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お便りありがとうございました。


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 O・K 様 お便りありがとうございました。↓(2005.6.24)
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田口文機様・靖子様

初めてメールさせていただきます。

本日、日本テレビにて田口さんご夫婦の紹介を拝見しました。

その後、ホームページを検索しメールさせていただきました。

恐らく、TVオンエア後、メールが殺到し、メール送信はご迷惑になるかと思いました

が、お二人のお姿を拝見していたらメールを打つ手が止まりませんでした。

TVから伝わる、田口さんのお優しさ、靖子さんの笑顔に感銘を受けました。

田口さんが、奥様の手をぎゅっと握りながら話しかけるお姿を拝見してから涙が止ま

りません。

私は、まだまだ若輩の32才ですが、10年前にアルツハイマーを患った祖父を亡くしま

した。祖父は、10年間アルツハイマーを患いました。

看護していた母がげっそりとやつれたり、祖父の看病が原因でもめる親族の姿などを

みていると、一時期は、アルツハイマーという病気のみならず、祖父までも疎ましい

と思った事もありました。

30才をすぎた今、もっと自分にできる事があったのでは、もっともっと愛情をもって

接する余裕があったはず、と思うこともあります。

「ごめんね、おじいちゃん」と。

そんな思いの中、田口さんの懸命なお姿、寄り添う靖子さんの笑顔を拝見し、言葉で

は表せないほどの感銘をうけました。

私にできることは、影ながらお二人を応援させていただくことしかありませんが、私

は常にお二人のことを心にとめておきます。

いつまでもいつまでも、お二人の素敵な笑顔を応援させて頂きます。

長文、乱文お許しください。

○○○○○ ○○町

              ○○ ○○○

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 N・M 様 お便りありがとうございました。↓(2005.6.24)
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 初めてお便りいたします。○○○○○と申します。

