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      今までの簡潔な経過 Yasu323

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   このページでは98年8月(発病と私が認定した日)から2004年8月までの6年間の変化を

   1ページにまとめました。何が出来て 何が出来なくなったかなど簡潔に記載され、病気進行の

   大きい流れがわかります。

1998年8月(年齢53歳10ヶ月〜、)発見した時

1998年8月

(発見後0年0ヶ月

53歳10ヶ月)

から

 

 

 

 

 

1998年12月

 

物忘れがあることに気づき初めて病院にかかる

 

☆夜就寝前 指輪・ネックレスなどアクセサリーを探す

 

☆時におつりの☆計算が出来ない

 

☆「料金をもらっていない」という

 

☆夕方外から帰ってくると時々夕食が作ってないこと

があった。

   1998年8月を発病した時としてこのホームページ

全体の話を進めています

○○診療所

・○○県立病院

MR I検査などで異常なし

98年10月 MMS=25点

   (異常とも言えない)

「様子を見る」ことにした。

 

←これら症状が毎日あったわけではありません

 

 

1999年(年齢54歳〜、発病後5ヶ月〜)

1999年1月

(発見後0年5ヶ月

.54歳3ヶ月

から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1999年7月

 

 

 

 

☆空想したこと(現実にはないこと)を 実際あったことと

してしゃべる。

☆たまに日付を間違えて、「店を開けようか」というと

今日は定休日だと言って怒る

 

☆時々頭が痛いことがある

 

☆他人を避ける傾向が出てきた。

 

☆朝食を作らなくなった。

1999年5月

☆財布、少しずつお金を入れて、4個も5個も持ってい

 る。そのどれかがないと言っては探す。一緒に探すと

 どこかにあった。「盗られた」とは言ったことはない。

 

☆「どうしてこんなふうになっしまったんだろう」と

 私に言う。時に泣いて訴えることもある。その返事は

 出きなかった。

 

☆朝涼しいときに「寒い寒い」と言う。体温を計ったが

普通だった

 

☆朝 吐き気がすることあり

 

☆朝起きて「体がえらい(苦しい)」と言う。

 

99年2月  MMS=24点

・○○県立病院で診察を継続

 

1999年28日 

  ○○県立病院で

 痴呆性疾患疑い有り診断 

 

 

 

 

1999年6月28日

☆浜松医療センターへはじめて

いった。

 8月の検査予約をした。

99年6月 MMS=22点

 

99年7月12日

 このころより月1回または3回

ボーリンク場へ行きゲームをする

 

朝・夕 状況を見て散歩

1999年8月

(発見後1年0ヶ月

.54歳10ヶ月

から

1999年12月

 

 

 

1999年8月21日

☆朝起きた時 全身にしびれを感じると訴える。

1999年8月22日

☆朝 全身にしびれ、「小児麻痺みたいになるー」と

訴えた。「計算が出来なくなるー」とも訴えた。

 

☆このころは、前記の症状・現象が出ていたが日常生

活・店の営業は継続していた。

 

1999年8月

☆浜松医療センターへ入院し検査

99年8月 MMS=22点

@PETスキャン
2A脳機能テスト
3B記憶テスト

若年アルツハイマー病と診断

 

99年11月 MMS=22点

 

2000年(年齢55歳〜、発病後1年5ヶ月〜)

2000年1月

 

(発見後1年5ヶ月

.55歳3ヶ月

から

 

2000年7月

 

☆近所に住む実の姉ところへ、タンス預金の持ち金を

朝や夜持っていって預けたり、返してもらったりしてい

た。預けたことをほんとに忘れてしまって、「あの紙の

袋がない」といったりした

☆財布と金庫の管理を私がやってあげることにしたら問題は起こらなくなった。

☆朝、目を見開いて、天井の方を見てうなされた。

 

2000年2月 MMS=21点

 

2000年7月

○○県立病院で

女性ホルモン注射月1回 開始

ツムラ23開始

 

