行ってきた。その後2時間は、テレビを見たり、家の中で

          行ったり来たりしていたが、消沈、興奮などの事はなく、気分は落ち着いていた。

      −−◎3時、娘が帰宅したので一緒に、苧ヶ瀬の池へ散歩に行き、帰り際食品スーパー

          へ寄ってきた。

      −−◎「おっちゃん」について、

          なぜ「おっちゃん」と母さんが言うか?……話せば長い事ながら……

          娘は保育園児だったころから友達の家へ遊びに行っていた。友達も遊びに来た。

          娘がまだ小学生だったころも、そろばん お習字 塾などは毛嫌いし、友達の家へ

          行ったり来てもらったりしていた。習い事のある子も毎日行っているわけではない

          から空いた曜日には遊ぶ。そのメンバーは入れ替わり立ち替わりで3人か4人。

          遊びは聞いたところによると、ゲーム機ではない卓上ゲーム、切り紙工作、マンガ読み

          人形遊び、外では 小屋の片隅の「秘密基地」 自転車 一輪車 ボール遊びなど

          3年生か 4年生のころ その子どもたち数名が 我が家にきて、クッキーとか

          ケーキとかシュウクリームとかを作っていた。はっきりした記録はないが10回以上はあった。

          “監督”無しで子どもだけで 出来るはずもない。一緒に“指導”して作って

          あげているうちに 子どもたちの私に対する呼び名は「おっちゃん」になってしまった。

          幼児の時も、1年生、2年生の時も子どもたちからはそう呼ばれていたが

          お菓子作り以来より強固になった。

          覚えているのは PTAの雑用で学校に行っている時 O子ちゃんが廊下を駆けてきた。

          体を避けると、私の前で立ち止まり「○○ちゃんのおっちゃん、カミという字は

          どうやって書くの?」と。「紙か?」と書いてみせると「その字ではない頭のカミ」

          「えーっ、そんなむつかしい字書くの?...その字は 髪 と書くよ」「ありがとう」と

          駆けて立ち去った。(幸い髪の字は母さんの店に送られてくるDMにあふれていて

          知っていた。それと幸い当時は私も禿げていなかった。)(「学校にいるのに先生に聞けよ」)

          授業参観というものがあって、誰かが入室すると 前後左右の子が(本人も知っているのに)

          「○○ちゃん、お父さんが来たよ」とか「..ちゃん、お母さんが来たよ」とか肩を突いて

          小声で情報を知らせる習慣があったらしい。娘への情報は“お父さん”ではなく

          「...ちゃん、おっちゃんが来とるよ」だったらしい。

          その子たちが中学になって時折遊びに来た時も 「おっちゃん」だった。

          我が家の中では、友だちが来ている時娘も「おっちゃん」と言っていた。

          私が 呼称で権威を維持するたちではないので、(あるいは実質が問題であって“権威”

          さえも必要ではなかったが...)咎めもせず推移し、友だちがいない時も「おっちゃん」

          と言っていた。それが健康だったころの母さんにもうつってついに私が「おっちゃん」化

          してしまった訳である。(^o^)(^_^;)(^^;)。

              


2004.3.25(木) 曇り

      −−◎6時50分起き。

      −−◎7時46分、田圃方面へ散歩。水路にカルガモ発見。

      −−◎食事、薬はたやすく飲んだ。

          テレビの子ども番組を見ていた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、10:00から11:59まで、

          30分くらい散歩に行ってもらった。

          ハトを見て「チョコチョコ歩いとる」などいいながら、ちょっと寒かったけれど行って

          きた。停車中の車の中で、音楽を聴いたり、お話しをしたり、ぬいぐるみ遊びを

          したりしてもらった。

          車の中にあったコーヒービート(=チョコ菓子)を食べた。(昨日封を開けたもの)

          笑顔で過ごした。(私は30分昼寝した。)

      −−◎昼に、岩戸公園散歩に行ってきた。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          始め30分くらい2回散歩に付いていってもらった。