 若年性アルツハイマー、そう聞いて思い出すのは私の父の姉(伯母)です。その伯母は、

◇◇◇町で45年、20歳の頃からバーを経営しておりました。

 その伯母がちょうど、お店の45周年パーティをやり、これからも頑張る!と意気込んでいた矢先、

アルツハイマーの初期症状が表れました。もの忘れが多くなってきたのです。もともと伯母は

若い頃から方向音痴だったり、とぼけたりする性格だったので、私達周りの人間もそんなには

気にしていなかったのですが、ある日、私の父の名を「え〜っと・・」と考えるようになってきて、

その時母がこっそりと私に、「姉さん(伯母)、少しぼけてきてる気がする」といってきたのです。


 結婚もせず、バーのママとして頑張ってきた伯母は身寄りは私達家族だけでした。そして母の勧めで、

伯母は健康診断と言われ、(本当はアルツハイマーの検査)母と病院へ行き、検査を受けました。

 結果・・・、脳が萎縮し始めており、アルツハイマーと診断されました。それからは伯母は私達と

一緒に生活をするようになりました。進行するアルツハイマーと私達家族との戦いでした。

 次第に人の名を忘れ、ご飯たべたのを忘れ、徘徊するようになっていきました。

 不思議なもので、アルツハイマーと言うのは、昔のことは覚えているんですよね。

私の父の幼い頃の顔を覚えており、年をとった父の顔は誰だかわからず、

他人扱い・・。父が仕事から戻れば、「あ〜、いらっしゃい。良かったらお茶飲んでいって」そういったときは

本当にショックでした。あんなにシャキシャキ働いていたあの伯母が・・という失望感でした。

 日に日に、伯母は母のことをお手伝いさん扱い、

母は「何言ってるのよ。ねぇさん!私とお父さんは結婚してるんですよ。とっくの昔に。

変なこと言わないでよ〜」と明るく話しかけると、

「あっそうだったね。ごめんね〜」などと答えるのですが、その一瞬だけしか本人はわからないのです。

 夕飯を食べても少し経てば、「おなかが空いた」同じ事を繰り返す伯母。それに対し、

父は「何いってるんだ!さっきから同じ事ばっかり言って!」と切れてしまうこともしばしばでした。

そんな時、決まって

母が「お父さん!怒ったてしかたないでしょ!ごめんね姉さん、お父さん怒りっぽいから」となだめて、

夜遅くまで伯母の話すことに付き合っていました。

 そんな疲れやストレスから母は元々持っていた糖尿病が悪化し、緊急入院を余儀なくされました。

そうなっては父、兄、私の3人だけで伯母の介護をしなくてはなりませんでした。

仕事も順番に休み、1日一緒にいなくては徘徊してしまうからです。


 そんな母も入院してから体調を取り戻し、ウチに帰ってきました。それからも伯母のアルツハイマーは

確実に進行しており、家族みんなで協力し、一緒に散歩、近場への旅行、アルバムを見る・・・

などしてきました。少しでも楽しい記憶、思い出を残して欲しいという家族の願いでもありました。


そんな伯母は5年前、71歳でこの世を去りました。私は決して忘れることはありません。

私や兄が小さい頃から旅行や遊園地たくさん色々なところへ連れて行ってくれたり、

親のように叱ったり甘えさせてくれたりすごく優しい大好きな伯母だったからです。

 きっと田口靖子さんも優しく人望の厚い方だと思います。ご主人やお嬢さんの協力された介護、

正直大変かと思われますが、靖子さんに少しでもたくさんの思い出を残してあげてください。

そしてこれからも同じ若年アルツハイマーと戦う人、家族の皆様に勇気と希望を与え続けてください。

 これからも私は応援しています。ご主人様、お嬢様の体調にも気をつけて楽しい思い出を

どうぞ作ってくださいますよう、お願いします。

私のお話を聞いてくださり、本当にありがとうございました。

                                 ○○○   ○○○○○

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 T・H 様 お便りありがとうございました。↓(2005.1.1)
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    去年は世の中は本当にいろいろと荒れた一年でしたが、田口さんや奥様は穏やかに過

    ごされてたご様子で何よりです。

    とはいえ時折怪我などもされるようなので、それは介護疲れが原因ではと思ったりも

    します。


    母は今寝たきりですので元気に徘徊していた頃より介護は楽です。去年から自宅で看

    られる事になり、それでも最初は不安でしたが、日を追うにつれやって良かったとし

    みじみ感じています。

    今年も穏やかに在宅で過ごしていきたいと願っています。

    今年もよろしくお願いします。

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  N・K様 お便りありがとうございました。↓(2004.11.12)
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  靖子さんと私は同い年です。私は母が73歳の時に痴呆症と診断され、とてもショッ

  クをうけました。

  はじめの頃はやはり、靖子さんと、とてもよく似た症状から始まりました。

  痴呆とは分からず兄がよく母を叱っていました。


  少し変だと感じ始めた頃はホームページに書いておられる様子とそっくりです。

  本当に不思議な病気だと思い、また今までの母と人格が変わったようで、寂しくてつ

  らくて、私はよく泣きました。

  一人暮らしでしたので、しばらくは近くの病院に入院しましたが、すぐに出されてし

  まいました。


  母自身は全く痴呆ということを意識してない訳ですから、入院させられたと、ひどく

  おこりました。

  兄弟3人いながらそれぞれの事情で面倒みられず、

  都の特別養護老人ホームに申し込みましたが、4年は待たなくてはいけないと言わ

  れ、仕方なく地方のホームで4年いました。


  泊りがけで月に一度は会いに行きましたが、帰りはいつも一緒に帰りたいと言われ、

  母がかわいそうでなりませんでした。

  「ごめんね。お母さん」と心でいつも謝っていました。

  泣いたのは数え切れません。

  食欲も旺盛で、歩くのもちゃんと歩いていましたから、知らない人が見たら、普通の

  おばあちゃんでした。

  その後は少しずつ進行していき、8年目くらいからはほとんど喋らなくなり、大腿骨

  を骨折して歩けなくなっておむつするようになってからは、私の顔もよくわからない

  ようでした。

  結局、発病後12年で昨年、85歳で肺炎で亡くなりました。

  長くなりましたが、ご自宅での介護は本当に大変なことと思います。でも靖子さんは

  お幸せですね。

  自宅にいられて・・・つい母への申し訳なさで今も後悔することが、多いです。

  最後にもう意識がなくなると言う時に私の顔を見てそれはそれは嬉しそうに笑った母

  の顔が焼きついて離れません。

  私のことわかってくれたんですね。

  どうかお体に気をつけて介護されてください。

  とても素敵な靖子さんの笑顔・・・・絵も可愛いきれいな色で描かれていて、靖子さ

  んの人柄が察せられます。

  ほんとうに良いホームページありがとうございました。

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   ○○県のT・H 様 ↓お便りありがとうございました。(2004.1.1)
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   穏やかに過ごされてるご様子なによりです。