 

みどり病院で診察

2000年8月

(発見後2年0ヶ月

.55歳10ヶ月

から

 

 

 

 

 

 

2000年12月まで

 

☆朝起きて「私どうしてここにおるのやろ」と言った。

☆別の日。「あんた誰?」と追い出される。少しして戻る

と「お父さんどこへいっとったの? いま恐かったよ」

 

2000年10月21日

☆朝に吐き気、むかつきが起こり、1週間ほど続き、

正月過ぎまでかかって徐々に引いていった。

(偶然と思うが佐藤早苗氏の記録と同じだった。)

☆☆

2000年8月 MMS=19点

2000年8月24日 みどり病院で

アリセプト開始 

ツムラ137開始

他に コレステロールを下げる薬

 

お絵かき をリハビリとして開始

ボーリンクは継続中

朝夕の散歩時々さぼっては継続中

2001年(年齢56歳〜、発病後2年5ヶ月〜)

2001年1月

 

(発見後2年6ヶ月

.56歳4ヶ月

から

 

2001年4月まで

☆いろいろあるが不思議なことに、外の人に向かうと

シャキとしてボロを出さないことだ

 

 

2001年2月 MMS=19点

薬は継続

リハビリのお絵かき 継続中

ボーリンクは継続中

朝夕の散歩は継続中

2001年4月から

 

2001年5月1日

 (発見後2年8ヶ月

.56歳6ヶ月)

 

 

 

 

 

美容院の営業は週4日(後の3日は休み)、お客さんは

1日1人〜2人、0人の日もある。3人ある日はまれ。

ご近所のおばあさんが中心。最近、2ヶ月に1回ほど来てくれるおばあさんが「あんたんとこへ来ると あんき 

やもの」と言っていた。

「あんき」= 安心できる= 安らぐ= アットホーム= ほっ

こりする。

 

徘徊も時々する。10分か20分すると「散歩してきた」

言って戻ってくる。

何もしていないとジーと固まってしまって、空想が走り

出す。実際にやることは何でもやれる、号令を出すとこ

ろが弱ってきている。それで私が指示して母さん一人

でまたは私と一緒に食事の用意、洗濯、そうじ、などし

ている。一次号令を出すところは弱化しても、2次号令

を出し実行するところは弱化していないということだろ

う。

☆☆☆☆☆

2001年5月1日

浜松医療センター 6ヶ月に1回

○○県立病院

 

薬は

女性ホルモン注射月1回

ツムラ23

アリセプト 

ツムラ137   臓器の障害は今

のところ無い。

他に コレステロールを下げる薬

リハビリとして お絵かき

ボーリンク  朝夕の散歩

プランタで花を育てる

 

 

 

 

 

 

 

2001年5月1日

 (発見後2年8ヶ月

.56歳6ヶ月)から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年8月1日

(発見後3年0ヶ月

.56歳10ヶ月)

から

 

 

美容院の営業は週4日(後の3日は休み)、お客さんは

1日0人〜3人、週10人程度

洗濯====私と一緒にやる。だいたいできる

炊事====皮むきや材料を着る程度、火を扱うのは ダメ

食品の買い物=私と一緒に行く。

風呂====いやがるが、夏になってからは1日置き、

または2日置き、または3日置いて はいる。

食事====「食べていない」と言って食べたこと4〜5

回あり

気分====普段穏やかだが、まれに 月1回ぐらい

ヒステリックになることあり。

徘徊====居心地が悪いとふと家出する。私が付い

ていくので問題は発生していない。

物覚え===昨日のことで、覚えていることと、忘れて

いることがある。

2001年8月7日

浜松医療センターで診察

 MMS=19点

薬は

女性ホルモン注射月1回

ツムラ23

アリセプト 

ツムラ137

他に コレステロールを下げる薬

リハビリとして

 お絵かき

ボーリンク

朝夕の散歩

1日1時間のドライブ

金子先生の助言

「MMSの点数は1年間下がっていないのでボーリングとか三歩1時間など 継続するように。仮名拾いテストはかなり混乱しているので、社会性のある仕事は出来なくなってきている」