          母さんは 台所へ行ったり、事務所に留まっているので

          「そちらへ行って、いっしょに遊んでなさいよ」と店(=今は母さんの居室)の方

          を指して促した。店へ行くには行ったが、また台所へ行った。

          で ヘルパーさんと母さんが一定時間同席し会話、動きをできるよう、車に同乗して

          もらい、1時間10分ほど、まわってきた。

      −−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩。気分落ち着いていた。

          夕食、いつものことだがおしゃべりしながらの夕食。母さん「心構え」の上では

          娘に「うまい具合にやってあげるから」などと 母親をやっているときもある。

          何を「うまい具合にやってあげる」のかわからないのだが...。

      −−◎朝、娘が出かけるとき店にいる母さんに「そこの靴取って」と言うと、思っていた靴を

          取ってくれるので、その程度の会話は通じ、動作が出来ているようだ。


2004.3.26(金) 晴れ

      −−◎6時40分起き。

      −−◎7時15分、田圃方面へ散歩。

      −−◎8時朝食。食後の薬 たやすく飲んだ。

      −−◎9時30分、デイサービスへ連れ行った。ほとんどの職員さんをわかるようになって

          みんなから挨拶されて、はじめは ご機嫌だった。すぐ「じやーかえろうか」などというので

          名前の書いてある、ぬり絵を置き場から持って来てあげた。血圧を測るときちょっと

          気分が沈んだ。数分時が経ち キューピーさんなど貸してもらって、機嫌が治った。

          私は席を外してきた。

          動きは前回と同じようだったが、風呂場の方へ歩いていったとき、自分から「顔を拭く」

          と言って顔拭きをしたそうだ。笑顔であちこちの職員さんに話しかけ、動きは

          「落ち着き無かった」が 気分は落ち着いていて 穏やかだったようだった。

          今日は娘が 昼食の気分盛り上げのために行った。食後私が迎えに行くと、

          母さんが「まーここに座ってよ」と私を座らせ、私が「じゃー帰ろうか」と言うまで

          自分からは「帰る」と言わなかったので、居心地が良かったのだろうと思う。

          ※ ふと「もう行かない」という言葉が出たことがあったが、あまり問題はないと思う。

          イメージ的に言うと、デイについての 50個の記憶のうち2個か3個マイナス評価の

          記憶があったとする(どれも野性的記憶で言葉では即座には表現できないものであるが)。

          それが何かの話しをしているとき ふと 出たものと思われる。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

          散歩に一回行ってもらった。暖かかったが風が強く「ひゃぁー 風強ーい」とか言って

          歩いてきた。部屋の掃除機かけをしてもらった。その後は停車中の車の中で

          お話ししたり 「さくら〜さくら〜」の歌をいっしょにうたってもらったりして過ごした。

          時折ため息をついて「疲れた」と言ったとのこと。

          時間が来たので車まで見に行くと、何か楽しそうにしゃべっていた。

      −−◎3時、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。途中「恐い 恐い」と少し言ったが(いつも言っている)

          足取りは軽く、「足が痛い」とか「しんどい」とか、「疲れた」とは言わ無かった。

          鯉とか川鵜とか 散歩中の犬 まわりの風物に目が向いていた。


2004.3.27(土) 晴れ

      −−◎6時30分起き。

      −−◎9時30分、生協配送日。

      −−◎食事。薬はなんなく飲んだ。

      −−◎店(=今は母さんの居室)には大きな針の時計(=数字の出るデジタル時計では

          ないと言う意味)が掛けてある。1時間毎にメロディーが流れる。

          母さんは時刻を意識しなくなっているが、

          今日11時55分に「あっ もう12時や」と言っていた。その人間社会での意味が

          わかっているかどうかわからないが、私は「おっ、そうだよもうすぐ12時だよ」

          と答えた。

      −−◎12時、田圃方面へ散歩。いつものごとしだったが、いつもは「うどん屋さん」の

          前を通って我が家へはいるのに、ガソリンスタンドの前を通り我が家の前へ

          来たが、そのまま通過してしまった。あわてて付いていき、小径をを小回りするように

          仕向けもう一度「うどん屋さん」の前を通過して我が家へ来ると 自分でシャッター

          開けた。

          それから昼食。

      −−◎2時から3時半まで、母さんテレビ(今日は高校野球:テレビでの野球がいまや

          わからないようであるが、選手たちの動きとか応援の動きに興味があるようだ)とか

          あちこちとかしているうちに 私昼寝、母さんは見に来るが存在を確かめて降りていき

          じゃまをしなかったので、ゆっくり寝た。

      −−◎4時20分、苧ヶ瀬の池へ散歩。


2004.3.28(日) 晴れ

      −−◎7時30分起き。

      −−◎8時、田圃方面へ散歩。シャッターを開けて 数歩出ると、隣の焼き肉屋さん夫婦も、

          車でで出かけるところだった。私が「おはようございます」と頭を下げると(相手は車の中で

          たぶん声は聞こえなかったと思うが)中から二人して頭を下げられた。

          母さんもその車の方に向かって ニコニコして手を振っていた。ご夫婦、再度頭を下げて、

          出発された。

      −−◎室内でボール投げ遊び、約7分間。気分が乗れば続けてやることが出来、機能は低下

          していないようだ。

      −−◎柳津町のカラフルタウンへ、歌唱テープを買いに行った。なかった。(-.-;)