   奥様まだまだお若いですね。

   60歳にもなっておられないなんて・・・

   でもあいかわらず大事にされていて、胸が熱くなります。

   お体お大事に、マイペースで穏やかにまた1年過ごせますように☆
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   ○○県 H***様 お便りありがとうございました。(2003.10.3)
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大分前の事ですが、田口さんが実名でTVに出られたときは、本当にビックリしました。その何週間前に

  このホームページを知り、読ませていただいたばかりでしたので直ぐに分かりました。

  ホームページ上でもその穏やかな人柄と、介護に対する真面目さが伝わっていましたので、

  映像で見たときに余計に貴方様の体の事が心配に成りました。TVを見た後に、もう一度HPに

  来ましたが、言葉をかける事が出来ませんでした。今になって!と思われるでしょうが、ヘルパーとして

  働いている私だから、主の介護者である貴方様の介護負担はいかがなものかと気になるところであり

  ます。うちの事業所の利用者さんでも同じ病気で援助を受けている方が数人居ます。

  その利用者さんの事も確かに心配でありますが、それより何より介護者の体と心の健康が気に

  成ります。田口さんも、性格上無理なのかもと思いますが、頑張り過ぎないで下さいね。

  未熟者の1ヘルパーが偉そうなことを書いてしまいました。ごめんなさい。

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  Komiyama 様 お便り↓ありがとうございました。(2003.9.23)
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 ホームページを見せてもらいました。私、この夏に最愛の妻を病気でなくしました。4ヶ月半の間、

人工呼吸器で意識もなく生きいる妻を、毎日朝仕事に行く前と仕事終わりに病院通いをしていま

したが、まだ会えるという喜びで嬉しくて、辛いとは思いませんでした。しかし、今は妻がいなく、ひ

とりで生活しているのですが、すごく寂しいし、辛いです。まだ、あなたは幸せだなと思います。

最愛の奥様がおられるのですから。私自身、どんな状態でもいいから妻には生きていて欲しい、

いくらでも看病するからと、何度神様に祈ったことか。

大変な世話だと思いますが、どうか奥様をいつまでも大切にして上げてください。

勝手なことを書きました。失礼します。

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    72歳の老人のかた 様 お便り↓ありがとうございました。(2003.7.7)
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田口様

 なにを、どのように書いてよいのか、ご苦労を思うと言葉が浮かびません。

元気でお過ごし戴きますようお祈りしてます。

 自営でお金のやりくりの苦労の連続ですが、お金の苦労などとは比較に

ならないのですね。元気で、配達に、、インターネット商売にと忙しく働ける事に

感謝しなければと、自分に言い聞かせている72歳の老人です。

 お体大切に。


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神奈川県 KMさん お便りありがとうございました。(2003.3.14)
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KMさんの お便り
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本日、3月14日の朝、おはようグッディにて、特集を拝見しました。

私は15歳の中学3年生です。

今さっき特集を見て、若年痴ほうというものを初めて知りました。

私はまだひどい物忘れとか何かができなくなるということを

経験したことがありませんが、

実際若い方でも痴ほうが起こるというのを聞いて、見て、

とても怖くなったのは事実です。

むしろ私なんかより、実際に痴ほうにかかってしまっている方々の方が

不安で怖いのはわかっております。

そのような方を毎日支えている田口さんの姿が、私にはとても印象的でした。

少しずつ優しいお声をかけながら、毎日そばにいらっしゃる田口さん。

私達若い者は辛いことがあるとすぐに「もうだめ」とか「死にたい」とか

そのような言葉を平気で口にします。

けれど「まだだめじゃないよ」という田口さんの言葉を聞いたら

自分の今までがとても恥ずかしく思い、無恥だったと反省しています。

私には直接田口さんに会って、身の回りのお世話やお仕事を手伝うことは

できませんが、このような方がいるということを周りの人に知ってもらって、

少しでも世間が若年痴ほうというものに関心を持つよう、

少しずつ、弱小の力ではありますが、努めていきたいと思います。

田口さんもたくさんたくさん辛い事があると思いますが、

ぜひ奥様を支えてあげてください。

私達も貴方のような方に支えられているような気がします。

つたない文章で申し訳ありません。乱文お許しください。


本間 歩 様からのお便り(2003.3.6)
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夕方のニュース番組で拝見いたしました。