 

2001年12月31日

(発見後3年5ヶ月

.57歳3ヶ月まで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美容院の営業は 2001年12月2日から休業した。

お客さんには、ご案内をしたが、本人が熱出して寝

ているわけではないので、たっての頼みで、週二人

ぐらい仕事をした。

 

洗濯===私と一緒にやる。だいたいできる

炊事===皮むきや材料を着る程度、火を扱うのは ダメ

風呂====いやがる。

食事====「食べていない」とたまに言う、ので必要に応じて用意してあげる。食べ過ぎに注意していないと、腹をこわすことあり。

徘徊====居心地が悪いとふと家出する。寒いのであまり遠くへは行かず問題は発生していない。

物覚え===30分前のことでも覚えていないことが多くなった。昨日のことでは心に響くことがあったことは、覚えている 。 

身の回りのこと===衣服 食べる トイレ 歯磨きその他 風呂以外のことは、自分でできる。

おとなしい性格は==基本的に変わっていない。  

空想または錯誤認識==「事実でない」と指摘すると

     認識を訂正することと、しないこととがある。

訂正に同意するが、結果的に訂正していない

ことなどがある

 

2001年12月31日

 

 

         2002(年齢57歳〜、発病後3年5ヶ月〜)

 

2002年1月1日

 

 

 

 

(発見後3年5ヶ月

.57歳3ヶ月から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2002年4月1日

(発見後3年8ヶ月

.57歳6ヶ月まで

 

 

 

 

 

美容院の営業は休業しているが、特別親しい人のみ、

カットだけやっている。1ヶ月で数名のみ。

あとはぶらぶらしている。

散歩、ボーリング、私の仕事に付いていく、ことなど。

いくつかの病気による行動は引き続きある。

この間、風呂に入りたがらないので苦労した。

 

2002年4月13日の現況

出来なくなったこと

☆1日や一週間の計画が立てられない

☆動作が遅くなった。

☆同じ事を繰り返し話す

☆私が働きかけをしないとボンヤリしていることが多い

☆根気がない

☆発想が乏しく画一的である

☆季節や月はわかるが日付があいまいになる

☆料理は果物の皮むきや野菜を切ることが出来る程度

☆ガスの消し忘れが多くなったので火を扱わせない

☆身だしなみは一応気を使ってはいるがかなり無頓着

☆薬の管理は私がやり一回一回出してあげている

☆昨日のことも今日のこともすっかり忘れてしまう

☆お金や持ち物をしまい忘れ置き忘れがある。「盗られた」と言ったことはない。

☆簡単な計算が出来ない。

☆汚れた下着をそのまま着ている。

☆風呂をいやがってはいらない

☆☆たまにあること

☆たまに食事をしたことを忘れたり、食べていないのに食べたと言ったりする。

☆無表情、話しかけても返事をしないことがある。

☆行動に結びつくような会話は私以外には出来ない。

☆衣服は 大まかに言えば季節にあって居るが変化に対応できない

☆家族の数や関係がわからなくなることがたまにある

出来ることなど

☆花の手入れ、水やり、ボーリングなどはやろうとする。

「旅行に行きたい」「ドライブに行こう」と言う。

☆洗濯物のかたづけ、食器のかたづけは不充分だが出来る

☆衣服は指図すれば自分で着ることが出来る。

☆独り言を言うことはない

☆1年目くらいに、人まちがいをしたが今はない。

☆見えないものが見えたり、居ないのに「誰か居る」と言うことはない

☆歩行、大小便に問題はない。

2002年2月8日

介護保険認定申請

2002年3月20日

介護保険保険証もらう

 

 

 