          駐車場から目指す店までは1Kmほど有り 各店を横目に見ながらの 兼散歩だった。

          数年前までここは田園地帯だった。2Km四方ほどの作られた街が出現した。

          日曜日で、肩スリ合うほどの人混みだった。旧市内の繁華街は、先日行ったときは、

          それと反対に人が少なかった。

      −−◎4時からは、苧ヶ瀬の池へ散歩に行った。畔の桜並木の桜は開花直前だった。

          梅はほとんど散っていたが 白の梅のみ残っていた。母さんそこの前を通るとき

          「きれいに咲いとる」と毎回おなじ言葉を出して言う。

      −−◎TV『動物奇想天外』にミナミゾウアザラシのみなぞう君が出ていた。

          母さんそれを見て「なすびみたい」と言った。

      −−◎3.25の朝の散歩の時、外に出て20m程行ったとき急に笑い出した事があった。

          すぐ普通になり、笑顔でしゃべり、歩き通したが、家まで100mほどのところで

          無口になり、そのまま家に入り、後は普通だった。散歩の全行程をまとめて考えると

          最初と終わりが いつもと違っていたので、記しておく。


2004.3.29(月) 晴れ

      −−◎9時30分、デイサービスへ連れ行った。始め2・3分は普通だったが、

          何故かあまりしゃべらなくなり、「帰る 帰る」と言いだした。

          いつもはここで 私が退席するチャンスを見計るのだが 今日は退席よりも

          気分を良くするその対策を考えた。40分ほど連れ出して、車に乗せて走り、

          散歩もして もう一度中へ連れて行くと、笑顔を取り戻した。

          私は県立病院へ書類をもらいに行く用事があって、席を外してきた。

          「黙りこくってしまう」のも この病気の 随伴症状のひとつで、常人ならば

          気にならない程度の日常行動の経過の中で発生する。何故だったかを考える

          ことは長期の目から見れば大切であるが、その場では“気分転換”だろう

          と思い連れ出した。

          で、常に平静であるのが不思議なくらいだから、時にこういう事もあるだろう。

          病気の進行にともなって 増えてくるかも知れない。

          介護保険と、私の妥協点で状況は経過していく。

          “散歩”のあと私が退席したが、そのあとひとりでいるときは、自分のペースを取り戻し

          笑顔でいたとのこと。

          娘が昼食の“賑わし”に行った。

          食後私が迎えに行ったときは、母さんニコニコして「ここに座りやぁー」とか言って

          “いまにも帰る”と言うような気分ではなかったので 大丈夫だろうと思った。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15:29まで、

          何度か“散歩”に行ってもらった。暑いほどの気候だった。花を見たり、小さい子が

          遊んでいるのに 声を掛けたり 楽しく散歩してもらった。ボール投げ遊びも5分か

          6分くらいしてもらった。残り30分は、市役所南事務所へ書類をもらいに 私が行き

          付いていってもらった。気楽に過ごしたようだった。

      −−◎4時、苧ヶ瀬の池へ散歩。さくらが次第に咲き始めていた。

          朝 薬すんなり飲んだ。夜の歯磨きは拒否してしなかった。就寝は9時55分すぐ寝た。

      −−◎買い物に行ったときなど、時々 母さんの思いのままの おしゃべりに はらはら

          することがある。「髪の毛ボサボサやー」とか「太っている」などと感じたまま言うことだ。

          一定の距離があるから聞こえないが、近くにいれば聞こえる大きさの声だ。

          髪の毛ボサボサは、本当にボサボサの場合と 最近流行のヘアスタイルである場合

          とがある。どちらにしても、「大きなお世話だ」と言われそうだ。

          太っている人については 普通の太り具合では言わないが 50人に1人くらい(お相撲

          さんに近い人もおられる)の人について 言うことがある。母さんは健康時は

          気配りのある人間だった。今も周辺の人には気配りはある。枠の外の人には

          無くなりつつある。外壁から崩れつつあるようだ。

      ※ 今日の言葉「奥さん 髭が生えているし、旦那さん めがね代をケチっている」(^_^;)