田口さんの優しさがとても印象的でありました。

もちろんご本人も大変だとは思いますが、

あなたも大変なのではないですか?

非常に感銘を受けホームページを探し拝見させて頂きました。

私はまだまだ若輩の34歳で妻と1歳になる子供がおります。

あなたさまのあの優しそうな声と顔をみていると

私などはまだまだ修行しなければならない事が

たくさんあるんだなと実感致しました。 

本当に影ながらではありますが応援させて頂きます。

お仕事、お家のこと頑張って下さい。

また、お便りさせて頂く事もあるかとは思いますが

よろしくお願い申し上げます。

失礼致します。

本間 歩


(○○県 T様からのお便り)2003.3.6
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久しぶりに日記など拝見していました。

痴呆は年齢が若くして始まるほど進行も早いように言われますが、奥様は進行はして

おられるのでしょうが、それでも比較的ゆっくりなように感じます。

おそらく田口さんの暖かいケアが進行を緩めているのでしょうね。

頻尿は以前母もありました。5分おきにでもトイレに行きたがったりしました。失敗

したくないと言う気持ちのせいのようでした。自分が頼りなくなってきていることを

感じているので、よけいキチンとしていたい気持ちが強くなっていました。

ぼちぼち施設入所の話もが出てきているようですね。

何が良い方法なのかわかりませんが、今後のひとつの選択肢としてはどうでしょう?

睡眠不足にもなっておられるようですね。たまには体を休められますよう。ご自分の

体を第一に。


(○○県 O・Y様からのお便り)2002.3.20
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○○○○と申します。 私の母も今から12年位前(当時47歳)から物忘れが