2002年4月1日

から

2002年12月1日(発見後4年4ヶ月

.58歳2ヶ月まで)

 

 

 

 

 

2003年(年齢58歳〜、発病後4年5ヶ月〜)

 

2003年1月1日から

 

 

 

2003年4月1日(発見後4年8ヶ月

.58歳6ヶ月まで)

 

1月半ば過ぎ頃から”夜起き”をして 1時間とか3時間ほど、店でうろうろしている。

昼間散歩で4Kmから8Kmほど歩いて歩行療法をしていたところ3月20日頃から”夜起き”はしなくなった。
○昼間は 私は事務所に 母さんは店(今は母さんの城になっている)にいるが、1分か2分おきに 私のほうをのぞき「ねぇーねぇー」とか「おっちゃん おっちゃん」 とか言って 私に呼びかける。

○トイレに何回もいく。

○「寒い寒い」と言い、夕方になると「恐い恐い」と言う。

○家事などはほとんど出来なくなった.自身の身の回りのことも 食べること トイレ以外は難しくなってきている。

○「寒い寒い」と言うわりには風邪を引いたことはない。

 

 

 

2003年4月1日

から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003年12月31日(発見後5年4ヶ月

.59歳2ヶ月まで)

 

 

出来なくなったことは2002年4月13日の現況

同じであるが その他のことで変化したことは

☆☆たまにあること

食事=食事は充分に供給されているので“食べた”

“食べない”の紛争はない。

夜起き=4月以後は一回もない。

無表情=話しかけても返事をしないことはあるにはあるが今年1月−2月ころと、くらべると頻度、継続時間は少ない。

会話=行動に結びつくような会話は私以外には出来なかったが、4月以後の観察では娘やヘルパーさんの

言うことに従うこともある。

記憶=「今日どこへ行ったか」忘れてしまう。これが

通常だが、新しい事象でも感性的記憶として保持

されていることがある。くりかえし20回以上言ったことは

記憶していることがある

家族について=3月以前に家族の数や関係がわからなくなることがたまにあったが 頻度は少なく訂正して

やると「そんなことはあたりまえや」と笑い顔で応え

問題は発生しない。

 

出来ることなど

花の手入れ、水やり、ボーリングなどはしなくなった。

 

「旅行に行きたい」「ドライブに行こう」とは言う。

家事=洗濯物のかたづけ、食器のかたづけなどは出来なくなった。食器洗いのまねごとをするがほとんど洗えていない

☆衣服の着替え=自分で思いついて着替えることが出来なくなった。衣服を出して指図すれば自分で着ることが出来る。

☆独り言を言うことはない。テレビに話しかけることはある

☆1年目くらいに、人まちがいをしたが今はない。

☆見えないものが見えたり、居ないのに「誰か居る」と言うことはない

歩行=問題はない。

大小便=この間一回だけトイレが遠くおしっこを漏らした事があったがそれ以外に問題はない。

 

 

 

2004年 (年齢59歳〜、発病後5年5ヶ月〜)

2004年1月1日

 

 

2004年0月0日(発見後5年5ヶ月

.59歳3ヶ月まで)

 

 

 

 

 

2004年8月1日

 

(発見後6年0月.59歳10ヶ月まで)

 

8月母さんの病気発見後6年間経過し7年目にはいった

 年齢は59歳9ヶ月である。

その日その日を見ていると あまり変わらないように見えていたが、年々ごとに病気は進行している。

生活に必要なことは何も出来なくなってきている

 思い付いたように リンゴの皮をむいたりすること以外は何も出来ない。 今のところ出来ることは、

  歩けること、

  ボールの受け投げが出来ること、

  眼に見える物についての会話が成り立つこと、

  人を感性的に記憶していること、

   かわいい物きれいな物おもしろい物に笑顔で応じること

  不整序なもの(=ごみ、空き缶、割れたガラス)を識別

  できること、

  トイレに行けること

  かろうじて文字が読めること、

などである。

 

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