2004.3.30(火) 曇りのち雨

      −−◎8時、朝の散歩。駅方面へ。薬は飲んだ。

      −−◎郵便局へ。そのあと30分、岩田方面へドライブ

         午後から雨。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(A)、12:30から13:29まで、

         雨で散歩に出られず、停車中の車の中でお話し、「さくら〜さくら〜」の歌を

         自分で手拍子付けて熱唱。ヘルパーさんの車が端に停めたので、斜めになっていたのを

         見て 母さん「あんなに斜めになって大丈夫やろか?」と心配していたとのこと。

      −−◎ヘルパーさん来訪日(C)、13:30から15.29まで

          始め2・3分は機嫌が良かった。後は終始逃げていた。で途中花屋さんへ花を買いに

          行ってきた。花を立てているときは、それなりに動いていたが、また逃げていた。

          ※昨日デイに行ったときも「黙りこくってしまった」が 病気にともなう随伴症状のひとつで、

          何かをきっかけに現れるようだ。

          こういうときは放っておくか、気分転換だが 雨で 転換のきっかけも作れなかった。

          未来の高度に発達した介護環境ならば 英知の集積があり対応できるであろうが、

          始まって数年の現行のもとでは、無理な話だ。全国的な壮大な経験の集積によって

          やがて随伴症状の多くは解消されるだろう。

          来週は気分が変わって大丈夫と思う。

          ※それと病状の進行があるかも知れない。病状の進行そのものは、一定の速度で進行

          しているが その目に見える現れは急に段差を持って現れる。

          ここ半年の変化は、@デイに行き始め、ひとりでいる機会を作ったこと、A訪問介護の

          担当者が3人交代されたことなどがある。

          現状では新しい環境(事態)に対応する力はわずかに残っているが、環境の変化の方が

          大きいと脳が対応しきれなくなって、不安状況に陥るようだ。

      −−◎4時から本巣の ばっちゃのとこへ行った。母さん 駄菓子の袋の封を切って、

          私に「食べやー」と言い 自分でもポリポリ食べた。この動きは「自分の家」の感覚を

          保持している事を示している。娘にはその菓子をスプーンに載せ顔先まで差し出して

          「食べやー」と言っていた。娘は「いらない」と断った。

          6時15分ころ帰宅した。

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        愛知県の Yu 様 お便りありがとうございました。(2004.3.30)
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2004.3.31(水) 晴れ

      −−◎朝の散歩、駅方面へ。

      −−◎朝食、薬は飲んだ。

      −−◎娘は 友人2名と新入生歓迎のポスターを書いていた。

          I県のL子、S県のS子どちらも自宅通学をしていて通常は駅でバスに乗り換えて

          学校に行っているが、今日は娘が駅まで迎えに行き、我が家で作業をしたようだ。

          B紙2枚分くらいの大きさのポスターを書いていた。台板は学校にあるとのこと。

          母さん人が来ることが大歓迎でニコニコして迎えた。床に置いて書き始めると、

          母さん「おいおい」とばかりに背中をチョンチョンとつついていた。

          娘はあらかじめ「脳の病気で 幼稚園児みたいに 可愛くなっているから」と

          説明していたので うまく対応してくれて母さんご機嫌だった。

      −−◎午前中、岩戸公園散歩。モクレンの花が真っ白に咲いていた。母さんは

          私の手を引いてそのモクレンの下へ行った。背丈ほどに垂れ下がった枝に

          日射しをうけて白の世界に立ったような気分になった。

          「わーっ 真っ白 きれいや よかったよかった おっちゃん ありがとう ありがとう..

           恐かった 恐かった」と言った。

      −−◎今日は予定のない日で、周辺各地のさくらの見物に行った。良く咲いていたが

          そばで見ると つぼみが半分は残っていたから 5分咲き と言うところか。

          苧ヶ瀬の池も続きに行って、散歩。ここでも 「わーっ 咲いとる きれいや

          あー よかったよかった おっちゃん ありがとう ありがとう..恐かった 恐かった」

          と言った。金華山のさくらも見に行った。少し歩いて 持参のおやつを食べ、

          お茶を飲んだ。ここでも 同じパターンで “感動”を表現。

          堤防でも車から降りたが そこでは 感動の表現はしなかった。

          今日は3回喜んだことになる。なぜか あまり恐くなさそうだったが 最後に小声で

          「恐かった 恐かった」と言っていた。「恐かった」と言っていたのは、喜び過ぎと

          喜び過ぎにさせる さくらの開花 と言う環境状況があったからかも知れない。

          でもまあ 泣き過ぎとか怒り過ぎよりはいいだろう。

      −−◎午後家に戻ると 娘たちは作業を終わり、テレビやら談笑やらしていた。母さん

          その横を通るとき「ちょっとごめんね」と言って通り過ぎていた。

      −−◎プランターのチュウリップの件。

          白が先に咲き、もう一本 紫が咲いていた。今朝先に咲いていた白の花弁が落ちて

          花がなくなっていた。母さんそれを見て「あっ 白のが無い どっかへいった」と言っていた。

          毎日 一週間くらい 見続けたものについての記憶はあるようだ。

      −−◎夜6時半過ぎ、私の得意先から 電話があり 点検作業に行った。

          母さんも同行し、作業中ちょっと もたもたしたが 作業そのものには支障がなく

          無事終わって帰宅した。

      −−◎母さんの気分は今日は晴れの日だった。


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※ 読者のみなさんの参考のために

  母さん(田口靖子)は 本日(2004.4.1)現在59歳6ヶ月。
  アルツハイマー 発病後5年8ヶ月
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