ひどくなり、活発だった母がだんだんと引きこもりがちになって、初めは

「更年期?」なんて家族で話していたけれど、同じことを言うようになったり、

道に迷って遠い所まで行ってしまったり、様子の異変に深刻になってきたのが

7年前でした。

 その頃、(私は3人姉妹の真ん中です。)姉と私は結婚し、家を出ていましたが、

 私は主人の転勤でかなり遠く離れた所に住んでいたので、月に2度程顔を見る事

しかできませんでした。

行く度にだんだん悪くなっていく母の姿を見て、帰りの車でよく泣いたものです。

それまでにも、何度か脳神経外科でCTを撮ったりしていたけど、「異常なし」で、

一度大きな病院で検査してもらおうと、県内で1・2の病院に行ったところ

「若年性アルツハイマー」と診断されました。

家族は、もしかして?と言う気持ちもあったけど、信じたくないと言う気持ちから

ずっと心にあった物を否定してきただけに、どうして?まだこんなに若いのに・・

・と目の前が真っ暗になったようでした。 でも母だってなりたくて病気に

なったんじゃないんだ。私たちも辛いけど母が一番悲しいんだから、私たちが

しっかりしなければ・・・と思うようになりました。

でも下の妹はまだ実家にいたので、父の仕事柄主に妹が家の全部を引き受ける事

になり、一番苦労したのは妹(当時20歳)です。

私はその頃上の子を出産する為実家に戻り、出産のときには母が腰を擦ってくれたり

生まれてからはたまにお風呂もいれてくれたりしました。

でも近所の人から孫の名前を聞かれても、答えられない程進行していました。

子供が3歳くらいまでは、よく面倒をみてくれて、色々大変な事もあったけど

とてもかわいがってくれました。しかし、下の子が生まれた時にはもう何も

できなくなっていて、お母さんが居るのに何も頼めない、何でもしてくれる

お母さんが居る周りの友達がすごく羨ましい。どうして私たちだけ?って

母を煙たい存在に感じる様になってきていた。

 今になって思えば、自分も子育てが大変で母を思いやる気持ちが後回しに

なっていたなぁって後悔しています。


しばらくして、私たち家族も主人の転勤が終わり、また母の居る地元で

暮らせるようになり、今までできなかった母の介護を手伝いに、毎日4歳

と1歳の子供を連れて実家に通いました。

でもその頃には徘徊はもちろん、食事・トイレ・着替え・お風呂も介助なし

ではできなくなっていました。 だんだんと暴力的になり、私たちはおろか、

小さい子供にも手をあげるようになって、母の介護にいっているにもかかわらず、

反対に私も子供を守る為に手をあげてしまったこともあります。

ちょうどその頃が一番大変な時でした。

そんな時、デイサービスの事を知り、あちこち探して家から近い所で引き

受けてくれる所を探し、お願いする事になったんです。

ただ、年齢が若いという事でこちらでいい所を選ぶ余地はなかったのですが、

たまたまいい環境で良いスタッフの方々に巡り会えて、とてもラッキーでした。

それからしばらくして、妹も○○線で00時間かかる所に嫁ぐ事になり、

母を一日介護できなくなってしまうという非常事態になってしまったのです。

どうしようかと悩んでいた頃、ちょうど介護保健が適用され、

60歳に満たない母を今までお世話になったケアセンターさんが引き受けて

くれる事になりました。

今ではスタッフのみなさんのおかげで、気持ちに余裕ができて笑顔で母に

会えるようになり、(会いに行ってももう誰かは理解できていませんが・・・)

本当によかったと思っています。

この病気は、初めは本人が、そして入れ替わりのように介護する家族が

辛く、苦しい闘病です。

長い介護生活の末、今では元気だった頃の母の姿も薄れていくようで

ふっ、と悲しくなる事があります。

ホームページを見させていただいて、色んな事を思い出しながら、少し涙

してしまいました。

靖子さんの写真、絵とても素敵ですね。

田口さんご家族も靖子さんの「今」を大切にしてあげてくださいね。

遠くより皆様の幸せをお祈りしております。 

長文、乱文お許し下さい・・・。


(○○県 K様からのお便り)2002.3.17
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いつもメールを読ませて頂いております。

私の主人もアルツハイマーです。

1月に72歳になりましたが、兆候が現れたのは7〜8年前からです

その時はまだ会社の役職についており、病院へとは言い出せず私が

こっそり病院へ行き先生に相談しました。

先生も現役で珍しい例だと云われ、「プライドが許さないだろうが来ら

れたら診察する」と云って下さり、3ヶ月位してやっと連れて行きました。

はじめの頃は (こんなことを忘れて)とか(分からないのか)と私も

まだ病気に対する知識や思いやりがなく きつい云い方をし、あちらも

攻撃的になり辛い想いをしましたが 今は、

あんなに頭がよく仕事ばりばり人間だった彼がこんな事も分からなく

なって…と思い 可哀想で 可哀想で優しく接するようになりました。

そのためか主人も大変に穏やかになり可愛い子供のような気もします

これも、田口さまの日記を読ませて頂き 奥さまにとても優しく接して

おられる様子、まだまだそこまでには至りませんが いい勉強をさせて

頂いております。

先生の勧めで1年前から娘母子が同居して呉れる様になりパソコンに

アルツハイマーに関するところを私にも開けるようにしてくれました

更に共同で日記を(主に娘ですが)書いておりますので お暇な折に

読んで下さいませ。

題名は (アルツなパパのとんちんかん日記)です。

http://diary.lycos.co.jp/view.asp?QnDiaryId=12575

息子や兄弟も、これを読んで、現在の様子を知ってくれています

主人は数字に強く、今でも数字のパズルの本を何冊も買ってやって

います、朝日新聞日曜版、今日は数字のパズルでしたが直ぐに出来

ました。今まではワープロにインプットした住所で葉書を印刷しており

ましたが3ヶ月前から出来なくなり 今日も挑戦させましたが私に

書いて出して呉れと申しました。

夜はパソコンで囲碁をします。不思議です。

でも単語や、言葉は幼児並です。野菜を見ても全然名前は出ません。

突然のメールですのに長々と書き失礼しました。

これからも読ませて頂き、少しでも田口さまの愛情ある世話が出来る

よう頑張ります。

                       (      KI)
 (畑沢 貴美子 様 からのお便り) 2002.03.18
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おひさしぶりです。昨年の十二月ぶりです。日記を読ませていただきました。「今日

は生協の配達日」とありましたが生協の共同購入をしているのですか。何生協ですか

?実は私は秋田県北生協の理事です。2年前に理事になってから倒産の危機になり毎

日のように生協に行っています。斎藤さんにそんなに生協のことで頑張るな、家族を

大切にしなさいと笑われるんですが頑張ってしまうのです。だからHPもゆっくり見

る暇もありませんでした。でも演歌チームに一員としては歌っています。とても今回

のデユエットは面白かったです。日記を読ませていただきましたが、「としこさん」

とは奥さんのお友達なのですかとても頼りにしているみたいですね。斎藤さんも沢山

の人と交流が始まっています。そして家族みんなで奥さんを看護していますね。勇気

付けられます。又メールします。秋田県は雪も解け初めてきて山菜取りのシーズンに

なります。わが家の庭には冬の間かまくらを作ってありましたが綺麗さっぱり消えて

なくなりました。クロッカスが咲き始めるのももうすぐです。

★*★*−☆*☆ー★*★ー*

いつも元気な!

キミコ ハタザワ

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ハタザワ様

「いつも元気な」励ましのお便り有難うございます。

はいっている生協は「コープぎふ」です。我が家の駐車場が共同購入の配送場所で

会員数名のかたが取りに来られます。

としこさんは母さんの実の姉です。20年以上前、偶然に1`メートル以内の近くに

住むことになった。妹思いの姉さんで母さんは私の次に頼りにしています。たまに、

ケンカするときもありますが、これは母さんの病気がそうさせるので、姉さんもよく

知っていてくださって、母さんも次の日には、仲良しに戻って頼りにしています。

 こちらの地方は、梅の花の時期が終わり、さくら と もくれん が咲き始めています。

   田口文機


 (畑沢 貴美子 様 からのお便り) 2001.12.2
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こんばんわ 畑沢 貴美子です。

斎藤さんと一緒に「モン吉演歌チーム」の仲間の畑沢 貴美子です。今日のモン吉の

掲示板を読んできました。斎藤さんとは奥様の郷里である秋田いらしたときに知り合

いました。と言ってもお会いした事は無いのですよ。斎藤さんは作家です。私はほん

の少し文章を書くのでその縁で知り合いに成り、歌を通じて沢山の人たちと交流する

ようになりました。又ゆっくりHPを見させていただきます。奥様の絵には感動しま

した。(私には絵の才能が無いのです。)

★*★*−☆*☆ー★*★ー*

いつも元気な!

キミコ ハタザワ
(SUさんからのお便り)  2001.11.12 
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(一回目のお便り)2001.10.16

田口さんはじめまして。**県在住のSU**です。

HP拝見しました。実は私の母も数年前から物忘れがひどく最近は更に悪くなった

気がします。年齢は58歳(昭和18年生まれです)

2年前に、脳ドックを受けたのですが特に異常が見つかりませんでした。しかし、

最近は朝起きると昨日起こった事全て忘れています。まるで、頭の中がすべて毎日

リセットされてしまったようです。

今、起こったことも忘れている・・とういうより記憶されないのでは? と思う事

がたくさんあります。まだ見た目は非常に若く、とてもそのような感じには見えま

せん。

 母の母親も若くして同じような感じで発症したので本人もかなり気にしています。

昨年母の父が亡くなってからは何をするにもおっくうになってしまったようです。

食事の支度もやったりやらなかったりの毎日です。また夫である私の父は、

昔かたぎの性格で、母を包みこむという感じではなくあまりにも、何度も同じ事を

繰り返し聞く母に、イラだったりしています。

 私はもう嫁いでいるため、なかなか母のサポートが出来ず、また実家は自営業で、

父も私の弟も仕事です。母もずっと一緒にやっていたのですが ここ数年は、仕事

にもくる気力がないようで、家にいます。

 今の母をとりまく環境は、本当によくない事はよくわかっていますが、弟のおよ

めさんも仕事をもっているため、なかなか思うようにいかないのが現状です。

 だた、母の事はみな心配している気持ちは同じです。

色々検索して、******病院の件を見つけ、田口さんのHPに辿りつきました。

これから、しっかりとりあえず、検査を受けてみようと思っています。そして

その結果を踏まえて、また家族で話し合っていかなくては。と思います。

靖子さんのことを読むと、母と重なることがたくさんあります。

今までは、単なる物忘れ・・だ!と自分で思いこむようにしていた面があります。

なかなか、受け入れられない・・・あんなにしっかりしていたのに。って思うし

しかし、これからは現実をしっかり見据えなくてはいけないのだとあらためて

感じました。突然メールすみませんでした。ほとんど愚痴なんですが・・

ありがとうです。  SU**

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(二回目のお便り)2001.11.12

田口様

すっかり、ご無沙汰してました。

あれから、早速****病院に母を連れて行き

段取り良く、検査を行いました。PET検査まで。

そして、今日結果が出ました。

検査結果は純粋健忘症との診断でした。

しかし、このまま放置すれば、いずれは痴呆(アルツハイマー等)になる可能性もある。

とのことでした。

 今の時点では、薬の投与もなく、あとは自己の生活の中での脳のリハビリを家族みんな

でサポートして行くことになりました。

今日の結果は、父、弟、弟の嫁、そして私と総勢5人で聞きに行きました。

家族全員で結果を受け止め、母がこれからも元気でいられるように努力していこうと

思いました。

記憶をとどめている海馬が機能していないそうです。その他はなんら問題がなかった

そうです。海馬を機能させるためには、本人も自覚して繰り返し記憶の練習をする以外

に方法はないそうです。

色々悩んだけど、**市まで出向いて本当に良かったです。これからの道が開けたような

気がしました。担当は**先生でした。

田口さんのHPに出会えて早期診断の必要性を知りました。きっとこれも何かの縁です。

これからも、お互いサポートする者として色々教えてください。

本当にありがとうございました。

季節がら、風邪などにはくれぐれも気をつけてくださいね。


( I さんからのお便り) 2001/10/30

 突然、メールを差し上げる失礼をお許しください。

最近、友達が(30代だと思います)、物忘れが激しくて、と言ったのをきっかけ

に、こちらのHPを見つけ、それから毎日お邪魔しています。

 私は若年性痴呆症、のTVドラマを少し前に見ただけで、他には何も知りません。

 こちらのHPで、田口さんの日記を読んで・・・

ご主人、娘さん、何よりご本人、辛かったろうな(いえ、今が立ち向かっていって

いるときなのですが)と思い、他に何も、気の利いた励ましの言葉も、思いつかない

のですが、ただ、頑張ってください、と、それだけ申し上げたくてメールを送らせて

頂くことにしました。

 これからも、田口さんのご様子を、私も見させていただきたいと思います。

 悪く取っていただきたくないのですが、私もいつか、誰かのお世話をさせていただく

日が来る、その日のためにも、見せていただきたいと思います。


一日も永く、奥様が意識の生きている延命、の状態で頑張っていかれる事を

お祈りいたします。
SEさんからのお便り 2001/10/24

はじめまして。

私、東京に住んでおりますSEと申します。

私の父も7年前に若年性アルツハイマーと診断されました。

現在の状況は恐らく田口さんの奥様よりは進行していて時々、私の事と ペットの

犬の名前で呼んだり、あるときは「かーちゃん」と呼んだりしています。

自分から私の名前を思い出す事はほとんどありません・・・・

徘徊は数年前から始まっていて、時々原因は分からず感情的になって(怒ったり、

不機嫌になったりして)家を飛び出し、だいぶ離れた場所で親切な人に連絡をして

もらい迎えに行ったりしてました。

幸い、事故にあったことがないのが運の強いとことだなぁと関心したりしています。

少し前までは、それが心配で「いまどこ」という、NTTドコモが出しているPHSの

電波で現在位置を調べるものを付けさせてましたが、最近はそんなに遠くまで行か

ないのと

「いまどこ」を無理やりはずして壊してしまうのもあって、つけてはいません。

父は今年還暦を迎えたのですが、幸い自営業ということもあって、今は父と母と

祖母と妹の4人で生活をしています。私は実家のそばで別に生活をしている状況です。

田口さんのページには共感を覚えるとともに、励まされる部分もあります。

7年前に私の父がアルツハイマーと診断された時には、まだインターネットで

「若年性アルツハイマー」と検索してもほとんど引っかかってくるものもなく

情報としては非常に不足していました。

今でこそ、田口さんをはじめ、いろいろな人がHPを開設して、情報も豊富になって

いますが、はじめは本当に私たちも苦労しました。

父は今、**の***病院に通っています。

日本で唯一若年性アルツハイマーの外来を受けてくださっている**先生と言う方が

いらっしゃるのですが その先生のもとで診察をしてもらっています。ただ、今の医

学ではアルツハイマーは治すことはできないような状況です。(ご存知かと思いますが)

昨日、母にも田口さんのHPを紹介しました。

「大変なのは自分達だけじゃないね」と母も言っておりました。

初めてメールをして何を書いていいのか分からず書き続けておりますが、

私もこれから父のHPを作成していきたいと考えております。

そんな中で田口さんのHPは非常に私の気持ちに大きく影響しました。

またゆっくりメールさせて頂きたいと思います。

取り急ぎ、私たちも頑張っていこうという気持ちになりました。

ありがとうございます。


(Hさんからのお便り) 2001/09/02

母が60歳くらいから痴呆になりました。

http://www.geocities.co.jp/SweetHome-Skyblue/1447/

です。

よかったらご覧になってください。そして、リンクさせてください。

どーしたらいいのかはわかりませんが・・・



(Kさんからのお便り) 2001/06/18

はじめまして

最近TVで若年性痴呆症について、よく報道されるので ちょっと気になって検索しているうちに、

こちらのHPを見つけました。

田口さんはパソコンがお仕事とのことで、とても見やすいHPで、ほとんどの

ページを拝見させていただきました。

奥様の、ご病気、人間、全てに対し真っ直ぐに向かい合って

いらっしゃるご様子に感銘して、メールさせていただきました。

私は、****の**歳の**です。

2年前、自分に聴神経腫瘍(聴神経にできる良性の脳腫瘍)が見つかり、

 **医大で手術を受けました。後遺症は片耳の聴力失調だけで、

今は極めて元気ですが、長時間の開頭手術や、手術後の髄膜炎の影響で

人よりは早く、脳になんらかの障害が出るのかもしれないなあ

等と、思ったりします。

「OFFICE BAN」という、聴神経腫瘍患者の集まったサイトで

他の同病者の様子を知ることができるのですが、30代の女性患者2人が、

病気をきっかけに離婚し、1人で働きながら子供を育てています。

私は幸い家族に恵まれ、人も羨む有閑マダムしています。

それにしても、頼りない男が多いなあ・・・

と思っていたところ、

こちらのHPに出会えたわけです。

田口さんが、行動と脳のつながりを冷静に観察、考察されている文も、興味深いです。

私も、手術後に自分がボケていた時の経験は今でも不思議でなりません。

そんな事を自分のHPに綴ってあるので、お読みいただければうれしいです。

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(Fさんからのお便り) 2001/06/04

田口文機様

介護は決まった形は無いので病人にカストマイズが出来る分、介護人の腕の振るいよ

うがありますね。これからもお互いに頑張りましょう。

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(Sさんからのお便り) 2001/05/23

HPも一部読ませていただきました。 このような体験記は、なによりの参考になると思います。

これからもどうか頑張ってください。

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(Yさんからのお便り) 2001/05/21

田口様 はじめまして

奥様に事 HP読まして頂きました。 読みながら過去の思いと重なり

とても他人事と思えず

 おもわず目頭が熱くなりました

矢張り家内も同じような経過をたどり 発病以来十数年? 恥ずかしながら

気が付いた時はかなり進行しておりました

日頃から家内に目が向いていないことを この時に初めて実感し 戸惑いと

後悔の念に駆られ 自分の此れまでは 一体なんだったのだろうか など

苦悩に満ちた日々でしたが ネットを通じて同じ境遇にある 多くの友人

に支えられて 少しの心の整理が出来 多少の気持ちの余裕も(然し 矢張り

精神的な苦痛は無くなりましたが 肉体的には)

まだ全部は読み終えてません 後ほど改めて拝読させて頂きます

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